第26話 前門の悪魔と後門の悪魔だ。



 男湯、女湯はどうかわからないが混浴は露天風呂しかないみたいだ。浸かっている分にはいいけど、体を洗う時なんかはどうしようもない。

 そして結構な広さだ。俺たち以外にも数名の客がいるらしいが、遠くの方は湯気で影しか見えない。もしかしたら露天しかないのは湯気で程々に景色を隠す為なのかもしれない。中々風情ある気遣いに思える。

 湯舟に浸かり、夜空を見上げながら、そんなどうでもいい事を考えていた。でないと下半身に血液が集中してしまう。愚息が第二形態になったら、俺は終わってしまうかもしれない。

「ユキヒラ、こっちチラチラ見すぎ」

 テトラは鋭い視線を向けて俺に注意をする。バレないように目の保養をしているつもりだったがバレバレだった。健全な男子が、一メートルくらいしか離れていない女性の裸を見るなって方が無理だ。

「タオル巻いてるんだから、いつもとそんなに変わらないでしょ」

「いやいや、肩の露出、温泉用に髪を縛る事により見えるうなじ、湯でちょっと色っぽく見える顔、その全てが俺に語り掛けるんですよ、お前はそれでいいのかって」

「意味不明ね。で、ザラメはそこで何してんのよ」

 ザラメはタオルで隠しながら服を脱ぐなり、風より早く駆け抜け瞬時に体を洗って温泉へダイブした。その後、少し離れた岩陰に隠れて出てこない。たまにひょっこりとこちらを伺っては、眼が合うとスナイパーに見つかった殺し屋のように隠れてしまう。

「あんた、それでよく一緒に入ろうとか言えたわね」

「だ、だ、だって、いざとなると……」

 ザラメは言いかけて、体だけ岩陰に隠してしまった。

 クルミはテトラの横で水面をパシャパシャと叩きながら遊んでいる。テトラにやってもらったのだろう、タオルで一丁前に胸まで隠しているのが逆に違和感がある。子供が背伸びしている感じだ。

 テトラは揺れる水面から、ザラメへ目線を移した。

「まぁ、その体系じゃ出てくるのも恥ずかしいかもね」

「くっ」

 胸の大きさでマウントを取っているようだが、ザラメも割とある方だぞ。テトラがさらにでかいだけだ。

「ユキヒラ、私とザラメ、どっちの方が良い体してると思う?」

「なんですかいきなり。直球すぎる質問ですね」

 俺は二人がやり取りしているのをいいことに体を盗み見していたが、こっちへキラーパスが飛んできた。しかもこれ名前を答えた瞬間、信用と不満がセットでついてくる、前門の悪魔と後門の悪魔だ。答えられる訳がない。

「ユキヒラ君、どっちが好きなの?」

「うっ、ビックリした」

 遠くにあった声が間近で聞こえたと思ったら、いつの間にかすぐ横にザラメが立っていた。さっきまで恥ずかしいと言っていたのが嘘のように、俺の目の前に仁王立ちだ。タオルを巻いているが惜しげもなく披露されると目のやり場に困る。

「甲乙つけがたいと言いますか……」

「つまんないわね。男らしくビシっと答えなさいよ」

「どっち?」

 テトラは揶揄ったしたり顔のままだが、ザラメは目がマジである。

 俺は査定をする意味でテトラを見る。丁度谷間の辺りから上が湯から出ており程よく火照った瑞々しい体は煽情的だ。胸がお湯にちょっと浮いている。なにがいつもと変わらないだ。露出度マシマシじゃないか。

「……見すぎよ」

 テトラは珍しく照れた様子で胸の辺りを手で隠した。そっちが聞いて来たんだ、じっくり見て何が悪い。俺は続いてザラメに視線を送る。

 成程、こっちは下半身が武器だな。肉付き、シルエットがいい。腰と尻のバランスがエクセレント。テトラに比べたら戦闘力に劣るが、誰かを誘惑するには十分な攻撃力がある。テトラには顔を埋めたい、ザラメは撫で回したい、といったところか。俺は真面目に何を言ってるんだろう。

 おしげもなくジロジロと見ているとザラメの顔は徐々に赤くなって行き、ピンと張っていた尻尾もふにゃふにゃになってそのままゆっくりと湯船に体を隠した。

 直視公認の中、十分に目の保養が出来た俺はとても男らしい答えを用意する

「二人を足して二で割った感じが好きです」

 具体的には上半身はテトラ、下半身はザラメで。嘘はついてない。

「答えになってないじゃない」

「答えになってないよ」

「こう言う時だけ共同戦線張らないで下さいよ」

 勘弁してくれ、どっちを答えても面白い展開には絶対ならない。そしてさっきからザラメの距離が近くて別の意味でのぼせてくる。

 このままでは茹蛸になってしまうな、と思っていた時にテトラの横から「じゃぽ」と重たい石を静かに投げ入れたような音がした。三人して確認するとすぐ傍にいた筈のクルミが居ない。

 ……いや、居た。

 テトラは自分の下方に手を突っ込み、水中に潜ったクルミを勢いよく掬い上げる。

「あんた何して……あっつ」

 先に茹蛸になったのはクルミの方だった。テトラの腕の中で真っ赤になっている。

「え、だ、大丈夫!?」

 ザラメがばしゃばしゃと音を立てて詰め寄り、おでこや顔に手を当て異常がないか確認する。どうやらのぼせて力が抜けてしまったようだが、怠そうにしながらも応答はきちんとしていた。

「とりあえずは大丈夫そうね」

 ついさっきまでお湯ではしゃいでいたのに……子供が突然具合が悪くなるのは人も悪魔も変わらないのかもしれない。

「子供には長風呂だったかしらね。もう出るわよ」

 テトラはクルミをお湯から出してやる。クルミは完全に脱力していて、歩く度に体が左右へ揺れた。完全にグロッキーだな、相当夢中になって遊んでいたのかもしれない。

 俺も湯船から出たが、ザラメはいつまで経ってもお湯につかっている。

「出ないんですか?」

「ユキヒラ君が出てから、出る」

「さっきの威勢はどこに消えたんですかね」

「い、いいから早く行って~……」

 ザラメは俺の体を見ないように湯船に顔まで沈んでしまう。こいつはたまに性格が変わるな……。

 ザラメまでのぼせないように、さっさと脱衣所へ急ごう。

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