第22話 「家に入り込んだ蟻を見るような顔してますよ」
俺達、テトラ弁当一行は突然の休業日を掲げ、三泊四日の旅をすることになった。 既に出発してから日が暮れようとしていた。休憩も取らずひたすら運転していたので、少し頭が痛い。操作方法は簡単なのだが意外と体力使うんだよな。
乗っているのは俺とテトラ、そして何故か相当悩みこんで苦渋の決断の末ついて来たザラメ、金は出すから社会見学に連れて行ってくれとヘイゼルに頼まれたクルミの計四人だ。
「本当にこの辺に宿街があるんですか?」
俺は首を回しながらテトラに聞く。もう丸一日走ったが、草原や崖や山道だけで街や集落のような物は見当たらなかった。旅人らしい悪魔と数回すれ違ったくらいで悪魔も少ない。
「丸一日走ったんだから、そろそろよ」
「本当ですか?」
「嘘ついてどうするのよ」
テトラは窓枠に肘をつきながら言う。方向音痴の土地に関する情報だから全く信用できないんだよ……。
「ほら、見えて来たじゃない」
テトラが指を向ける前方へ目を凝らすと、確かに街並み的な物が遠くに見える。町全体から湯気のような物が見えるが、あれはなんだろうか。
「すげぇ、本当にあった……奇跡か?」
「あんた喧嘩売ってんの?」
遠くを見すぎて距離感が掴めないが、十数分もしない内に付くだろう。俺は肩を回して凝りをほぐし、後少しだと気合を入れる。
ふとバックミラーで後ろを見ると、ザラメとクルミは寄り添い合って寝ていた。
※
町の入り口を潜ると車が走れないくらいに悪魔が賑わっていた。軒並みには小さな露店がいくつも並び、薄着の浴衣っぽい姿の悪魔が多い。俺はゆっくりと車を進めながら停められるスペースがないか探す。
適当に駐車は完了した。一日ぶりに自由になった体は俺に背伸びを要求する。疲れている時の背伸びの気持ち良さは異常だ。とはいえ、明日もこれかと思うと正直キツい。
後部座席を覗くとザラメとクルミはまだ寝ていた。窮屈だしそりゃ乗っている方も疲れるよな。
「お疲れ、ユキヒラ。宿探すわよ」
「はい。二人起こしますね」
「寝てるからいいわよ」
テトラは俺を待つことなく歩き出してしまう。まぁ確かに、今無理に起こす事もないか。俺は急いで車の鍵を閉めて、テトラの背中を追った。
外はもう薄暗くなっていて、露店や浴衣がお祭りの雰囲気を想像させる。軒並みに飾られるのは雪洞や灯籠、それに石畳っぽいものまである。俺達の西洋的な街とは違ってここはかなり東洋に近い装飾が多く見られた。同じではないけど、見慣れた風景はやっぱり落ち着くな。
「何ぼーっとしてんの。行くわよ」
俺はテトラの横を歩きながら、思わずきょろきょろしてしまう。
「生地が一枚っていうか、ラフな服装の悪魔が多いですね」
「ここは温泉街だからね。あぁいう服が無償で貸し出されている宿が多いのよ」
「温泉……」
何でもあるなぁ。温泉に浴衣っぽい服に露店と、中々乙な街だ。
「まさか混浴だったりします?」
「仮にそうでもあんたとは時間をずらして入るから、安心しなさい」
「せっかくの旅だし今日くらい背中流しますよ、ご主人」
「その時はそのままあの世への旅にしてあげる」
怖。目がマジなのでそれ以上の冗談はやめておこう。クルミはまだしも、他二人の裸を見る訳には行かないし、かといって男湯に人間が一人で入る訳には行かない(危ない)ので、どちらにしろ俺は入れない運命なのだ。
硫黄の香りが憎たらしい。部屋にシャワーとか付いているところないんかな。
「なんかピンと来たわ。ここにしましょう」
少し歩いただけでも、宿はいくつもあった。その中でテトラが指名した宿は黒をベースとし屋根や入口付近に金の鯱が飾られていて、素人目に見ても高そうな雰囲気がバシバシ伝わってくる。
ピンと来たって言うか高級そうな場所に泊まりたいだけだろうな。どうせヘイゼルの金だし。遠慮せずに使おうとする辺りテトラらしい。
中に入ると赤いカーペットと従業員のお辞儀が出迎えてくれた。旅館風な外見と違って、中は高級ホテルも匂わせる和洋折衷な雰囲気。
「いらっしゃいませ」
「部屋が開いてたら泊まりたいんだけど。四人ね」
「このお時間ですと御夕食をご提供する事が出来ないのですが、よろしいですか?」
テトラは一瞬迷ったようだが、すぐに了承する。
「只今確認して参りますので少々お待ちください」
従業員が裏に行き、俺とテトラはフロント前で残された。不味いな、テトラは待つのが嫌いだ。変に機嫌を崩さなきゃいいけど――。
「――おやおやおやおや、人間じゃないか」
「うわっ、びっくりした……!」
俺は後ろから急に声をかけられた。振り向くと、背の高い赤髪の男悪魔が俺を見下ろし、顎に手を当てている。骨董品でも眺める様子だが、品定めにしてはその場で取って食われてしまうような異質な恐怖を覚える雰囲気だ。
「いいね。そそる眼をしているね。君はきっと、良い闇を持ってる」
背の高い悪魔は、目と目がくっつくんじゃないかという距離にまで俺に顔を近づけ、
「聞きたいなぁ君のこと」
と、胸を抉るような声で言った。
「ちょっと何よあんた、離れなさい」
俺が何も行動できず硬直していると、テトラが間に割って入ってくれた。
「君の下僕か。三人でお茶でもどうかな」
「用がないなら消えてくれる?」
テトラが敵意むき出しで睨むと、その背の高い悪魔は「おぉ、怖い」と飄々な雰囲気で言い、手をひらひらとさせて旅館の出口へ向かった。出ていく歩く後ろ姿は操り人形のようで、舞台の上にいる役者でも見ている気分にさせた。
「へ、変な悪魔でしたね……」
テトラは俺に返事を返さず、さっきの悪魔が出て行ったロビーをじっと見つめていた。
「お待たせしました。先ほどお客様が一名退出されたので、お泊りになれます」
俺とテトラがさっきの悪魔に気を取られていると、フロントから声がかかる。少し間をおいて、テトラは「泊まるわ」と従業員へ頷いた。
俺たちは荷物を取りに行くため、旅館を後にして車に向かった。妙なトラブルはあったが、意外とすんなり決まったな。飯は出ないといっても露店がたくさんあるし、こっちで食べ歩く方が楽しいかもしれない。高級店の残り一部屋、運が良かったな。
あれ、待てよ。
「残り一部屋? えっと、四人同じ部屋に泊まるんですか?」
「そうよ。言っとくけど、この前みたいに変な事したら殺すからね」
いや、あれは不可抗力で……って今はそんな話じゃなかった。
「俺は良くても、ザラメさんが気にするんじゃないですか?」
「全員同じ部屋に居た方が安心でしょ。色々とね」
確かに人間一人で泊まるのはちょっと怖い話か……。さっきみたいな意味不明な悪魔もいるし。同じ部屋で寝るとはいえ、二人きりじゃないんだから問題ないか。
※
俺たちは露天に目を奪われつつ駐車した所まで戻って来た。後部座席を覗いたテトラは舌打ちをする。
「どうしたんですか? 家に入り込んだ蟻を見るような顔してますよ」
「面倒なことになったわ」
テトラは親指で後部座席へ水を向ける。覗いてみるとテトラの言った「面倒」は確かにその通りだと理解した。
「……居ませんね」
後部座席で寝ていたはずの二人の姿が見当たらない。大人しく待っていればいいのに、何故出て行ったんだ。こんな事になるならやっぱり一緒に行けばよかった。
「クルミに何かあったら不味いわ。ヘイゼルの妹だもの」
「ザラメさんはいいんですか……?」
もう一度大きく舌打ちをするテトラ、尻尾のうねり方が尋常じゃない。思い通りに行かないとすぐこれだ。不機嫌なご主人を長時間の相手するのは勘弁だぞ。
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