第21話 「賞味期限切れのせんべいみたいな顔してんね」
翌日。
弁当を配り終えた俺が帰り支度を始めると、テトラから声がかかった。
「今日はヘイゼルに会ってから帰るわよ」
「ヘイゼルさん? なんでまた」
「昨日、通信魔法で声をかけたの。協力しなさいよ、って」
「協力って、なんの?」
「保温容器を作る業者の紹介よ。元々向こうの喧嘩なんだし、これくらい頼ってもいいでしょう」
テトラの喧嘩って表現は下品な気もするが、巻き込まれた争いなのは確かだ。ヘイゼルは偉いから人脈も広いのだろう。確かに期待できるはず。業者の一つや二つ、教えてくれるに違いない。
会議室の机の上には四人分とは思えない大量のクッキーと紅茶がセットされている。この前よりクッキーが多いのは事前に準備できたからか、足りなくなると困る誰かさんの都合なのか……。
俺とテトラの向かいにヘイゼルとステビアが座っている。ステビアは目をつむったまま険しそうな表情を、そしてヘイゼルは机に額を付けんばかりに頭を下げていた。
「ごめんなさい」
開口一番、ヘイゼルは俺達に謝った。まだ外れていない点滴スタンドがカシャンと音を立てる。
「ちょっと待ってよ。一件も?」
ヘイゼルは頭を上げ、眉毛をハの字にして俯いた。
「はい……ダメでした。力になれなくてごめんなさい」
昨日テトラから連絡を受けた後、ヘイゼルは都合がいい業者を数件見つけたのだが、今日になって断りの電話が相次いだらしい。
「明らかに変ね」
「考えられるのは一つだけです。あのクソ理事長が……」
机の上に置かれたヘイゼルの小さな掌が、引っかくようにして握られる。
ヘイゼルは舌打ちをしてから、クッキーをやけくその如く口に放り込み淹れたての紅茶で流し込んだ。ってか、意外とお口が悪いこと……。
「うちの理事長の息が、間違いなくかかっています。人脈も病院経由なのでどうしても私の動きは漏れてしまうようです。恐らくですが、配下の暴力組織でも動かしているのかと」
鼻息の荒い発言が終わると、横にいたステビアがハンカチを取り出し、ヘイゼルの口の周りを優しく拭きあげた。なんか急にヘイゼルのだらしない所が露呈したが、配下がいる悪魔って皆要介護にでもなるのか?
それにしても暴力組織って……穏やかじゃない単語だな。
「料理勝負はいずれバレちゃうって分かってましたけど、こんなに大胆に邪魔をしてくるとは思いませんでした。本当にごめんなさい」
この短い時間に再びのごめんなさい。普通の悪魔はあんまり謝らないので、自分の無力さをかなり嘆いている事が伝わる。
テトラは腕を組んで溜息を付く。
「実はね、昨日私が見つけた業者からも断りの連絡があったの。ついさっきね」
「えっ、テトラさんそれって昨日言ってた業者のことですか?」
テトラは無言でうなずいた。さすがのヘイゼルも力の抜けた苦笑いをする。
昨日の喜びはぬか漬けにされてしまった。振出しに戻る、だ。勝負の日までは後五日、今から何か思いついたとして準備するのは厳しいだろう。このまま、勝ち目ない冷めた弁当で勝負するしかないのか?
「お邪魔しま~……え、なになに? みんな、賞味期限切れのせんべいみたいな顔してんねー」
突然、能天気な声が重苦しい沈黙を壊した。その場違いな音は入口からで、ノックもせずにどこかの女悪魔が入ってきたようだ。全員の視線がその女悪魔に釘付けになる。
その悪魔は俺を見ると野良猫を見つけた時のように手を振り、ウィンクした。どこか見覚えのある光景に、この病院に来た時の記憶がよみがえる。
「……あ、厨房の」
「覚えてた? 嬉しーじゃん」
聞くだけで気の抜ける声でにこっと笑う。この悪魔は確か、料理長に会いに行った際、弁当勝負の提案をしてきたギャルの悪魔だ。この妙にアンニュイな雰囲気と調子に乗って料理長に怒られていたのが印象深い。
ステビアが神妙な面持ちで立ち上がり、俺達と女悪魔の間に立った。
「あなたは職員食堂のリアンさんでしたね。ノックもせずに会議中の部屋に入るのは無礼ではありませんか?」
ステビアは落ち着いているが、明らかに警戒と威嚇を含む声色だ。相手の名前はリアン、というらしい。
「そんなに敵意向けないでよ~、怖いじゃん」
「理事長派のあなたがわざわざ気配を消して部屋に侵入すれば、警戒も致します」
「それには理由があってさ。うちのボスからのプレゼント、渡しに来たんだよね」
「料理長からの?」
ステビアより先に口を開いたのはヘイゼルだった。リアンは肯定するように肩をすくめる。
「理事長が君らに圧力かけてたらしいんだけど、それがボスの耳に入っちゃって『男同士の勝負に水を差すとは気に入らないね』とか熱くなっちゃって、理事長側にバレないよう私が塩を送りに来たの」
テトラは重い腰を上げ、ステビアの前に出てリアンと対面した。
「で、その塩って言うのは何なのよ。しょっぱいだけなら要らないわよ」
テトラのいう通りこの状況で送れる塩は限られているはずだ。使えない物を貰ってもしょうがない。リアンは胸元から紙切れを取り出し、自慢げにテトラへ手渡した。
「なにこれ……住所?」
「そこ、私の実家。ちょっとぶっ飛んだ兄貴が居るんだけど、力になれるよ。理事長に屈するような町でもないし」
言って、リアンは指からライター程度の火をだした。
「ウチ、熱を操る家系で代々色々作っててさ。弁当箱は作ってるか知んないけど」
「信用する根拠は?」
「ない。まぁ好きにしなよ。一応ウチには連絡入れてあるからさ。そんだけ、じゃーね」
リアンは欠伸をしながら出て行き、呼び止める間もなくパタンと扉が閉まった。
テトラは住所を確認しながら席に付き、無言で紙をヘイゼルに渡す。
「……えっ、ここって」
住所を見て驚くヘイゼル。ステビアも席に着き、クッキーに手を出し始めた。俺は表情の曇るヘイゼルとテトラが何を考えているのか気になり、ヘイゼルの持つ紙を見つめて問う。
「なんか、不味い場所なんですか?」
ヘイゼルは小さく頷いた。
「片道で二日かかる所です」
「二日……」
行って帰ってきて、四日。もしトラブルがあったら間に合わない。この案にかけるとしたら途中で作戦変更もできない事になる。
「時間を取らせる罠と言う可能性もあります。慎重に決めて下さい」
ヘイゼルは不安そうに紙を差し出す。受け取り、もう一度住所を見たテトラは大きく舌打ちをした。紅茶に口をつけ、静かにカップ受けへ戻す。
「どちらにしろ手詰まりなのよ。これに騙されるしかないわ」
つまり、これからその二日かかるとかいう場所へ向かわなければならないのか……。でも一応、他の案はいつでも出来る。今は希望とはいえないような希望にもすがるしかない。
俺はうんざりしつつクッキーを食べようとしたが、既にステビアが一人で間食していた。
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