第20話 「にこにこ、だった」

 その日の夕食、今日はひき肉があったのでハンバーグにしてみた。クルミは椅子に座りながら足をぶらぶらさせ、尻尾も嬉しそうに激しくうねっていた。慣れるとただの子供みたいで可愛いもんだ。

 俺もテトラも既に食べ終わりそうな頃である。いつもは普通に会話してるが今日は誰一人喋らない。思いついたことを適当に発するクルミさえ一言もないので、この子は意外と空気が読めるのかも、と思った。

 この重苦しい空気を作っているのはテトラだ。何があったのか知らないが話しかけるなオーラが爆発していて、いやオーラもそうだけど尻尾が敵を威嚇する猫のようにぴーんと伸びている。分かりやすい。

 触らぬ神になんとやら……。

「ユキヒラ」

「あっ? はい」

 びっくりした。ハンバーグ最後の一口を放りこむ前に、突然話しかけられた。テトラの雰囲気に食われていたせいか、妙なリアクションになってしまった。

「あんた、なんて答えようとしたのよ」

「えぇと、何の話ですか?」

「ザラメと二人して、謀反を企んでたわね」

「あっ、あー、それは、ですね。勘違いというか」

 こいつ、立ち聞きしてたのか。帰宅時にたまたま聞いてしまったんだろうけど。

「テトラさんは、俺が居なくなったらどうします?」

「どういう意味よ。あんた、ザラメの方がいいわけ? 私を裏切るの?」

「いや、単純にどう思うのかなって」

 俺の意地悪な返しに、テトラの無表情が少し歪んだ。口をぱくぱくとさせた後、目を逸らす。そのまま自分を守るように左手で右の肘を抱え、

「困るわ」

 と呟いた。

 まぁ、使用人であり金ズルでもある存在が消えたら、困るわな。

「俺は、命を繋いでもらってる恩を仇では返すつもりないですよ」

 いつもよりしおらしく見えるテトラは、逸らした目線をもう一度俺に合わせる。

「その割には結構悩んでたじゃない」

「う……」

 こいつどこから聞いてたんだ。浮気がバレて問い詰められた時の心境は、きっとこんな感じなのだろう。浮気どころか彼女が居た事すらないけど。

 不満そうなままテトラは止めていた食事の手を動かす。しかし既に付け合わせの人参しか残っていないので、仕方なくそれを口に入れた。いつも残すのに。

 納得がいっていないからか嫌いな人参を食べてしまったからか、便秘三日目のような顔をする。そんな顔をされてはこっちも落ち着かない。

 丁度いい、アレを渡そう。

「ちょっと、待っててください」

 俺は席を立って、二階へ。テトラの気が変わって部屋に戻ってしまう前に、急ぎ足で自分の部屋からある物を持って来る。

 俺が持ってきたものは小さい包装紙、赤いリボンで可愛い装飾がされている。それをテーブルの上へ置いた。

 テトラはパチパチと瞬きを数回繰り返す。

「なによ、これ」

「開けて下さい」

 不審そうに俺を一瞥し包装紙に手を伸ばす。掌にギリギリ収まる箱が出てくる。箱の中には、金と水色とベージュの小さい球が細い金具で括られているブレスレッドが輝いている。

 これは昨日最初の店で見たテトラが欲しがっていた服……その装飾品だ。テトラは『あ』の口をしたまま何も発しない。

「プレゼントです。昨日、欲しそうにしてたんで」

「なんで、これ、いつ」

「テトラさんお店にいるときトイレ行ったじゃないですか。その時に」

 本当にただの気まぐれだ。喜ぶかな、という気の迷いと俺に優しくなるかな、という下心で買ったものだ。使い道のない少ない小遣いなら、こう使うのが良いだろう。

「服じゃない所が、ちょっと格好悪いですけど」

 テトラは生まれたての赤子を触るように、ブレスレッドを撫でた。

「あんた、このタイミングはずるいわよ」

 不意打ちのプレゼントは悪魔にも効くらしい。ムスっとしてはいるが、すっかり便秘が解消された顔をしている。

 こんな感じで渡すことになるとは思わなかったけど機嫌も治ったし、何とか誤魔化せた。結果オーライか。

 一口だけ食べた人参を残しテトラは席を立つ。やっぱり無理に食べたんだな。テトラはいそいそとブレスレッドを箱にしまい、丁寧に包装紙にしまった。袋なんかは捨ててしまうかと思ったが、意外と几帳面だな。

「お風呂、今日はちょっと遅めに入れて」

 食事がほとんど済んでいたテトラは、そのままリビングの出口へ向かう。やれやれ事なきを得たか。今日のザラメは戦犯だな。

 あれ、そう言えばさっきからクルミが居ないぞ。二階に行く前には居たのに。トイレか?

「ユキヒラ」

 部屋を出ていく直前、突然テトラが俺の名前を呼ぶ。

「ありがと。大切にする」

 テトラは出ていく瞬間にそう告げ、ハムスターが巣に逃げ込むように姿を消してしまった。おぉ……今のはきっと、デレと言うやつだ。気の迷いに気の迷いで返したらしい。たまには柄じゃない事もしてみる物だ。

 入れ違いでクルミが部屋に入って来た。クルミの手はちょっと濡れている、やっぱトイレだったか。

「にこにこ」

 クルミはテーブルに座るなり、俺に言う。

「にこにこ? 何がですか?」

「にこにこ、だった」

「……? そ、そうですか」

 なんのこっちゃ。幼児のよくわからん言葉に、とりあえず肯定しておく保育士はこんな気分だろうか。

 あ、そういえば、テトラに業者のことを聞くの忘れたな……。

 ま、明日でいっか。

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