第16話 「釜めし?」


 街を連れまわされて数時間、服屋からいくつかの雑貨屋や軽食を得てようやく半分は回れたらしい。本当にでかい、街と言うより都市だなここは。

 テトラは空を見上げて、うんと背伸びする。自分のお腹をさすってから俺に向き直った。

「そろそろお昼ね。ごはん食べたいわ」

「あぁ、もうそんな時間ですか。お店、どうします?」

「実は決めてあるの。そこへ行きましょう」

 言って、テトラはスタスタと先に行ってしまう。随分準備がいいな。今日の回ってきたルートもやけにテキパキしてたし。まさか計画を練ってきてたとか……?

 うん、それはないわ。神に、いや、悪魔に誓ってない。



 テトラについて行く事数分、飲食店街に突入する。さっきから軽食はチラホラあったが、ガッツリ食べるお店はなかった。

 結構な数の店があるのに、どこもかしこも混んでいる。まぁ、だからこそ店が沢山あるのか。この雑踏の中テトラは立ち止まり、案内の地図をじっと睨みつけていた。

「どの店ですか?」

 後ろから声をかけるとムっとした顔で俺を見上げる。

「……ここ」

 苦虫をすりつぶしたジュースを飲んだような声で言った。いつもならうっさいと返ってきそうなものだが、それを我慢する程度には連れて行きたい店らしい。俺は指を差された地図の位置を見て大体の場所を把握する。よかった、そんなに遠くない。

「とりあえず真っ直ぐですね。行きましょう」



「悪魔、めっちゃ多いですね」

「そろそろ慣れなさいよ」

 幸いな事に全員人型だ。悪魔型でいると魔力を消耗するとか何とかで、普段は人の形をしているらしい。

 ただ一口に人型と言っても尻尾、翼、角、牙、肌や目の色、全員がそれぞれ個性ある姿をしている。ただのコスプレにしか見えないご主人は、人の俺から見ればかなりマシな見た目だ。

 目的地まであと少しというところで、俺は足を止める。止めざるを得ない人混みが目の前を占拠していた。

「……えーと、お店はこのすぐ先なんですけど」

 人気店の前なのか、かなり密集している。ぎゅうぎゅうの満員電車で真逆の扉からホームに降りなければならないような状態だ。

「しょうがない、迂回しますか」

「迂回ぃ?」

 テトラはあからさまに面倒くさそうな顔をする。

 いやいや、ここを通るのか? 一瞬の事ならまだしもそれなりに歩くことになる。はぐれたら大変だぞ、俺が。人攫いに遭うかもしれない。それだけは勘弁だ。

「押しのけて行けばいいじゃない。どうせ真っ直ぐなんでしょ」

「そうなんですけど、はぐれたら不味い事が二つ」

「何よ」

「俺が危ないのと、もう一つは、誰かさんが迷子になる」

「誰かさんて誰の事よ」

 キッ、と俺を睨むが正論なのですぐ顔が緩む。方向音痴は自覚しているようで何よりだ。

「ちょっと失礼しますね」

 嫌がられる可能性はあるが、確実な方法を取ろう。これが一番早いと思う。俺はテトラの手を握り、有無を言われる前に満員電車さながらの密集地帯へ突入する。

「え、ちょ、待ってってば……」

 テトラは以外にも拒否せず着いてきてくれる。

 悪魔が密集した一帯の中、硬い物や柔らかい物、変な臭い良い香り、悪魔を何度も掻き分けて行く。人間風情がここを突っ切る事は大変危険だけど、ご主人と手を繋いでいる限り下僕に道を作らせている程度にしか思われないので大丈夫だろう。

 一応、足を踏んだり強めに当たったりしない様細心の注意を払う。悪魔との揉め事は絶対に嫌だ。揉め事を大きくする悪魔と手を繋いでるんだから。

「テトラさん、大丈夫ですか?」

 テトラは俯いたまま俺の先導に身を委ねている。密集に慣れて来たので声をかけると、少しだけ強く握り返された。

「うっさい。早く抜けてよ」

 このうっさいは肯定の返事だ。大丈夫らしい。

 密集のピークが過ぎて悪魔が減ってきた、あと少しで行列を抜けるな。と考えていると、すぐに密集度が薄くなる。そこから十数歩も歩かない内に一気に道が開けた。

 冷えた空気が顔に当たる。今の通り道の温度はかなり高かったみたいだ。ギリギリ汗をかかない程度には体が温まったらしい。

「ねぇ」

 テトラは何故かうつむいたまま俺を呼んだ。

「なんですか?」

「……手」

「あっ、すいません」

 言われて思い出し、繋いだままだった手を慌てて離す。今更だが俺の手が潰れなかったって事はかなり加減して掴んでいてくれたのだろう。考えれてみば危ない事をした。

「悪魔が多くて暑かったですね。テトラさんも顔赤いですよ」

「別に。早く行くわよ」

 顎で指図されまた俺が少しだけ前を歩く。と言ってもほとんど横並びだけど。

「全く、最悪のエスコートだったわ」

 テトラは溜息と共にやれやれと首を横に振る。あれをエスコートと呼ぶのか分からないが、女性の手を引くと言う意味ではいささか乱暴ではあったかもしれない。

「やった事ないですもん、エスコートなんて」

 俺は苦し紛れの言い訳を使う。そういえば、女の子の手を握るのは初めてだったな。いや、幼稚園の御遊戯会的な何かで繋いだ記憶がある。ただそれを数に入れなければならないのはさすがに切ない。

 テトラの尻尾が小さくピクリと動いた。初めて見る動きだった。

「ふーん、一度も?」

「彼女いない歴が年齢ですから」

「でもデートくらいあるでしょ?」

「いや、残念ながら……って、嫌味ですか」

「ないんだ? ま、あんただもんね」

 と言って、勝ち誇ったように微笑む。くそ……放っておいてくれ。テトラは毒吐けたのが嬉しいのか尻尾がくねくねしていた。ちょっと腹立たしいが、機嫌が悪いよりかは百倍マシだ。



「あ、着きましたね」

 密集地を抜けてすぐ目的地に到着する。お店の名前では何の店だかわからなかったが、外観の装飾と掲示されたメニューを見てすぐに察した。

「釜めし?」

 魔界は本当に何でもあるな。普通に旨そう。

「そうよ。前に迷い込ん……適当に入ったら美味しかったから。さ、面倒だけど並ぶわよ」

 律儀に並ぶのか、悪魔にしては珍しい。俺たちは二組の悪魔の後ろへつく。それにしてもこの店、周りに比べて客が少ないけど大丈夫か……?

 俺は前からチラチラと来る視線を回避するため、いそいそとテトラの後ろへ回った。

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