第15話 「そうよ。何、不服?」 「服だけに?」
ゆっくり歩きながら市街の方へ。途中、移動販売の飲み物屋があったので紅茶とコーヒーを買った。買ってもらった、か。
それをチビチビ飲みながら当たり障りのない会話をしていた。朝の気まずい雰囲気を引きずっていない様でひとまず安心。
「悪魔が多くなって来ましたね」
「そうね。そろそろ中心地だし」
加えて、もうすぐいろいろな店が開店の時間だ。あと少しすればこの辺ももっと賑やかになるのだろう。
街中を人間という珍しいものが歩いているのだ、周りの視線がどうしても気になる。雑踏に一人だけ犬の散歩をしているようなものだ、そりゃ目立つ。
気になっているのは俺だけらしく、テトラは堂々としていた。まぁ、人間に自由が少なくとも下賤とか卑しい身分という訳ではないからな。
街の中心地に着いた。
これは……思った以上に圧巻だ。ぎっしりとお店が並び、まだ開店直後なのに大勢の悪魔が居る。町並みは西洋を思わせ、ごちゃごちゃ感で言ったら日本の大都市に負けていない。
「この街ってこんなに栄えてたんですね」
俺は自分の店とその周辺しか知らなかったので、こんな都会に住んでいたなんて初めて知った。こりゃわざわざ町はずれの弁当屋に足を運ぶ必要なんてないな。せいぜい街を出る前に飯を忘れた阿呆が買っていく程度だろう。
「もしかしたら人間とすれ違うかもね」
「えっ」
テトラは何気なく零したが、聞き捨てならない。
人間の存在は凄く珍しいとは聞いていたけど、こんなにたくさん悪魔が居ても稀にすれ違うレベル……。もし出会えたら聞いてみたいことが山ほどある。
俺はたまたまゴミ箱を見つけ、邪魔だと思っていたコーヒーと紅茶の空の容器を捨てた。
「まずはここよ」
他の悪魔にぶつからないように歩いていると、テトラは突然立ち止まった。俺は慌てて数歩引き返し、ちょっとワクワクしながら店を見てみる。
目に入ったのは女性物の服、それも今日テトラが来ているような系統ばかりが飾られている。
これは、あれだな。
「服屋ですよね」
「そうよ。何、不服?」
「服だけに?」
「バカ。行くわよ」
テトラは呆れた様な溜息を吐いて店のドアを開けた。って言うか絶対メニュー考案に関係ないだろこの店。自分が来たかっただけじゃん。
ワクワクを返してくれと思いつつ、渋々俺もそれに続いた。
店内はパステルカラーに彩られていて、慣れるまで目がチカチカしてくる。外よりは悪魔が少ないから落ち着くが、この配色はまた別の煩さがあった。入店数秒にして早くも出たい。
「あっ」
と言ってテトラは速足になる。店で一番目立つところに飾られている服の前へ。
「高いわね。さすが新作」
テトラが睨みつけるそれは、可愛い感じの刺繍とレースが施され、腰の辺りに大きめのリボンが付いた水色のワンピースだ。ふわふわした店内でも特に明るいこの衣装は、独特な存在感を放っていた。
ちなみにネックレスやブレスレッド、バッグなどの小物込みで約五万。女性ものはよくわからないけど、いやそもそも悪魔の服の相場が分からないけども、凄くお高いって事はわかる。
「小物だけでも買おうかしら。ねぇ、どう思う?」
テトラは値段と格闘しながら、険しい声で訪ねてくる。
「服はよくわからないから、何とも」
俺は正直な意見を述べる。少し屈みながら見ていたテトラは、顔だけこっちに向け口をムの字にした。
「そうじゃなくて。私に似合うと思う?」
あぁ、そういう……。
「テトラさん可愛い系と綺麗系の良いとこ取りみたいな顔立ちだから、そう言うのも似合うと思いますよ」
「ふーん」
よく考えると意味の分からない美辞麗句でとりあえず上げておく。その辺の悪魔より顔が整っているのは確かだ、嘘は言っていない。
テトラは無表情のまま値札へ顔を背けた。しかし尻尾がくねくねしているのでお世辞は嬉しかったらしい。テトラは案外ちょろいのかもしれない。
「とりあえず保留ね。……ちょっと紅茶飲み過ぎたわ、ここで待ってて。店から絶対出ないでよ」
一瞬意味が解らなかったが、紅茶飲み過ぎたとの前置きがあったから、つまりトイレか。お花を摘みに行く的な言い回し。
「ごゆっくり」
「うっさい、バカ」
セクハラ染みた言葉でテトラを見送る。服装や言動から、ここの店は何回か来ている事は予想できた。思った通り、店員に声をかけずに迷わず歩いて行った。方向音痴ならあり得ない事だ。
さて、俺はどうしよう。店内を見る物はないし店を出る事も出来ない。仕方ないので店内に飾られているフリフリの服を弁当に応用できるか考えるか。
うん、普通に無理だな。
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