第14話 要介護悪魔
「あ、おはようございます」
俺が朝食の準備をしていると、寝間着姿のまま、まだ眠そうなテトラがリビングに現れた。今日はタオルや歯ブラシを渡さなくても良いくらいに覚醒している。まぁ、あんな事があったし。
「うん」
テトラは俺の挨拶に対し、頷いたあとすぐに目を逸らしてしまった。え、何その反応……。そんなあからさまに引き摺られると、こっちも気まずいんだけど。
「たまごやきっ。たまごやきっ」
朝食のテーブルにはクルミが既にスタンバっている。ナイフとフォークで子供の様に縁をトントンと叩く。いや、子供だけど。二人だと気まずかったので、クルミが居てよかったと今ほど思う時はなかった。
クルミには卵焼き、テトラにはスクランブルエッグ、俺は目玉焼き派なので、最近は朝から三種類の卵料理を作っている。過程は多いが昼の弁当に比べたら全く苦ではない。料理自体は好きだし。
面子が揃ったのでそれぞれのオーダーを置いていく。今日は卵料理の他にベーコンとサラダと食パンだ。あとバターとジャム。
「ケチャップとタバスコ」
テトラはスクランブルエッグを見つめながら、ダサい歌のタイトルみたいな台詞をぶっきらぼうに呟く。今日は珍しくケチャップで食べたいようだ。
「はい。かけますよー」
俺は残り少ないケチャップを持って来てテトラの目玉焼きに的を定める。場を和ませるためにハートでも描いてやろうかと思ったが、そんな気の迷いは捨て置いた。気を使って事故る時ほどツラいものはない。
「もういいわ」
俺はその合図でケチャップを止める。ケチャップくらい自分でかけろよと毎回思うが、慣れと言うのは怖いもんでやるのが当たり前になっている。要介護悪魔。テトラは眠気眼でタバスコを数回振りかけ、ナイフとフォークを持った。タバスコは自分でかけるのかよ。
テトラはスクランブルエッグを一口食べ、
「これ、辛いんだけど」
と俺を眠気眼で弱く睨んだ。
いや知らんがな……自分のせいじゃん。今日も理不尽だな。
テトラは時計を気にしつつ、いつもより少し早いスピードで食べ進めた。辛いとか言ってたのに大丈夫なんだろうか。
「美味しかったわ。じゃあ私適当に準備してくるから。食べていていいわよ」
そう言ってテトラはリビングから去っていった。まだ七時前なのに何を急いでいるんだろうか。もしかして早くからやっている店でもあるのか?
俺は疑問に思いつつ、半分も減っていない朝食を食べ進める。
「ぅむむむ、ぁむ」
妙な唸り声が聞こえると思ったら、クルミがハムスターに負けなくらいパンを口に詰め込んでいた。こいつは飲みこむ前に口にものを詰める悪癖があるので、なんとかしてやりたい。が、猫にしつけをするようなものだ。恐らく無理。
パンパンに張ったクルミの頬が柔らかそうだったので、つついてみた。うん、もちもち。子供の肌って感じ。テトラとはまたちょっと違う質感なんだな。と今朝の出来事を思い出しつつ、俺は何やってんだと手を引っ込める。
クルミは俺の行動に一切関心を示さず食べ進めていた。こいつはほんとご飯に対しては猪突猛進だな。
「いや遅くね?」
テトラが部屋に戻ってから、一時間半は経っていた。俺はと言うと、朝食の皿を片づけ、いつもの一張羅に着替え、何処かへ遊びに行くと言うクルミを見送り、明日の仕込みを少し終わらせ、テトラが居ないのを良い事にコーヒーで軽く一服する時間まであった。
もうすぐ八時半。これはいよいよ二度寝の可能性が濃厚になって来たぞ。部屋に入るのはもう一生モノのトラウマなんだけど、どうやって起こそうか……。
俺が覚悟してテトラの部屋に行こうとした時、部屋の方から足音が聞こえた。
「何突っ立てるのよ。行くわよ」
勿論それはテトラだ。しかしテトラに見えなかった。
ただの他所行きの服なのだろうが、アクセサリーやら髪留めやらなんだか凄くお洒落。普段からは想像できないワンピースとか髪も伸ばしっぱなしではなく結ってあったりして、写真でも撮りに行くかのような整えた髪型。
ウェーブとか掛かってるし。よく見るとちょっと化粧もしている。
これが「適当」な準備なのか。女はよくわからん。
「なによ。見すぎ」
「えっ、いや、ごめんなさい。行きましょう」
うーん、悔しいが可愛い。見惚れてついガン見してしまった。
なんでこんなに気合入れたのか知らないが、綺麗な物が見られた事には素直に眼福と思っておこう。
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