第12話 「テトラさん、頭とか打ちました?」
「これで配り終えたわね。帰るわよ」
「つ、疲れた……」
決戦の日まであと一週間に迫った頃、弁当の予約数は連日約二百近くになっていた。クルミのおかげで、それが提供できるレベルに達している。
クルミ様様だ。これなら当日も二百食盛る事は可能だろう。良い練習期間になっている。しかし肝心のメニューがまだ思いつかない。
俺が運転席に乗り込もうとした時、テトラが手で制止した。
「帰りは私が運転するから」
テトラは目を合わせずに言う。なんだ、珍しい。何を企んでいる?
俺は言われるままに運転席を譲り助手席に座った。運転はいつも俺なので、何気に初めての光景だ。テトラが右側に座っている違和感が凄まじい。
発進して間もなく、横目にも分かるくらいテトラがそわそわしている。どうかしました? と聞くのも何か怖いので、俺は目に入らないよう外の景色へ顔を向けた。どうせトイレか何かだろう。
「ユキヒラ、お昼何か食べたいものある?」
「えっ、は?」
反射的に聞き返してしまう。テトラが、俺に食べたいものを聞いたのか? 嘘だろ?
「お昼ご飯よ。たまには外食してもいいわよ」
「いや……特には」
え、もしかして労い? 急になんで? 天変地異?
「最近あんた疲れてるでしょ」
「テトラさん、頭とか打ちました?」
「殺すわよ」
「あっ、正常か」
にしても、なんでそんなに突然気が変わったんだ。普通にきしょい。
まさかアイディアが出てこない俺を見限り、恥をかくくらいならとこのまま勝負を逃げて、俺を売り飛ばす気か。まさか最後の晩餐なのか、今日の昼ご飯は。だから急に優しく?
「急に優しくて怖い、まさかこのまま売り飛ばされるんじゃ。とか思ってんでしょ」
「まさか、心読めるんですか?」
「バカ、あんたの思考パターンくらいわかるわよ。私が条件を厳しくしたじゃない。ちょっとは責任感じてるの」
今更感あるけど……。しかもちょっとなのかよ、大分責任を感じて欲しかったぞ。
「責任感じてるなら、負けても売り飛ばさないでくれると嬉しいんですけど」
「まぁ、それはそれ、考えておくわ」
何でだよ。労う心があるのに、酷い矛盾だ。どうあがいても負ければ死。悪魔の気まぐれに期待するだけ無駄らしい。
テトラは話しながらだからか、少しだけスピードを緩める。
「多少の無理なら聞いてあげるわ。金ズルをみすみす逃したくはないもの」
それは俺の事なのか、ヘイゼルの事なのか。……両方か。どちらにせよヘイゼルが理事長になれなければ、弁当屋も長い事参入できないらしいからな。
俺はちょっとだけ考え、一番最初に浮かんだ答えを深く考えずに口に出す。
「じゃあ明日定休日ですし、街中に出かけたいですね。何か良い考えが浮かぶかもしれないし」
テトラ弁当は町の端っこにあるので、市街に俺は行った事がない。一応少しのお小遣いを貰っているから気分転換に夜の街へ出かけたいものだが、俺が一人で行動する事は許されていない。シンプルに、危ないから。だから、テトラがいれば出かけられる。
テトラは何故かもじもじしだした。目玉をきょろきょろと動かし、指でハンドルをトントンと叩く。
「それって、二人で出かけるのよね?」
「ザラメさんは仕事以外だといつも引きこもってますし、クルミさんはいつの間にかどっか行っちゃいますし、そうなりますね」
「ふーん。まぁ、いいわよ。別に」
前の景色がひらけ、スピードが少し上がる。
よし、気まぐれに便乗して良かった。これで店を回って何か良いアイディアが浮かべば、晴れて死刑宣告から抜け出せる。
「どうせなら街全部回るくらいしてあげるわ。寝坊したら殺すわよ」
「テトラさん、定休日はいつも昼過ぎまで寝てますよね」
「問題ないわ。どっちが早く起きられるか、勝負してもいいわよ」
自信満々にプレッシャーをかけてくるが、いつも寝起き最悪のあんたを起こしてるのは俺だって事を忘れるなよ……。
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