第10話 付き合ってられん。付き合うしかないんだけど。

 その後、軽く打ち合わせをして、帰る頃にはいつの間にか車が用意されていた。

 俺達が乗っていた物とほとんど変わらない車。この手際の良さ……やっぱり、車に突っ込んだのも事故ではなくヘイゼルの陰謀だったんじゃないか?

 帰り道、俺たちは日の落ちそうな荒野で車を走らせている。運転はもちろん俺だ。配達はいつも二人なので、当然後部座席には誰もいないはず……が、今日の帰りは新しい悪魔が一人、後ろに乗っていた。

「たつたあげー」

 後部座席の悪魔は独り言が斬新だ。俺はハンドルを握りながら、後部座席からその悪魔の視線をジリジリと感じる。

 突然、その悪魔は俺の近くに顔をグイっと寄せてきた。

「うわ、な、何っ、近い近い」

 今車が大きく揺れたら間違いなくごっつんこする距離。その悪魔は、俺の顔をじろじろと見たまま微動だにしない。見た目は幼女だが、威圧感がある。

「な、何ですか?」

「たつたあげ」

「帰ったら作りますから……」 

「わかった」

 車に乗った新しい悪魔は、ヘイゼルの妹だった。こども病棟で弁当と間違って俺を襲った悪魔だ、名前はクルミと言うらしい。

 人型でもこの単語を聞く羽目になるとは。姿と声が幼女に変換されていても、身震いしてしまう。 

 クルミは数秒黙ったのちに大人しく席へ戻った。でも目線はこっちを向いたまま……さっきからずっとこの調子である。彼女の場合知能指数は見た目通りらしい。

「はぁ……何でこんなことに」

 つい口に出してしまう。クルミがついてきたのは、ヘイゼルの提案だった。

 『人手が足りないのでしたらうちの妹をお貸ししますよ。まだ言葉が未発達ですけど言う事はちゃんと聞く子です』の二つ返事に『ありがたく借りるわ。正直キツイ所だったの』とテトラは答えた。

 俺だったら絶対断った案件だ。言う事がわかるからって、それが実行できるとは限らない。テトラは俺の小言に尻尾をピクリと動かした、

「人手が足りないのよ。しょうがないでしょ」

「誰のせいですかね……」

「なによ。文句あるなら降りていいのよ」

 テトラは少し頬を膨らませたあと、プイっとそっぽを向く。文句の一つも言いたくなるわ。付き合ってられん。付き合うしかないんだけど。


       ※


 俺が働く「テトラ弁当」は店頭販売もしている。

 いつもは俺とテトラが配達に行っているあいだ、もう一人の店員が店番をしている。

「おかえりっ。今日は遅かったね」

 店に戻ると、薄い桃色をした髪の悪魔が出迎えてくれた。このふっくらした頬と柔らかい笑顔がデフォルト、外見の年齢だけでは俺より年下、自信のなさそうな雰囲気も相まって、悪魔にしては全く凄味がない。

 名前はザラメという。

「あー疲れたわ。何か飲み物ちょうだい」

 テトラは店内の数少ないテーブルに腰掛け、ザラメへ注文をした。ザラメはテトラの上着を受け取りながら、慌てて頷く。

「うん、今持ってくるね。ユ、ユキヒラ君も、お疲れ様……あれ、その子は?」

 今日は知らない悪魔が付いて来たので、ザラメは面食らったようだ。

「えーっと、この悪魔は……」


 とりあえず、事のあらましをぎゅっと要約して伝える。ザラメは俺が襲われただの車が壊れただの言う度に、アクション映画を見る子供の様なリアクションを取った。

「それは、た、大変だったね……。あ、私はザラメって言うの。よろしくね、クルミちゃん」

 ザラメはクルミへ手を差し伸べる。クルミはじっと見つめた後、その手をぎゅっと掴んだ。握手が未開の地の習慣で一瞬戸惑った、そんな間だ。手を掴んだまま、クルミはザラメをじっとみて言う。

「たつたあげ」

「……? た、たつ?」

「ザラメさん。頷いておけば大丈夫です」

 車の中でクルミの扱いにはなんとなく慣れてしまった。危険な存在に変わりないがそれほど恐れなくてもいいらしい。

「そうなの……? じ、じゃあ、とりあえず何か飲み物持ってくるね」

 ザラメは困り顔で急いで店の中に入っていった。逃げたな。相性的にこの二人は微妙な間柄になるかもしれない。ザラメが居なくなり、クルミは再び俺の事をガン見する。かたつむりのように近づいてくるので一言言われる前に先手を打った。

「今日の夕飯は竜田揚げにしますから。味付けは数種類で卸しポン酢付き。あと数時間待てないなら逆に作りませんよ」

 クルミは「あ」の口をしたままゆっくりと頷いた。ゾンビみたいな挙動だ。しっかりしているヘイゼルの妹とはとても思えない。

 フルマラソンを終えたように座っていたテトラを見ると、いつの間にかこちらを鋭く睨んでいた。

「あんた、何か考えてる訳? 期限は二週間。それまでに職員食堂の弁当を越えなきゃいけないのよ。しかも二百食も作るメニューで」

 事の原因になったお前が言うな、お前が。

 料理勝負までは、色々テトラが交渉して十四日の執行猶予を得る事が出来た。向こうも準備できる訳なので有利になるか不利になるかはわからないが、これでもかなり粘り取った期間だった。

「今のところ全く思いつきませんね」

「そこまで言い切られると清々しいわね。ちなみに、あんたもっと切羽詰まったほうがいいわよ」

「どういう意味です?」

「あの病院と年間契約しているって条件で車の借金したんだから、これが失敗すれば払えなくなるでしょ。そしたらあんたの体を売るなりして元取らなきゃいけないもの」

「……どういう意味です?」

「奴隷商に売るの」

 待てよ、冗談じゃないぞ。そんなまさかと思いたいが、借金を返す為ならばテトラはやるかもしれない。つまり職員食堂に敗北すれば俺は死ぬ訳だ?

 こんな誰かの気まぐれで死ぬようなことがあってたまるか。

「な、何か凄い話になってるね」

 バラバラの四つのグラスをトレーに乗せザラメが戻って来た。不安定にカタカタと揺らしながらそれぞれに配ってくれる。俺はそれを受け取って適当な所に腰掛けた。

「急いだほうがいいわよ。あんたの余命二週間かもしれないんだから」

「テトラさんは端から考える気ないんですね……」

 まぁ、こいつの意見なんてまともじゃないだろうから、聞きたくもないけど。仕方ない、このあと明日の仕込みをしながらでも考えよう。

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