第9話 そいつは猫好きが野良猫を見つけた時のように、俺へ手を振った。

「今日はチュウカ弁当だ」

 料理長は自信満々で弁当箱を開ける。

「何よ、普通じゃない」

 さすがはテトラ、いきなりの毒。だけどその通り、特に感嘆するような光景じゃなかった。

 紅ショウガが乗ったチャーハンに付け合わせで揚げ餃子、キノコ餡が多めのカニ玉、少しだけどチンジャオロース、これは……ザーサイ? あとはデザートのフルーツ杏仁豆腐、だろう。

 主菜が二品乗っているのは豪華だ。これ、大量に作るなら結構作るの面倒だぞ。

「これで三百九十だよ」

 料理長は値段の話をする。これで四百を切るのはかなり安い。普通、この辺で出している弁当は五百くらいの値段はする。

「へぇ、安いわね。私なら六百二十取るわ」

 いや六百二十は高すぎるだろ。こいつ経営者の癖にたまに金銭感覚がぶっ壊れるのは何なんだ。

「仕入れが大量な分、お宅らのとこより材料費も安いのさ。同じ価格で勝負しろとは言わないよ」

「え、あの……勝負内容には値段も絡んでくるんですか?」

 俺の素朴な疑問に、料理長は当然、と両眉を上げる。

「きっちり味で勝負しないとだろう。適性価格にしなきゃ反則さ。まぁとにかく食べてみな。ほらほら」

 料理長はとりあえず、食べて欲しくてうずうずしている。

 半ば強引に俺とテトラへスプーンを一本渡してきたので、とりあえずどれをつつくか見合ってしまう。順番は俺が後だろうから結局待つだけだけど。

 ヘイゼルとステビアは普段食べているのだろう、先ほどから職員食堂の弁当に興味を示す事はない。……いや、ステビアはちょっとだけそわそわしている。さっきあれだけクッキー食べたのに。

 テトラはカニ玉を選んだ。俺は特に何も考えず、チャーハンを口に運ぶ。

「どうだい」

 料理長はまだ口でもぐもぐしているテトラに聞く。急かされたテトラは眉をひそめ、手で制するポーズを取ってから飲み込む。

「……別に、特別美味しい訳じゃないわ」

 俺はテトラと同じ感想だった。こちらの炒飯も普通の味。そう、普通だ。普通に『旨い』。でも、それが凄い事だと俺は瞬時に気付く。

「これ作ってからどれくらい経ってます?」

「四、五時間ってとこだね」

「なるほど……」

 これなら作り立てはかなり旨いはず。しかも職員食堂の場合。これは土地の理、仮に同じレベルなら場所の近い方が圧倒的に有利な訳で……かなり痛いハンデだ。

 ヘイゼルは説明もしていないのに「あっ」と声を上げる。気づいたか、やはり聡明な悪魔だ。

 俺の感心した様子に、料理長は不敵な笑みを浮かべていた。

「気づいたかい。手先が器用なだけの下僕かと思ったけど、ちょっと楽しみになって来たよ」

 思った通り、料理長は俺が感づいたことを言いたかったらしい。単純な味の勝負になりそうと思っていた自分を戒めたい。頭を抱える程度には申し分ない事案だ。

「人間、やるからにはこっちも本気を出すからねぇ」

 そう言って、料理長は笑みと敵意を混ぜる。テトラはいつのまにか取り出したハンカチで口を拭き、勝ち何故か誇った顔でスプーンをチャーハンへ突き立てた。お行儀が悪い。

「上等よ。私が用意した喧嘩じゃないけど、喧嘩だから負ける訳には行かないわ。吠え面の練習しておきなさい」

「まぁ、頑張るのは俺ですけどね……」

 俺は誰にも聞こえない程度の声量で悪態をついた。今日も今日とて、理不尽の鐘は鳴る。

 溜息ついでに視界を広げると、ずっと黙っていたギャルの女悪魔、リアンとたまたま眼が合う。そいつは猫好きが野良猫を見つけた時のように、俺へ手を振った。

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