第8話 これじゃ自分でハードル上げて転ぶ馬鹿だ

 ヘイゼルが持つ点滴スタンドの音が反響している。

 喫煙所とは名ばかりの、建物と建物の隙間に与えられた狭苦しいスペース。この世界でも喫煙者は肩身が狭いのだろうか。

 数メートル先に二人の悪魔が目に入った。こちらは大所帯なので向こうが先に気づいたようだ。何かの木材の上に腰掛ける女悪魔と、一番奥の高く積まれた廃材に寝転がっている背の高い悪魔が一人。両方ともコックコートのような白衣を着ている。

 っていうかここ、雰囲気わっる……。うっかりヤンキーのたまり場に遭遇してしまったような状況だ。控えめにいって逃げ出したい。

「お、ヘイゼル副理事じゃーん」

 木材の上に座っていた女悪魔が街でクラスメイトを見かけたように言う。

 女悪魔はコックコートに似合わない真っ赤な髪と怠そうな声、見た目だけではチャラそうなギャルが悪魔コスプレしているようにしか見えない。

「こんにちは。料理長に用があってきました」

「だってさ、ボス。副理事長直々のご指名だよ」

 赤髪ギャル悪魔はそう言って、一番奥の悪魔を見る。ボスと呼ばれた寝転がっているその悪魔は最初黙っていたが、大きく煙を吐いてから体を起こした。

 鼻筋の通ったガタイのいい伊達男だ。顔が整っている分睨まれると凄味が増す。ライトグレーのボサボサした長髪を整えながら、溜息を付いた。休日にアラームを切り忘れて起こされた時のようだ。

「何だい」

 野太く低い声で言い放つ。厨房で頭を張る料理長だけあって、妙な貫禄を纏っていた。

「時間もないでしょうから単刀直入に。お弁当屋さんと料理勝負して下さい。こちらが勝ったらお弁当屋さんを認めて、職員食堂の組織票を私に入れて欲しいんです」

 さすがヘイゼル、全くビビってない。

 そして明言はしていなかったけど、やっぱり料理勝負なのか。テレビ番組じゃあるまいし全く気が進まないな……。

「話にならないねぇ、俺が負ける訳ない。それにこっちにメリットも時間もない。ないない尽くしだね」

「メリットならあります。そちらが勝ったら、契約した弁当屋を全て撤退させます」

「ちょっと、何それ。聞いてないわよ」

 ヘイゼルの宣言に反応したのは料理長ではなく、テトラだった。

「売り上げのほとんどがこの病院なんだから、そんなの困るわ。勝負した上に負けたら撤退なんて、やってらんないわよ。あんた私をなめてんの?」

「エレベーター、車、お弁当代」

「しょうがないわね、悪魔に二言はないわ」

 おいおい……。

 テトラは腕を組んで仁王立ち、開き直りやがった。ヘイゼルって話しているとふわふわした雰囲気だが、中々容赦ないな。妹をけしかけたマッチポンプ説、まじで否定できなくなって来た。

「あんた、下僕かい。人間の」

 初めて料理長が俺に興味を示す。八百屋で食材を品定めするように俺を眺める。それだけなのに、後ずさってしまうくらいの圧を感じる。

「なによ、文句ある?」

 俺と料理長の間にテトラが間に入ってくれる。視線から免れるだけで安心するな……。

「別にないさ。ただ、喧嘩をわざわざ買ってやるんだ、勝負の方法はこっちで決めさせてもらう」

「いいわよ別に、かかってきなさいよ」

「テトラさんちょっと待ってください。料理長、勝負の内容を先にお聞きしてもよろしいですか」

 料理長の提案に、ヘイゼルは簡単に首を縦に振らない。単細胞のテトラは尻尾を盛大にうねらせてイライラを隠さない。

 料理長は顎に手を当て、思案顔をする。

「うーん、そうだね。リアン、何かいい案はあるかい」

 料理長は赤髪ギャル悪魔へ呼びかける。リアン、と呼ばれたギャル悪魔は煙草を地面に擦り付け、火を消した。

「んじゃー、弁当屋なんだし弁当で勝負すれば? うちも少しは弁当の配達やってっしー」

 軽々しく言い放ち、一本煙草を取り出してから灯した。俺はそれを見て手品か何かと眺めていたが、料理長が鋭い顔つき気になった。

「仕事中に魔力使うんじゃないよ」

「おっとー、怒られちった」

 リアンはまったく悪びれない様子で謝っている。上司に対しての態度とは思えないが、料理長が溜息で済ます程度なのだからこの悪魔はいつもこうなのだろう。

 ……初めて見たけど、今のがこの世界の「魔法」ってやつか。

 料理長はふむ、と小さくうなずいた。

「弁当か、まぁ、一理あるね。じゃあ弁当勝負と行こうか。そちらさんの提供数は?」

 質問を受けたテトラは腰に手を当て、手のひらを見せた。

「私を含めて盛り付けは全員で三人なの。今は二百個が限界ね」

 ちょ、二百!? そんなに作った事ないだろ。なに意味のない見栄張ってんだこいつは……。

「じゃあ二百だ。こっちも二百用意する。見舞いや通院に来ている派閥に関係ない一般客に提供して数を競おうじゃないか」

 ほれ見た事か! これじゃ自分でハードル上げて転ぶ馬鹿だぞ。

 ヘイゼルはカシャリと点滴スタンドを鳴らす。その音で全員がヘイゼルへ意識を向けた。

「待ってください料理長。それなら一個作って試食してもらえば十分でしょう、何故そんなに?」

「素人だねぇ。一個作るのと、二百個作るのじゃ質が変わってくる。普段の味が知りたいのさ。それとも何かい、あんたらは弁当一個だけ配達すんのかい」

 うん、悪魔の癖に正論だ。ぐぅの根も出ない。例えば、卵焼きにしたって一つ丁寧に作るよりも二百個作る時の方がやり方も変わるし、手間が減る分味も多少雑になる。普段の力で勝たなければ意味がない、料理長を納得させられないのだ。

 ヘイゼルは単純に、その場で料理を作って味を認めさせるとか考えていたのかもしれない。

「いいわよ。どうせやるしかないんだし」

 半ば投げやりにテトラは言う。何か策があるのかそれとも俺を過信してくれているのか、はたまた何も考えていないのか。……全部かもしれなくて怖い。

「よし、決まりだ」

 料理長はもう一度煙を吹いて廃材から降りた。怠そうに肩や首を回している。

「あぁ、ちょっと待ってな」

 料理長は俺達にそう告げると、厨房へ一度戻った。一分もしない内に戻って来ると腕には小さな箱が抱えられている。

「今日の余りだが、コイツを食ってごらん、レベルの違いが分かるかい」

 そう言えって差し出された箱、料理長が厨房から持って来たのは、彼らが提供しているという弁当箱だった。

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