第10話 まほうの授業
「じゃあ俺は自由の身なのか?」
レンとアイリス、成り行きで行動を共にすることとなった二人は暖かい陽光に新緑が眩しい田舎道を行く。あの会場の周りがこんなにものどかだったとは驚きだ。柔らかなそよ風がほほを撫でる。この世界にも四季というものがあるのかは分からないが、季節感的には春と夏の境界線といったところだろうか。
「当たり前じゃない。まだ買われていなかったから奴隷の刻印を押されてないでしょ?それなら大丈夫!」
言われてこれほど安心する言葉があっただろうか。目の奥辺りがじんわりと熱くなる。レンはそれを悟られないようにしながら、おどけた調子で話を続けた。
「そ、それは良かったなー!それはそうと、こんなにゆっくりしてたら敵のボスとやらが逃げちまうんじゃないか?ここでの事は遅かれ早かれ伝わるだろ?」
「まあそれはそうなんだけど・・・途中で置いてきちゃった仲間がいて、その子と合流しなくちゃいけないから。マナも体力も温存しておきたいし、とてもじゃないけど歩いていける距離じゃないの」
「へえ、他にも仲間がいるんだな。」
なるほど、こんな場所に一人で乗り込んで来るのは無謀すぎると思ったが、どうやら仲間がいるらしい。結果的に一人で乗り込んでるから仲間を連れてきた意味は皆無になってるし、その仲間とやらにしてもこれから一緒に戦おうという矢先に置いていかれたということで、心中お察し申し上げるが。
まあ急いでも仕方ないということならお言葉に甘えてゆっくりさせてもらおう。レンはそのまま雑談を続けることにした。
「それはそうと、さっきから言ってるマナとか魔法ってのは何なんだ?」
「レン、魔法を知らないの!?これは予想外だよー・・・」
あちゃーといった感じで額に手をあてるアイリス。可愛い。いや、そうじゃねえ。そもそも魔法なんて全く存在しない世界から来ているのだ。その辺はマジでご容赦願いたい。ゲームなどに登場するため、概念上は理解しているつもりだが、実際に見たり使ったりするなら話は別だ。
「いや、何となくはイメージできてるんだ。ただ詳しくは知らないから教えてほしいなー・・・なんて思ってみたり?な!頼むよ!」
「うーん、どうしようかなー」
彼女は腕を組んで考えている。何か決めかねているような様子だ。魔法とはそんなにリスクのあるものなのだろうか。そのリスクを考えて彼女は悩んでくれているのだ。本当に慈悲深い美少女・・・
「教えてあげなくもないけどどうしよっかなー」
前言撤回。こいつからかってやがる。暗にただでは教えないということを示しているのだ。しかしまあ魔法なんてものを使えればこの先少しは楽になるかもしれない。ただ現場として持てるものなど何もないのでここはひたすら平身低頭頼み込むしかあるまい。
「そこをなんとかっ!頼むよ先生っ!」
とにかくもうダメで元々、当たって砕けろの精神だ。頭を下げた状態でチラッと彼女の様子を伺う。
「・・・・・っしょうがないなぁ!
良いんかいッ!アイリスは『先生』という単語が気に入ったらしく、胸を張って得意気にこちらを見下ろしている。ちょろい。ちょろすぎる。なんというかもう、この子がちゃんと生きていけているのかどうか心配になるレベル。まあ様子を見るに、彼女なりの悪ふざけであったことは明白なのだが。
まあここは乗るのも一興といったところだ。
「ありがとうございます、先生!」
「ふっふっふー、私ほどの人物に教えを乞えるなど、素晴らしいことなのだぞー!しかし今回は特別に!君に魔法の基礎を教えてしんぜようっ!」
「流石先生っ!そこに痺れる、憧れるぅっ!」
「そうだろう、そうだろう!それではアイリス先生の魔法講座、始めるよーっ!」
「よろしくお願いしまーす!」
お互いなんかもうよく分からないノリになっていた。勝手に同じくらいだと思っているが、親しみやすくてノリが近いのも年齢が近いからこそのものなのかもしれない。
「まずマナっていうのは簡単にいえばエネルギーだと思ってくれて良いよ。私たちが生きていく上でのエネルギーでもあるから、これが無くなると死んじゃうから気を付けてね!それとマナには自然界のマナと自分自身が生み出すマナの二種類があって、この二つを合わせて魔法を発動させるの。魔法には基本的に4つの属性があってね、それぞれ火、水、風、土に分かれているんだよ!」
おう、案外ぬるっと普通に説明してくださるのね。いきなりのテンションの変化にちょっとビックリしながらレンは話に聞き入っていた。
「火属性の魔法ってのはさっき衛兵が使ってたやつで、風属性はアイリスが使ってたやつだな?」
「そう、その通り!やっぱりセンスや熟練度によって個人差は出ちゃうんだけどねー。呪文は同じでも形状は想像力に依るところが大きいから、そのせいで人それぞれ効果も違うし。」
「案外その辺の区分はいい加減なんだな。」
素直な感想を述べる。
「まあ、そうだね。元々物理法則が通じない奇跡みたいなものだし、その人の色によってどんな形にも染まる、未知の魔法に至っては、研究してもどんな効果になるか確証は得られない。だから魔法は面白いの!それに、一応の階級もあるんだよ?」
この子は本当に魔法が好きらしい。目をキラキラさせながらいきいきと話している。
「なるほどなぁ、要は本当に奇跡の力ってことね。階級ってのはあのフォル?とかいうやつのこと?」
「そう、その通り!魔法には大きく分けて4階級あるの。まず、その属性の呪文をそのまま唱える基本級ね。これはまあだいたい誰にでも使えると思ってね。次がフォル級、魔法使いって言われてる人たちはこの階級の魔法を扱えるの。そして次がレジェ級、魔法使いの中でも単独で扱える者は少数しかいないの。そして最後がディア級、歴史上これを扱えたのは3人だけだし、噂ではさらに上もあるって話だよ。」
いきなり、それも一気に未知の知識がなだれ込んで来て目を白黒させるレンだったが、アイリスが教えてくれたことを頭の中で反芻し、どうにか理解まで漕ぎ着けた。が、その基準が分からん。
「階級については大体わかった。効果が小さいものから順に、基本、フォル、レジェ、ディアってとこだな。じゃあそれをどうやって分けてるんだ?」
「意外と理解が早いんだねー。感心感心!基本的には効果の大きさとマナの消費量で分けられてるんだけど、これも複雑なところでねー。さっきも言ったように魔法自体がその人の力に大きく影響されるから、まあその人がどの階級の魔法を唱えたかで判断してね!」
「結局何だかんだで適当じゃねえかっ!」
あはははー、と申し訳なさそうにアイリスが笑う。結果その人がどれくらいの階級を唱えたかで判断なんて大雑把にもほどがある。それだけ未知の力ということなのだろうか。素人目にみて彼女の魔法は物凄い。アイリスほどの使い手が分からないのだ。この世界の魔法研究はまだその辺りということだろう。
「で、結局その魔法とやらは、俺にも使えるのかな?」
ようやく話の核心まで持ってくることができた。せっかく異世界に来たのだ。魔法のひとつくらい使えるようになりたいと思うのが自然だろう。異世界召喚といえば、何か特殊な力に目覚めたり、自分にしか使えないアイテムがあったり、つまり無双できるのがお約束だったはずだ。
しかし今のところ自分が何か特別な力に目覚めた形跡はない。ただこれからの展開的に普通の状態で異世界召喚されてしまっていては、THE・平和国家日本のごく普通の高校生であるレンが、日常的に人なりモンスターなりと戦っているような連中に勝てるはずがない。身体能力が上がっていないのならばとんでもない魔法の力を授かっているのではないか、そんな期待を込める。
「も、もちろん、それぞれ適正はあるかもだけど、簡単な魔法くらいは使えるはずだよ?」
キターーーー!良いじゃないか異世界!
「マジかっ!やったぜ!ようやく俺の冒険譚の1章が始まるっ!」
そうと決まれば早速魔法を使ってみたいところだった。
「で、その適正ってのはどうやって判断するんだ?」
「それは簡単だよ!そうだなぁ、あの子はまだ来ないみたいだし、それじゃあとりあえずそこに座ってみて!」
何だかよく分からないがとりあえず言われた通りに、道の脇の草地に座る。アイリスから何やら無色透明の丸い石のようなものを渡された。
「なんだこれ?」
「それは魔法石の一種だよ!それを持ってじっとしていると持ち主のマナに反応して自然界のマナが集まってくるんだー。そのとき魔法石の色が変わるから、その色で適正が分かるの!赤なら火、青なら水、緑なら風、黄色なら土って感じにねー。あと話がややこしくなるから話さなかったけど、光と闇って場合もあるからねー!」
マホウセキ、また聞きなれない単語が出てきた。とりあえず、言われた通りにじっとする。すると手の中の魔法石がじんわりと温かくなってきた。そしてそのまま白色に輝き始める。
(いきなりかよっ!)
早速どの説明にも当てはまらない色に輝き出した。フラグ回収が早すぎんだろ!程なくしてその輝きは失われていき、最終的には元の無色透明に戻ってしまった。それをみてアイリスが近づいてくる。
「はい、もういいよー。レンの適正は光属性だね!」
「光属性か・・・っていうとどんな感じの魔法になるんだ?」
「まあ防御したり、味方の支援をしたりかなー。使いようによってはもちろん攻撃もできるけどね。まあ使ってる人もそれなりにいるし、適正って訳じゃないけど私も使えるんだよ!」
「なるほどな、何て言うか攻撃向きではないのな・・・まあ、近くにお手本がいるっていうのはすごくラッキーだ!んで、お次は使ってみたい訳なんだけどそんなすぐ使えるものなのか?」
「んー、すぐには難しいかな。練習期間が欲しいかも。本当はすぐ使えるはずなんだけど、レンは魔法を使ったことがないらしいから。」
ある程度の練習が必要らしい。すぐに使うのは無理そうだ。アイリスはマナを温存しておきたいと言っていたし、ここでの練習は得策ではないだろう。
「んー、そうかー。残念だな。まあこれが終わったら教えてもらうさ。」
本当に残念ではあるが仕方ない。まあそんな調子で他愛ない話をしながら歩いていると
「アイリス様~、ご無事なの~?」
声のした方を向く。すると進行方向の遥か先、何やら見たこともない生き物が二頭、迫ってくるのが見えたのだった。
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