第9話 天使は笑う
絶望の縁にいるレンにとって彼女はまるで天使のようですらあった。
短く切り揃えられてはいるが、シルクのように艶やかなプラチナブロンド。その目はまるでルビーのように紅く輝き、意思の強さを感じさせる。
少し寂しそうでありながらどこか希望を抱いているその顔に幼さを残しているあたり、年齢は自分と同じくらいだろうか。動きやすそうで、決して華美な装飾などはなく簡素であり、しかし着こなしによっては品がないとも言われかねない服装である。
ただ彼女に限って言えばその雰囲気はどことなく優雅な気品を漂わせており、一国の姫のようですらある。これはもはや着飾って出るものではない。彼女自身の美しさからなるものであろう。
まるで映画のワンシーンを見ているような心地だった。皆がその存在に心奪われているようである。彼女が降り立つその瞬間まで、まるで時が止まったような静寂が続く。
「・・・!何をしている!さっさと捕まえろ!」
司会の一言で魔法が解けたように時間が動き出す。会場の四方八方からガシャガシャと重厚そうな音をたてて衛兵が出てきた。すごい数だ。まさかこの会場にこれだけの敵がいたとは。ぼんやりとした頭で考えながらもレンの顔に緊張が走る。
(彼女の真意が分からない。いや、既に想定外なのか?それとも本当にこの数相手に一人で勝てると思ってるのか?なぜこの場所を襲撃したんだ?いやそもそも彼女は誰だ?)
様々な疑問が頭のなかを駆け巡る。
そもそも彼女が味方と決まったわけではないのだ。状況によっては更なるドン底にLet's go!なんてことも有り得る。いや、味方でないにしても、だ。奴隷になるしかないこの状況から俺を救ってくれるなら誰でもいい。
そうこうしているうちに彼女の目の前まで衛兵が迫っているのが見えた。
「危ないっ!」
彼女に届くことを願って咄嗟にそう叫んだ(声は出ていたか定かではないが。)次の瞬間、目を疑うようなことが起きた。彼女の目の前まで迫っていた衛兵たちが一気に吹っ飛ばされたのだ。こうもあっさりと衛兵がやられたのをみて、今まで余裕の表情で見学していた客たちは大混乱に陥った。我先にと出口を目指している。当然、マクベスもその一人である。
「皆さん落ち着いて!係員の指示に従って避難をお願いします!・・・あぁ!チクショウなんだってんだ!」
自分の周りにも武器を持った男たちが現れ、会場がかなり賑やかになってきていた。流石に手際は良いようで、目に見えて客たちの避難が進む。なかなか迅速な対応だ。その間にも兵士の数は増え続け、あげくの果てには2階の高さをぐるっと一周している通路にまで衛兵が集まってきていた。よく分からないが会場全体で100人は越えているんじゃないだろうか。
しかし騒ぎの発端であるところの等の本人は、涼しい顔をして何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡している。
――目が合った。
彼女の動きが一瞬止まったものの、弾かれたようにこちらに向かってくる。
「来るぞっ!迎え撃てっ!」
司会がそう叫ぶと、屈強な男たちが何やら前方に手をかざし始めた。赤い蛍のような光がどこからともなく現れ、手のひらで集まって深紅に光る。
「フォル・フレノッ!!」
それぞれの手のひらから放たれた大量の、それも一つ一つが人の体ほどもありそうな火球が彼女めがけて飛んでいく。セタの町でちらほら見かけたものとは比べ物にならない規模のそれが彼女に直撃した。
「ザマァねえな!これで木端微塵だぜ!こりゃやり過ぎちまったかもしれねえなぁ!」
衛兵の一人が叫ぶ。
「誰が木端微塵だって?」
――この世界にもフラグなんてものはあるらしい。
その声は聞くものを安心させ希望を持たせてくれるような、しかし今この場所には似合わない、まるで友達に話しかけるような気軽さを含んでいた。煙が晴れる。光の盾(?)によって守られ、傷ひとつ付いていない彼女の姿があった。周りには金色の光が舞っている。
(これが魔法・・・!)
レンは場違いにも感動していた。なんて言うかザ・魔法という感じでとても幻想的だ。レンが最初に見たあの魔法とは大違いだった。
「馬鹿な、10人ぶんのフォル級魔法だぞ!?それを防げるだけの魔法を、詠唱もなしに発動させたってのか!?」
衛兵の一人が信じられないとでも言いたげな調子で声をあげた。すると彼女は相変わらず先程の調子を崩さずに答える。
「君たちそこそこ魔法が使えるみたいだけど、発動時間の割にマナが全然練れてないね。それじゃあ私は倒せないよ。そんな君たちにお姉さんがお手本を見せてあげよう!」
なんて言うか見た目とは裏腹に随分活発な感じの女の子だ。いや、確かに服装はそんな彼女の性格を表してはいたけども。展開に全く着いていけないレンは既に理解を諦め、そんなことを考えていた。件の美少女が手を天にかざす。
「――フォル・エウロ」
彼女がそう唱えると四方八方に空気の弾のようなものが飛んでいく。本当に一瞬の出来事だった。次の瞬間には会場のそこらじゅうに戦闘不能となった衛兵たちがのびていた。窓が割れ、溢れんばかりの日差しが差し込んでくる。その光を反射しながら落ちてくるガラスはキラキラとしていて、その光景の美しさを引き立てているようだった。
「オイオイオイオイ、なんの冗談だ?フォル・エウロってのは風属性の魔法だが、何なんだよこの威力っ!もうレジェ級じゃねえかっ!こんなの一人に出せる魔法じゃねえよっ!化け物か!?」
一瞬で手駒を全て失った司会の男が喚く。その顔は最早戦意なんてものを失っており、真っ青だ。
「ク・・・クソッ!勝てるはずがねえっ!覚えていやがれこの野郎ッ」
こんな展開にはお決まりの捨て台詞を吐くと、彼は一目散に逃げて行った。
「どうだ、恐れ入ったか!なんてねっ」
いたずらっぽく笑う。笑った顔も可愛いな、今初めて異世界に来て良かった思ったかもしれない。いやいや、ちょっと待て。まだこの子が味方と決まったわけじゃないということを忘れるな。自分だけあの風の弾をくらってないとは言ってもだ。何せ自分はこの世界では厄介者らしい、アルバと呼ばれる種族なのだから。
美少女が再びこちらを向いて歩み寄ってくる。ヤバい、マジで可愛い。いや、そうじゃなくて!
「大丈夫?!本当に酷い怪我!死んじゃったりしないよね?!」
そう言って太い柵を風の刃で切ってレンに駆け寄ってくる。おい嘘だろ・・・仮にも鉄だぞ?ぼんやりとした頭でも驚きを隠せない。
「動かないでね!すぐに治しちゃうから!絶対に・・・!」
そういうだけ言うと、レンの体に両手をかざす。とたんに体全体が陽だまりのなかにいるような暖かさに包まれ、あれほど酷かった傷や痛みがみるみるうちに引いていく。本当にやることなすこと全て目茶苦茶の美少女だ。しかしひとつだけ言えるのは、彼女は今までのやつらと少し感じが違う。
そこには敵意も悪意も害意もなかった。ジルの例があるので簡単に心は許せないが、少なくとも今どうこうしようと言うわけではないらしい。なんとか話せるようになったため、どうにかお礼を言う。
「助けてくれた・・・のか?怪我も治してくれてありがとう。・・・と、そうだ!お前の魔法ならこいつを治してやれるんじゃないのか?!」
レンはダンの亡骸に走り寄る。
「・・・残念だけど・・・いくら魔法でも死者を甦らせることはできないの・・・。力になれなくて本当にごめんなさい・・・。」
一気に希望から絶望に叩き込まれる。
「・・・いや、良いんだ。せめてこいつを弔ってやりたいから・・・手伝ってくれるか・・・?ありがとうな・・・忘れねえよ、ダン。」
※ ※ ※ ※ ※ ※
ダンの埋葬も終わり、しばらくたってレンも落ち着いてきた頃。どうにか明るい調子でレンは自己紹介を始めた。
「俺はさすらいの旅人フジミヤ・レン。助けてくれた恩がある。お困りの時はいつでも死ぬ気で協力しよう。なんならレンって呼んでくれてもいいんだぜ?」
そういって最大限のキメ顔で握手を求める。・・・ヤバい、ちょっとカッコつけようとして盛大に滑ったかもしれない。冷静に考えてみたらこんな強い子にレンごときの力が助けになるはずもない。
台詞がちょっとサムい!そもそも捕まってたところを助けてもらった時点で格好いいもへったくれもあったものじゃない!あーもう、穴があったら入りたいっ!そんな感じで頭を抱えていると、
「レン・・・旅人・・・ね。アルバ・・・よね?本当に久しぶりに見たわ・・・本当に。フフッ、私はアイリス!よろしくね、レン!」
心優しき美少女改めアイリスはそういって弾けるような笑顔で応えてくれた。本当によく笑う子だな。柔らかな日差しのなかで太陽のように笑う、自分を絶望から救ってくれた救世主。俺はこの光景を一生忘れることはないだろう。
「――で、早速なんだけど、もし良ければレンの力を借りようかな?」
「え?・・・あぁ、俺にできることなら何でも言ってくれ!」
思いがけない提案にたじろきながらも胸を張ってそう答える。
「これからこの地方の奴隷商人の親玉みたいなのをやっつけに行くんだけど、その手伝いをしてほしいのっ!」
・・・・・・・・は?イマナントオッシャイマシタカ?
「事情があって全然人手が足りていないのっ!お願いっ!」
「いやいやいやいやいや、言った手前申し訳ないけど俺何の役にもたてないよ!?」
「えー、でも
またまたいたずらっぽく笑っている。悪意がないのがさらにたちが悪い。言ってしまったものは仕方ない、そもそももう一度死んだような命だ。こんな美少女の隣にいられるのならば一緒に行ってみるのも悪くない。若干リスクとリターンのダムが決壊状態な気がするが、その辺は置いておこう。行ってやろうじゃないか。
――まったく異世界召喚ってのは本当に、俺に息をつかせる暇を与えてくれないらしい。
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