第7話 傷だらけの戦士
「うわっちょっひぇっ!」
格好よく言い放った手前、数秒後には格好よさもへったくれもあったものじゃない様子で逃げ回る男の姿がそこにはあった。その巨大な体を動かし、化物が襲い掛かってくる。レンは必死になって逃げ回る他ない。引き受けると言った以上引き返すことはできない。しかし当然のように、化け物に対して与えられた武器が貧相すぎる。
(某メガネの魔法使いの映画に、これくらいのサイズのケルベロスが出てきてたよな・・・。いや、そんなことはどうでもよくて!)
「こんなのでどう戦えってんだよっ!」
「ほらなっ!ハナから俺らを逃がす気なんかねえんだっ!」
同じく必死の形相を浮かべるダンがこちらに叫ぶ。体力を回復させようとしてはいるが、傷までは治せない。全身が血だらけで見るからに痛々しい。
「どうすればいい?!うわっ!」
化け物の鋭いかぎ爪がレンの体をかする。少しかすっただけなのに血が溢れ出す。傷は深くない。しかしほんの少しでも気を抜けば殺される。
とその瞬間、足下の血で足が滑り、体勢を崩してしまった。
「な?!」
その瞬間を化物は見逃さない。ここぞとばかりに鋭い牙が迫ってくる。レンはこの短い死闘のなかである1つのことを学んでいた。それは思考を止めないこと。絶望的な状況だったとしても諦めないこと。そうすることで致命傷くらいは避けられる。
咄嗟に身体を捻り、手を使って少しでも回避の距離を稼ぐと同時に身体を低く沈める。次の瞬間脇腹に鋭い痛みと熱を感じた。化物の牙がレンの脇腹を喰い千切ったのだ。しかし直前の行動のおかげで喰いちぎられた部分は肉だけで済み、内蔵が喰いちぎられることはなかった。
レンは意識が飛びそうになるのを必死に堪え、ダンの援護で一旦距離を取る。
「そこだぁ!」「殺せぇ!」「良いぞ!」「アルバに死を!」
ヤジが飛ぶ。奴隷が傷ついたのを見て、観客のボルテージがいっそう上がる。反対にレンは血の気が引いていくのを感じていた。
自分の命の危険がないのを良いことに、好き放題言う観客たち。彼らは己を強者であると思っているのだろう。この状況であれば実際そうだ。彼らにはレン達が死のうと関係ない。これは命を使った高級な「エンターテイメント」なのだと言うのだろう。既にここにいるというだけでも精神が狂っているのだ。人間という生き物の闇の深淵をみた気がした。
「お前らの思い通りになってたまるかよ・・・!」
「おいアルバ、大丈夫かっ?!」
「アルバアルバってうるせえな!俺にもレンって名前があんだよ!ご心配どうも!問題ねえよ!休ませるって言っといて申し訳ねえな!」
脇腹から命が流れ出る感覚。恐らくもう長くは動けない。
「クソッ・・・レン、もう少しだけ頼む!あと少しだ・・・!」
共に死線を潜り抜け、二人の間には確かに絆が生まれつつあった。だからこそやるべきことは分かる。
「任せとけよ!」
もちろんダンの方が消耗が大きいというだけで、レンが疲れていない訳ではない。しかし今レンは確かに自分が生きていることを感じていた。誰かに頼られるなんていつぶりだろうか。その期待に応えたい、その意識だけが今のレンの身体を動かしていた。
いくら傷が増えようと、いくら疲れようと、絶対に期待に応えてみせる、それは元の世界で生きていた頃のレンが久しく忘れていた感覚だった。
「まだまだ行けるぞ!どうした、化物!」
疲れは隠せない。全身も傷だらけのリミット付き。それでもなお戦えると、レンは自分に言い聞かせるように宣言した。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「なかなか仕止めきれませんね。」
歓声なり止まぬ観客席でフルフェイスの仮面を被った男がマクベスに向かって言う。仮面を被ることがこの会場でのマナーとはいえ、この男のそれは不気味さすら醸し出していた。
「あいつは遊び好きでしてな、精一杯獲物をいたぶってから喰らう癖があるのですよ。悪癖ではありますがエンターテイメントとしては良いでしょう。」
「・・・確かにそうですね。実に滑稽だ。」
男は少し考えるように間を置いてから答える。マクベスも気付いてはいないが、確かにこの男の中には侮蔑の感情があった。檻の中でアルバが必死に逃げ回りながら、またも生傷を作るのを観て観客たちは満足そうに頷く。人が血を流し、命のやり取りを行うのをエンターテイメントとして観戦する。ここにいる者達の中にそれに対して罪悪感を持つ者も、おかしいと思う者も皆無だった。
セタどころかアルドラ全域で、人身売買のオークションやこうした命を使った見世物が禁止されている。しかし一度でもこの魅力に魅せられた金持ちたちはリスクを犯してでもこういった闇会場にやってくるのだ。需要があるからこそこういったものが無くならない。
「しかしながらマクベス殿、今回は何故このようなことを企画されたのですか?アルバは忌み嫌われているとはいえその存在は貴重だ。奴隷やペットとして見世物にするのでも良かったのでは?」
「私は心底アルバがこの世に存在していること自体が許せんのですよ。幸い金なら腐るほどある。ここで誰かに買われて生き長らえるのを指をくわえて見ているよりも、自分で買い、絶望のうちに殺してやることを選んだまでです。」
「フフフフ、なるほど。貴方らしいと言えば貴方らしいですね。」
男は皮肉とも取れるような言葉を吐く。もちろん相手に気付かれない範囲ではあるが。アルドラ、特にセタにおいてアルバを嫌う人間の数は相当なものであり、迫害の歴史も長い。己が特になにかをされたわけでなくとも、無条件の憎しみを抱く者も多く、ある意味でこのマクベスという男もこの環境の産物という言い方もできた。
もっとも最近では純粋なアルバなどお目にかかる機会もほとんどない。アルバが黒髪に黒目という特徴以外に何か特別な力を持っている、そんなこともない。歴史上たった一度、一人のアルバの幻影に今でも皆が囚われているのだ。
「ほらほら、あまり会話に夢中になっていると最高の瞬間を見逃しますぞ?」
マクベスに促されてか、これ以上話しても無駄だと思ったのか、男はステージの方に向き直り、再びこの"ショー"を観始めたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
もうどのくらい相手の攻撃を避けただろうか。避けきれずに傷を負うことが大半なのだが、それでも何とか勝負が成り立っていた。レンはダンの方を見やる。傷こそ痛々しいものの体力自体はだいぶ回復してきたようだった。
レンの方は脇腹の傷が最悪だ。
「調子はどうだよ、ダンッ!」
「おかげさまで絶好調だな!どうやらあの化物を二人ぶんの負担で相手にするってのは俺自身相当余裕を無くされてたらしい。ようやく頭を使う余裕が出てきたよ。」
「それは良かったぜ!その調子で頼む!」
そういった瞬間に足の力が一瞬抜けるのを感じた。血を流しすぎているのだ。化物の足が迫る。
「うおい?!レン!」
いち早く異変を察したダンがレンと化物の間に躍り出る。次の瞬間世界が回転し、背中に衝撃が走る。ダンが盾になってくれたことで致命傷は避けられたらしい。
「いてて、大丈夫・・・か・・・?」
レンの問いかけに対してダンが答える。
「片腕と肋骨がいっちまってるな・・・むしろ今までよく壊れなかったほうだが・・・吹っ飛ばされたおかげで頭が冴えたぜ。どうして今まで気付かなかったんだ。レン、反撃だ。次で決めるぞ・・・!」
その声は自信にみち溢れており、ダンの言葉がハッタリではないことを証明していた。
「本当にどうにかなるのか・・・?」
「当たり前だ・・・!もう少しだけ動けるか・・・?」
「任せとけよ・・・!」
傷だらけの戦士たちは勝負を決めるべく立ち上がったのだった。
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