第6話 一蓮托生
「とは言ったものの・・・こんなのとどう戦えってんだよ・・・」
戦力差はただでさえ絶望的だ。レンは泣きたいのを我慢しながら目の前の化物を眺めていた。戦意は旺盛、血に飢えた獣という形容がぴったりな化物だ。
「まったく、魔法さえ使えればあんな化物にだって太刀打ちできるんだがな。どうやら不正は禁じられてるらしい。」
ダンは自分の足首に目をやる。そこには鉄製らしき錠がかけられていた。
「こいつで必要最低限以上のマナは封じてるんだ。お陰で身体の中も外もマナがスッカラカンって感覚だな。」
ダンが喋っていることの半分も理解できてはいないレンだったが、とりあえずあの化物を倒せるはずの魔法を使えないということは理解できた。
「おいアルバ、お前戦闘経験は?」
ダンと呼ばれていた男はデカブツから目を離さずにレンに向かって話しかけてきた。少し良いやつだと思いかけていた手前名前も呼ばずにアルバ呼ばわり、少しムカッとしたものの初対面の相手に強く出られるレンではなかった。
呼び掛けに答えてくれてはいたため、話し合いの通じる相手ではあるのだろうが、それでも相手がどんな人間かはほとんど分からない。気分を害して仲間割れ、それが一番恐い展開だった。
「戦力になることを期待してるんだったら早めに希望を捨てた方が良いぞ?こちとら生まれてこの方魔法を使ったこともなければ殺しあいもしたことねえんだからな。」
最早皮肉なのか何なのか分からないがレンは半分投げやりに答える。ダンに明らかな失望の色が見えた。しかしその色も長くは続かない。
「ほんっと・・・、まあいねえよりマシだ。お前身体は動くんだろうな?俺が敵を引き付けつつ攻撃するから、お前は隙を突きつつ援護しろ。」
ダンはぶっきらぼうにそう言うと、
「先手必勝ッ!」
という掛け声と共に突っ込んでいった。レンもそれに続く。正直レンとしては危険に晒されたくはないのだが、かといってなにもしないのでは数の有利が使えない。ダンの実力は未知数だがそれはあのクソ性悪そうな貴族のこと、ダン1人では敵わない化物を用意しているはずだ。
少しでも勝率を上げ、この苦境を脱するためにはレンも微力ながら参戦し、少しでもダメージを与えるしかない。幸いにもダンは戦闘慣れしているようだし、死ぬ気でかかればどうにかなるのではないかという気になるくらいの要素はあった。
「グルルオォォォォォ!!」
三つ首の化物が吠える。この世界の動物がどれ程の知能をもっているのかは分からないが、見るからに知性を感じない。本能のままに動く感じだ。それこそが二人にとって唯一の救い、この化物に勝つための光明であった。
ダンが化物の攻撃を掻い潜り接近する。レンに同じことができるのかと言われればそんなものは100%無理なので、レンはとにかく距離をとりつつ化物の背後に回ることに専念することにした。
「くらえ化物ッ!」
一足先に化物の懐にたどり着いたダンが、剣先に全ての力を集中させ、化物の足に刃を突き立てる。
ガキィィンッ
「な?!」
会場に金属音が響き渡る。手が痺れそうな手応えを感じたダンが剣先を見ると、突き立てたはずの剣が刃こぼれしていた。
「おいおい・・・毛皮の下に鉄並みの装甲とか聞いてねえぞ・・・あの性悪貴族め・・・」
しかしぼうっとしている暇はない。一瞬でも気を抜けばこの巨大な化物の餌になってしまう。すぐさま体勢を立て直して回避行動を取る。大きな音と共に先ほどまでダンがいた場所にヒビが入る。
「あんなのくらったらひとたまりもねえよ!」
思わず声が出る。レンはそう言わずにはいられなかったのだ。考えただけでもゾッとする。仮に即死でなかったとしても間違いなく致命傷だ。化物の意識がレンの方へ向いていないことだけが唯一の救いだった。
「おいアルバッ!ぼさっとすんな!少しでも有効な手だてを考えて試すんだ!どっちにしたってこいつを倒さなきゃ俺たちは解放されねえんだぞ!」
「うるせえ!俺は戦闘経験0なんだぞ?!こんな化物相手に戦えると思ってんのか!」
頭では分かっているのだ。こいつがダン1人で倒せるような代物ではないことを。しかし足が前に出ない。今まで命の危険とやらに出会った経験は皆無だった。いや、レンだけではない。日本という国で暮らしていれば大抵の場合こんな状況に出会うことはまずない。
「俺は悪くねえ!なんなんだよ畜生ッ!」
「喚いてても仕方ねえだろうがッ!そんだけ喚く元気があるなら他のことにまわせ!俺はお前にできることをやれって言ってんだ!別に俺と一緒のことをしろとは言ってねえ!」
ダンが必死に叫ぶ。
「死にたくなきゃ足を動かせッ!前衛は俺がやる!お前は隙をついて一撃離脱で構わねえ」
レンだって納得はいかない。しかし死にたくないのはレンも同じだ。剣を今一度強く握りしめ、深呼吸をする。相手取る必要すらない弱者、そう判断されたのか化物はこちらを気にするそぶりは全くない。ならばレンはこの状態をできるだけ保った上で装甲のない場所を探し当てていかなくてはならない。
「やることが分かったようだなアルバッ!そっちは任せたぞ!」
「・・・!」
※ ※ ※ ※ ※ ※
戦闘は既に30分近くになっていた。レンは戦闘に慣れてきたのか少しずつ動きはよくなっている。しかしそれと同時に、ダンの役割を少しずつ担っていっているので危険度も増していた。戦闘に関しては習うより慣れろ。ダンの教育はスパルタだった。ダンが守ってくれるため動けないほどの傷はないが、身体中に生傷ができていた。
「本当にこれ、死んだら化けて出てやるからなッ!」
「ははっ!そりゃ無理ってもんだ!俺たちは一蓮托生、お前が死ぬときゃ俺も死ぬからなッ!」
「そんな無責任うおっ?!」
危険を感じて咄嗟に避けると、自分が先ほどまでいた場所が粉々に砕けていた。化物が攻撃してきたのだ。目の前を黒い影が通りすぎ、それが少しかすっただけで頬から血が溢れてくる。
「ヒュー、・・・避けるのはそれなりに行けるようになったじゃねえか。」
「・・・死ぬかと思ったわ!きちんと引き付けといてくれよッ!」
「わがまま言うんじゃねえよ・・・生き物だぞ?こっちの思い通りになんかなるもんかよ」
レンの身体は動く。しかしそれは仮初めの勇気だ。ダンがいなくては成り立たないほどか細い勇気。ただでさえぎこちない連携に加えて連携をとる者の気持ちが整っていない。うまく行くと考えるほうがおかしかった。
しかし戦闘開始時とは明確に異なる点がひとつだけあった。それはレン自身に自分が動かなくては始まらないという意識が生まれ、それを実行に移せていることだ。
斬撃、打撃、突き、あらゆる攻撃方法をあらゆる部位に試す。ダンがほとんど化物の気を引いてくれているからできることで、戦闘経験のないレンでもこの状況になんとかついていけている。
しかしそれはダンが二人ぶんの負担を担うという意味でもある。素人であるレンの目から見ても一目でわかるほどにダンは疲弊していっていた。
(急がねえとヤバい・・・。長期戦は不利だろこれ・・・)
「大丈夫かダン!」
「ご心配痛み入るぜ・・・!それには及ばねえけどな・・・!」
ここでダンを失えばこの勝負は負けたも同然だ。だからこそ、レンは1つの覚悟を決めたのだった。
「・・・ダン、俺が前衛を代わる。今までお前に比べて休ませてもらってるからな。ここらで働いてやるよ・・・!」
「な?!バカ言うなよ!お前じゃ即死だぞ?」
「勘違いすんなよ。突っ込んでいく訳じゃない。お前に攻撃がいかないように注意を引きつつ逃げまくるに決まってんだろ。少しでも体力回復させといてくれよな・・・!」
レン自身自分がこのような行動をとれることに驚いてはいた。しかしこの勝負、生き残るためにはダンの存在が欠かせない。少しでも体力の消費を少なくしてもらうのが吉だ。有効な手だてが見つかったときに決め手にかけるのでは話にならない。それくらいはレンでも理解できていた。
「さて・・・一丁やってやりますか!」
レンは勇ましくそう宣言したのだった。
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