第5話 ゲーム

光で目が眩む。歓声すら体に響き、ズキズキとした痛みが体全体を蝕む。俺が何をしたと言うんだ。ここが異世界なのは分かった。しかし、こんな仕打ちを受けなければならない理由がどこにある。そんなことを考えながらも彼はただじっとしていることしかできない。


「本日の目玉商品の登場だぁぁぁ!夜の帳のような髪に漆黒の双眼、忌々しきアルバの血統っ!煮るなり焼くなり好きにしやがれぇぇぇぇ!」


やたらハイテンションの司会が叫ぶ。歓声のなかに恐怖や憎悪が混じる。レンに突き刺さる数々の視線、視線、視線。これ以上無いほどの最悪の注目を浴びながら、レンは観客を睨み返す。


「非常に貴重な商品となっているため100万アードからでお願いします!」


(アードってのは金の単位か?とにかく隙があれば逃げねえと・・・!)


とはいえ重い鉄の拘束具をつけられており、一介の高校生である彼には今のところ脱出のチャンスは皆無であった。


「110!」「120」「140ー!」


吐き気がするような光景だった。彼らはレンのことを「商品」としか見ていない。ただそれに価値があるのかどうかを見極め、相応しい対価を払う。どこまでも悪趣味なものだ。


耳にはいってくる数字の羅列。横で騒ぐ司会、ボルテージを上げる醜い観客ども。レンはそれを極力無視するよう努め、必死に解決策を探す。


「なんでもいい・・・!何かねえのか・・・?!」


「諦めろ。ここでは誰もお前の味方などしない。商品は商品らしくしていれば良いんだよ。」


横の司会が小声で呟く。そのどこまでも人を馬鹿にした、下品な笑顔。レンの心には焦りと怒りと恐怖と絶望、様々な感情が渦巻いていた。ここの客もそうだ。人を人だと思っていない。だからこそこのような仕打ちができるのだろうか。


金持ちは娯楽を求める。そして歪みきってしまう。そして人身売買に手をつけた者は人の"価値"を感じる感覚を失うのだ。罪悪感から逃れるためなのか、よりゲームを楽しむためなのか。レンはこのような状況におかれ、燃えるような激情を感じる一方で目の前の者たちを哀れにも思っていた。


「5000万っ!」


数字の羅列が続く時間。それは永遠のようにも思えたが、その実たかだか数十秒だったのかもしれない。とにかくそれは突如として終わりを告げた。会場自体が一瞬静まり返る。


見るとそこにはブクブクに太った男が立っていた。醜鬼オークを思わせるような顔立ち、その小さな目は肉に埋もれて一層小さく見えている。5000万という金額がどのようなものかは分からないが、周りが黙ったところを見るとかなりの大金らしい。


「あんなやつに買われるのか・・・?ただでさえ最悪なのに、冗談じゃねえぞ・・・!」


「・・・!えー、他にいませんか・・・?いませんね・・・。それでは10番の方、アルバを5000万で落札ですっ!」


会場に再び歓声がこだまする。悔しがる者、呆気に取られる者、賞賛する者、会場の反応は様々だ。


「皆さん、静粛にっ!それでは本日のオークションはこれにて・・・」


「待ちなさい!」


司会の言葉を遮り先程の10番の客が叫ぶ。


「皆さん、私はアルバを落札しました!つまり、私があの奴隷をどう扱おうと問題はありませんね?」


10番の男が語り出す。観客も何事かと彼の言葉に耳を傾けている様子だった。


「皆さん、私は余興を思い付いたのです!この者も望んでここに来たのではないのかもしれない。慈悲深い私はこう思ったのです!この者にもチャンスを与えようではありませんか!」


突然のことで驚いたが、チャンスをくれると言うのであれば乗らない手はない。このまま奴隷として終えるくらいであれば、そのチャンスにすがってやる、彼はそう考えた。


「思ってもないチャンスだぜ・・・!さて、条件はなんだ?」


にわかに希望を持ち、醜鬼オーク野郎の次の言葉を待つ。


「皆さんもどこかで思っているはずだ!もっと興奮を!血沸き肉踊るような光景を!だからこそ私は提案する!ここにいる私のペットと戦わせるのです!しかし私のペットは強い!一人ではすぐにカタがついてしまうでしょう!ならばこそ、奴隷をもう一人追加だ!そして勝てば自由だ!どうですか?必死に勝とうとする二人の奴隷!いい余興だとは思いませんか?!」


「なんと・・・!」「面白いのではないか?」「アルバが醜く散る姿を見られるのならなんでもいいわ。」


観客たちの反応は概ね良しといったところだ。


「な・・・?!なんてこと考えるんだあのデブっ!」


しかし当の本人であるレンはそれどころではない。殺し合いなんてできないししたくもない。そもそも自分には戦闘の経験はほとんどないのだ。


「10番のお客様、この会場で殺生沙汰は黙認しかねますっ!ご自分で買われたとはいえ、その商品をこの場所で壊してしまうのは・・・!」


予想外の展開に慌てた司会が止めにはいる。しかし、


「ミスター、ならばもう5000万払いましょう。これで良いですね?準備を整えてください。ですよ。忌ま忌ましいアルバがどうなるのか、皆さんもご覧になりたいでしょう?」


ステージに上がってきたその男は司会に1億分であろう金貨の袋を手渡しする。それを訝しげに見る司会は中身を確認し、そして驚愕の表情を浮かべたあとそれを承認した。


「・・・分かりました。そこまで言うのであれば準備を進めましょう。・・・皆様!イラギュラーな事態ではありますが、これもまた一興っ!暫しご歓談ください!」


司会が舞台袖に下がっていく。拘束具を付けられたレンは自分を落札した男に引っ張られて舞台から降りる。何が起きているのかさっぱりだ。目の前を見るとみすぼらしい姿をした青年が立っている。おそらく今回の相手であろう。この状況で拒否権がないことがレンにとってはとてつもなく残酷なことであった。


「私はマクベスという者だ。今日から君の主人となる。もっとも、今のお前にはあまり関係はないかもしれんがな。私はアルバが嫌いなのだよ。13号、お前も同じだ。自由になりたがっていたな?実にお前も反抗的だ。せいぜい足掻いてみせろ。ハハハハハハッ!」


13号と言われた青年はやや不満そうに頭を下げる。屈強な体に精悍な顔を持つ青年。その唇は震えており、明らかな迷いが見てとれる。体にも幾つもの傷が見え、その傷の数々がこれまでどのような扱いを受けてきたのかを物語っていた。


「狂ってやがる・・・!」


「なんと言おうと結構だ。人間とはこのような遊びに楽しみを覚える生き物なのだよ。弱肉強食、自然の摂理だ。本来なら言葉遣いに対して仕置きをしてやるところではあるが、今日は気分が良い。不問にしてやる。」


目の前の男はもはや人間などではない。見た目よろしく野蛮な醜鬼オークである。しかしマクベスの気分が変わってもいけない。憎々しげに睨むことしかできなかった。


※ ※ ※ ※ ※


「準備ができましたっ!それではどうぞー!」


柵の中には巨大な狼を思わせる黒い化物が控えていた。今は頑丈そうな鎖で拘束されているが、レンなど一噛みで引きちぎってしまいそうなほど鋭い牙、死臭とでもいうのか、生臭い息、鋭い眼光。勝てる気がしない。


二人の手足から重く冷たい拘束具が外される。衛兵に連れられ、舞台の上へと上がり、大きな鉄の柵のなかに入れられる。どうやらここで殺し合うことになるらしい。割りと広さはあるもののたかが知れており、片手には何やらブレスレットのような拘束具がついたままだ。


「今回使って良いのは剣と己の肉体のみ!魔法は禁じます!両者準備ができれば合図を!」


「言われなくても魔法なんて使えねえよ・・・。おい、あんた名前は?なんでこれに参加させられてんだ?これで満足なのか?」


お互い剣を拾いに行きながらレンは彼に話しかける。あまりにこれまでの現実とかけ離れている。だからこそ、このような状況でも意外と動揺は少ないのかも知れなかった。


「名前・・・か。そんなものを名乗るのも久々だ。俺はダン。

恐らくは奴隷ながら反抗的な俺を粛清する腹だよ。まあマクベス様のことだ。どうせ俺達をただで逃がすはずがねえ。だがそれでも・・・!唯一のチャンスなんだよ・・・!やっと故郷に帰れるかも知れねえんだ・・・!家族に会えるかも・・・!」


答えてくれたことには驚いたが、まだ迷いは消えていないようだった。しかし、彼は本気なのだ。いや、本気になろうとしているといった方がいいだろうか。詳しくは分からない。しかし、そうまでしてでも故郷に帰らなくてはならない理由――彼にとっては家族に会うこと、それがあることは確かだ。


「そんな・・・!じゃあ俺らはどっちにしろ殺されるのか?!」


「・・・かもな・・・。でも、これしかねえんだよ・・・。戦うしかねえんだ。」


なんと無益な戦いだろうか。剣だって心もとない。猛獣に食い殺される二人の奴隷、それ見たさのショーという感じだ。


レンだってあんなやつの奴隷にはなりたくもないし死にたくもない。しかし身体は痛む。そんな状態であっても逃げられない。勝ったところで確実に解放されるという保証もなく、かといってこの場所での拒否権もない。戦うしかないのだ。


二人は同時に構える。それが合図だった。化け物を拘束していた鎖が光の粒となって消える。


哀しき戦いの幕が、今切って落とされた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る