第4話 いいひと
――――神は死んだ!!
陰気な雰囲気が立ち込めるこの場所で、レンは心の中でそう叫んでいた。檻の中に入れられており一応周りは見渡せるものの、同じく捕まっている人々には何というか生気がない。これまでの人生に、或いはこれから自分の身に起こる出来事に絶望している様子だ。もしかしたら既になにも感じなくなっているのかもしれない。
周りを見渡す当のレンの腕にも手錠がかけられ、足には鉄球がつながれている始末。肉に食い込むような冷たい鉄の感触が、自分の浅はかさを戒め、罰を与えているようにも思える。
「あー!本当にもう俺の馬鹿ァァァァァ!!」
――3時間ほど前
レンはジルの家にいた。ジルの家は町の外れに位置し、少しばかりの畑があり、こじんまりとしながらもよく整頓された小綺麗なところだった。暗闇の中にランプや少しばかりの街灯に照らされた民家はとても趣がある場所だった。
「堅苦しいのはなしにしましょう。ときに、あなたはどちらから来られたので?」
夕食の準備をしながらジルがそう問うてきた。堅苦しいのはなしにしようと言いながら自分は敬語のままなのだが、まあその辺りはどうでも良いことなので華麗にスルー。
(当然旅人なんてものは方便だし、そもそもこの辺りの地理すら知らないしなぁ。いい加減なことを言って怪しまれるのも避けたい。さてどうやって答えたものか・・・)
「あー、じゃあお言葉に甘えて。まあどことは言えないが、かなり遠くから来たんだ。」
変なことを言って怪しまれるよりは良いと思い、とっさにそう答える。
「そうですか。まあ言えない事情でもあるのでしょう。加えてその髪色、我々には分からぬ苦労というものもありましょう。」
「どういうことだ?」
「この辺りではあまり黒髪は見かけなかったでしょう?この国では黒い髪を持つ者は少ないのですよ。そのような旅装束も、この辺りの国々では見たことがない。」
なるほど、意外にもこの服は目立つらしい。黒髪もこの国では珍しいのか、道理で見かけなかった訳だ。しかし情報を得るにはまたとない機会だ。このままいくつか聞いてみることにした。
「ここはセタっていうんだろ?アルドラ連合の東の果てだというじゃないか。」
「そうですよ。ここは商人の町とされています。アルドラは8の地域で成り立っており、それぞれが小さな王国となっているのですが、種族も文化も様々です。ですので、それらをまとめるために賢老議会という機関で政治を行っているのです。」
「なるほどな、しかしそれでまとまるのか?」
「もちろん、影響力に差はありますね。しかしまあ機能はしています。」
機能はしている、少し引っ掛かる言い方だった。アルドラ以外の国々も気になるし、もう少し色々なことを聞いておきたい。
「さて、お待ちかね。そろそろ夕飯ができますよ。」
まだまだ聞きたいことはあるが、まずは食べることを優先しよう。食欲をそそる香りがしてくる。その料理はどちらかと言えばシチューに似ているだろうか。料理は意外にも元の世界とあまり変わらない様子だった。
「すげえうまそうだ!もうお腹がペコペコだったんだよ!じゃあ早速いただきますっ!」
いそいそとスープを口に運ぶ。ジャガイモらしきものはホクホクとしているし、肉はとろけるようだ。キノコも入っているようだが、これがまた鼻に抜けるなんとも言えない薫りを醸し出す。空腹は最高のスパイスとも言うが、冗談抜きで今までに食べたどんなシチューより美味しい。
「お口に合いましたかね?」
ジルが不安そうに聞いてくる。
「それはもう最高だよ!冗談抜きで今までのどんな料理よりうまい!」
思ったことがそのまま口に出た。そうこうしているうち、あっという間に食べ終わる。
「いや、本当に助かったよ。何人に声をかけたか分からないけど、皆ふわっと断られちゃってさ」
ジルは相変わらず笑顔のまま答える。
「それはそうでしょう。いきなり泊めてくれなんて、受け入れる人は少ない。ましてやアルバなんてね。」
「アルバ?それは何なんだ?」
あまり聞かない単語だ。
「本人が知らないとは、また珍しいものですね。アルバとは、あなたのような黒髪を持つ者たちのことを指す言葉ですよ。もちろん数は少ないですがまだきちんと存在しています。」
なるほど、民族の名前ということで良さそうだ。しかし気になることが1つある。
「まてまて、なぜアルバが敬遠されるんだ?」
なにか変なことを聞いたのだろうか。ジルはまるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。その顔のまま数秒固まり、大笑いし始めた。
「ハハハハッ!レンさん、旅人とはいえあまりに知らなすぎるんじゃないですか?」
確かになにも知らないが、ここまで笑われるとあまり良い気はしない。反論しようとする。
・・・?・・・ッ!
視界が揺らぐ。まるで貧血になったときのような感じで視界が狭まっていく。気付いたときにはもう遅かった。体が動かない。おそらく先程の食事に痺れ薬か何かが混ぜてあったのだろう。バランスを失い、レンは椅子から崩れ落ちた。麻痺しているからなのか痛みすら感じない。辛うじて動かせるのは目くらいのもので、ただただ恨めしそうにジルを睨むことしかできなかった。
「お、効いてきましたか。そういえば、私の仕事を言い忘れていましたね。私は奴隷商人をやっております。いや、実際バレないかヒヤヒヤしましたよ。」
ジルはレンの目の前までやって来てバカにしたような顔で彼を覗きこむ。意識が混濁してきているのか、その声はレンの頭のなかで反響している。
「あなたのようにアルバがこの国に来ることは少ない。やはり相当な高値がつくはずだ。これで私は遊んで暮らせる!言ったでしょう?人に良いことをしていれば自分に返ってくるってね。ハハハハッ!」
(クソッタレ・・・!)
「詐欺師というのは誰よりも誠実然としているものなんですよ!1つ勉強になりましたねぇ?」
後悔先に立たずとはこの事だ。そうだ、最初から疑うべきだった。素性の知れない相手に事情も聞かずに良くしてくれるなど、通常はあり得ないのだ。笑い声が聞こえる。ジルが高笑いでもしているのだろう。その憎らしい声を聞きながら、レンの意識は遠ざかっていったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
――とまあそういう訳でここに至ってしまったのだが、本当についてない。やっと良い人に出会えたかと思えば、一瞬で奴隷に転落した。不安で押し潰されそうだ。生まれて17年になるが、今までに経験したことがないことばかり起こる。そもそもだ、異世界召喚1日で奴隷になった男なんていただろうか。異世界なんて本当にクソ食らえだ。ぶつぶつと悪態をつく。
おそらく外は朝だろう。ここは室内であるが、いっそ動物園の狭い檻に入れられた動物たちのような気分だった。いや、昨今では北海道の某動物園のように動物の住環境が考えられている動物園も少なくはない。つまるところ動物以下の扱いじゃないか。
「俺はこれからどうなるんだ・・・」
思わず情けない声が出た。この国では奴隷制が成り立っているということなのだろうか。手錠と足元の鎖がジャラジャラと音をたてる。とてもじゃないが逃げ出せるようなつくりではない。
つまり、この場所は奴隷売買の会場ということになるのだろう。見張りがうようよいる。雰囲気としては舞台のバックヤードといったところだろうか。
「おい、見たか。今回はアルバがいるってのは本当だったらしい。」
「本当だな、道理で今回は護衛の数が多い訳だ。生で見るのは久しぶりし、さぞかし良い値が付くんだろうよ。」
無言の時間にも飽きてきたのだろう。護衛らしき男たちの雑談が聞こえてくる。
「しかし、ボロい商売だと思わねえか?まったく金持ちの考えることは分からねえもんだ。そこまでして人を買いたいと思うのかね?」
「何だって良いじゃねえか、何にせよそれで俺たちの商売が成り立ってんだ。」
「違いねえ、ヌハハハハハッ!」
アルバとは本当に稀少な種族らしい。そんなもん、日本に行けば腐るほどいるとは思うのだが。襲撃に備えて護衛までいるらしい。まったく完全に詰んでいる。本当に絶望的だ。
「あのー!すんません!」
目の前で雑談している男たちに声をかける。
「何だよ、何か用か?」
――あ、会話には応じてくれるのね。案外いい人なのかもしれない。
「俺は騙されて今ここにいるんですが、逃がしてもらえたりとかしませんかねぇ?」
「そんなもんダメに決まってんだろっ!」
「そこをなんとかっ・・・!ここで逃がしてくれたらお兄さん格好いいな!」
「・・・それで本気で逃げられると思ってるのか?」
本気で哀れなものを見るような目で見られた。街と違って割と普通に会話できたことには光明を見出だせそうな気もしたが、ですよねー。いや、無理だとは思ってるんですよ?こちらは藁にもすがる勢いなんです、ええ。もはや万策尽きた。どうしよう。そう思うと焦りが出てくる。
「仕方ないだろっ!俺は奴隷なんかになりたくないっ!」
思いっきり叫ぶ。
「うるせえなぁっ!」
ウエッ!腹に鈍い痛みが走った。衛兵の持つ槍の塚の部分で突かれたらしい。
「もう手遅れなんだよ!商品は商品らしくしやがれっ!」
そうしてなんどもなんども殴られ、痛みでふらふらしてくる。
「おい、そのくらいにしておけよ、商品に傷がつくと価値が下がっちまう」
「魔法で治せば問題ねえよ。こういうやつは売りに出す前に従順にしとくにこしたことはねえんだ。」
それは文字通りのリンチだった。もはやどこを殴られているのかなんて定かではない。全身が痛い。頭、腕、腹、足全ての器官が痛みで支配される。俺が何をした?なぜこんな扱いを受ける?
「ぐえっゲホッゲホッ!」
いつまで続くんだ、もう永遠に終わらないんじゃないのか・・・?そう思い始めた頃に声が聞こえてきた。
「おい!そろそろ準備しとけよ!」
「チッ!良いとこだってのに・・・、おい!立て!とりあえず外面だけでも治療しておかねえと商品としての価値が下がっちまうからな!」
気持ちの悪い感覚だった。痛みは一向に引かないにもかかわらず、目の前で体の傷だけ治っていく。一歩踏み出すごとに全身が軋む。
「ああ、動きに支障がない程度には治しとかねえとお上がうるせえからな・・・」
なんとか動ける程度にまで回復
「おら!着いてこい!」
ジャラジャラと音を立てる鎖の感触を感じながらレンはステージへと上がっていく。
絶望のステージの幕が開ける――――。
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