第3話 ようこそ、異世界へ
おおレン、死んでしまうとは情けない。そんな声がどこからか聞こえてきそうな気さえする。
建物の隙間、四角く切り取られた空を見上げながら、少年は四肢を投げだして寝ころがっていた。何かものすごい衝撃に貫かれ、意識を失った次の瞬間、目が覚めたらこの場所にいたのだ。
少年は自分の中から何か大切なものが流れ出す感覚を思い出して身震いする。絶対に死んだと思っていたので、生きていたことは素直に嬉しいといった様子だ。
首だけ動かして横を見た。周りには建物が建っているのに、この場所だけ時代の流れに取り残され、忘れ去られたような感じだ。そこまで広くもないが、人が何人も寝転べそうな広さはあった。レンの周りには同じく忘れ去られ、必要とされなくなったガラクタたちが所々で山を成している。
「・・・ッ!・・・・ぁっ!」
(なんだ?)
声を出そうとするが、掠れてうまくでない。とりあえず体を起こそうとしてさらに驚く。全くうまく動かない。身体全体が錆びて、関節に鉛の棒でも詰め込んだようだった。這うようにして近場のガラクタにもたれ掛かる。どうしたというのだろうか。
そう思って自分の身体を見るが、四肢はきちんとついているし、筋肉が衰えているわけでもなさそうだ。特に変わった部分はない。いや訂正、服装は変わっていた。某RPGに出てきそうな、あまりにもそれらしい服だ。とにかくその辺りのことは置いておき、体を動かせるようにしなければ。ゆっくり、氷を溶かすように体を動かしていく。
やっとのことで体が動くようになった頃には太陽が傾いてしまっていた。その間誰もここを訪れなかったところを見ると、この辺りは相当人通りのないところらしい。
場所的には路地裏といった感じではあるが、実際どれだけ大通りから外れているのだろうか。そうだ、GPSを使えば良いんだ、そう思ってポケットに手を突っ込むが、お目当てのものは見つからない。ついでに財布もない。絶望だ。
無人島で生き残るためには初期装備が重要であり、知識も必要だという話だが、初期装備ゼロ、というかよく分からん服のみ。ついでに知識の源たるスマホも失った。
しかし、このままぼうっとしていると暗くなってしまうので、とにかく大通りの方へ移動することにした。空き地からのびる道は1本なので迷いようがない。狭い路地を通ってしばらく歩くと、遠くの方からガヤガヤという声が聞こえてきた。人の気配が近い。どうやらもうすぐ大通りに出られそうだ。自然と足の動きが早くなる。3、2、1、頭の中で無意識にそんなカウントをしてしまう。逸る気持ちを抑えて出口に向けて一直線に歩く。
——なんだこれ
それがこの光景をみた第一声。
斜陽に照らされて浮かび上がる中世風の石造りの建物に活気のある市場。きれいに石畳が敷かれた大通りには馬車が走り、道端には露店も並んでいる。夕飯の買い物客が食材を見定めていたり、何かの取引をしていたりと、日常の光景のようでありながら決定的にレンの知るそれとは異なるものがそこにはあった。そう、少なくともここは自分の知ってる町ではない。ついでに日本かどうかも怪しい。まるでテーマパークか何かのようだ。
そして行きかう人々の見た目にしても、カラフルな髪、コスプレのようなファッションをした人がたくさんいるし、数は少ないが、角が生えている者、エルフのようにみえる者、獣人、果ては身長3メートルはあろうかという巨人まで確認できる次第だ。
――特殊メイク?
そんな言葉が口をついてでる。しかしそれだと巨人の説明はできない。いくらなんでも生き物と機械の違いくらい見分けられる。レンはヘナヘナとその場にへたりこみそうになる。
普通ならもうパニックを起こしそうなものだがレンは起こさない。言ってしまえば見栄である。
他人に見られても恥ずかしくない行動を――それが彼の矜持のようなものだった。
「本当になんの冗談だよ・・・ファンタジー好きは泣いて喜びそうな光景だなオイ」
レンは驚きというか、それを通り越して呆れているような気すらした。いくらなんでもこの状況はやりすぎだ。いきなり雷に打たれたような衝撃をくらって、空き地で目覚めたと思えば体が動かず、やっとの思いで大通りに出てみれば、全く知らない町に、コスプレまがいのファンタジー臭のする人々。二流のファンタジー小説でももう少しましな展開がありそうなものだ。
「とにかく情報くらいは確保しとかないとだよなぁ」
すでにパンク寸前ではあるが、日没も近そうだ。このままこんなよく分からない場所でなにも知らないまま夜を明かすのは危険すぎる。とりあえずは定番の旅人を装って情報を集め、これからどうするかを決めなくてはならない。この街の雰囲気にこの服装なら異国の人間ということにしても、たいして怪しまれないだろう。
さあ、聞き込み開始だ――――
※ ※ ※ ※ ※
しまった。想定が甘かった。
日が暮れる頃にはそれなりに物事が好転すると思っていた時期が俺にもありましたとも。どうなったかと言えば情報収集は全く思うようにいっていなかった。そもそも今日の夜寝るところすら決まっていない状況。最悪先程の空き地で野宿だろうか。
それというのも、お金を持っていない人間に世間というのは案外冷たいもので、情報にすら金をとろうとする始末。商魂たくましいというか、せこいというか。
言葉は通じるようだが、文字は通じなかった。なぜか持っていたはずの財布などが無いので断言はできないが、おそらく通貨も違う。その他何とかして彼が手に入れた情報と言えば
「ここが異世界だってことくらいか・・・それだけでも十分ではあるけどさ」
そう、既に薄々察していたというか、最も認めたくない現実ではあったが、ここは異世界なのである。アニメ大国日本においては割と身近なテーマだ。より正確にいうなら、アルドラ連合という王国連合の東に位置するセタという国らしい。
さらに先程も言ったように言語は通じたのだが、細かい差異があることと、文字はさっぱりだということが分かった。街の様子や人々の様子、まさにこれが異世界召喚というやつだろう。
「でも、だとしたら俺を召喚したのは誰だよ」
そう、最大の疑問はそこだ。召喚者が見当たらない。これでは自分が何のためにこの世界に来たのかわからない。普通はチュートリアル的なイベントが開催されてもいい頃合いだと思うのだが、一向にその気配はなかった。
召喚者はいないうえにゴミ捨て場に召喚、初期装備はなし。ひどいものだ。しかも異世界召喚なんて『想像するだけで十分だったもの』が現実になってしまった上に、見知らぬ町に一人取り残されるという恐怖はなかなか堪えた。
しかしだ、せっかく異世界召喚されたのだ。元の世界にいたときみたいに腐ってたんじゃ勿体ない。元の世界に戻るまでの間で良い。しっかり前を向いて行こうじゃないか。
「とにかくこのままじゃ埒があかねえ。夜を明かす場所すら見つかってないからな!」
完全に日が落ちて暗くなってきたが、一文無しで食べ物も手に入らないため、自らの出発点である空き地に戻ることにしたのだった。元来た道を戻っていき、その場所にたどり着いた。
「嘘だろ・・・」
辺りはもう完全に真っ暗な中、レンは壁の前で立ち尽くしていた。それもそのはず、空き地が無いのだ。より正確に言うなら空き地への入口がない。確かに場所は間違っていない。だとしたら自分がいた場所はどこなのか。
色々な考えが頭の中を巡る。どんなに理由を探そうと、とにかく事実として空き地は消えてしまっているのだ。胃が締め付けられるような感覚がする。今この瞬間、寝るところすら失ったレンであった。
幸か不幸かこの街はなかなか栄えているようで、辺りが暗くなっても活動を続けていた。こうなればやけくそだ。どうにかして泊めてもらうか、ちょうど良い場所を探すしかない。デスレースだ。片っ端から声をかける。1人目、2人目、3人目・・・
※ ※ ※ ※ ※
もはや絶望だよもう。何人目までレースすれば良いんですかこの野郎。デスレース開始から体感的に一時間は経っているんじゃないか?いい加減もう誰か当たってくれても良いじゃないか!空腹と疲れでぼうっとする頭でそんなことを考えながら、半ば惰性で道端に立っていた男に声をかける。
「すみません。私は旅の者なのですが、お金も泊まるところも無いのです。今晩一晩だけで良いので泊めていただけませんか?」
何回繰り返したか分からない台詞を述べる。
「それは大変ですね。良いですよ。」
「やっぱりそうですよね・・・え?」
今聞いた言葉が信じられなかった。この国では持たざる者は死ぬしかないのかと思っていたのだが、救いの神はこんなところにいた。何というか、身なりもきちっとしていて信用のおけそうな男である。
「本当にありがとうございます!俺はレンといいます!まさか助けてもらえるとは思っていませんでしたよ!」
「ご丁寧にどうも。私はジルといいます。困ったときはお互い様というでしょう。良いんですよ、こういうことをしておけばいずれ私にも何か返ってくるというものです」
この人は神だ、間違いない。そんな考えがレンの頭を支配した。
「ジルさん、本当にありがとうございます!」
「立ち話もなんですし、早速私の家に向かいませんか?見たところかなりお疲れのようだし」
その言葉を聞いたとたん、腹がグウッと大きな音をたてて鳴る。いままで夢中で気がつかなかったが、安心したとたん一気に疲労と空腹が襲ってきた。
「それではお言葉に甘えさせていただきます!」
――心底思う。捨てる神あれば拾う神あり。この瞬間幸せを噛み締めながらジルという男に続いて今日の宿たる彼の家に向かうレンであった。
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