繋いでて、下さい

 俺の話を聞いて内川が出した結論はこうだった。


 今の状況は、未来に起きた核戦争がきっかけで、それを阻止するために上凪総真がループの中に閉じ込められ、苦しんでいる。それなら、根本の原因である未来の戦争を、神の力に頼ることなく、別の方法で阻止する……。


「そうすれば、上凪さんが神様になる必要もないし、私も命を狙われる事がなくなって、ハッピーエンドですよ!」


 それで、本当にうまくいくのだろうか。それで未来が変わるのだろうか。

 あの絶望の権化のような老人が、それで納得するだろうか。


「未来に起きる戦争を事前に阻止できるなんて、すごい事ですね。フィクションの中のお話みたいです」


 街灯の光の下で、内川は嬉しそうにそう言った。

 もう暗くなってしまったので、内川を家まで送っている所だ。


「でも、起こる事が分かっていたとしても、それを止めるなんて容易なことではないだろう……。世界規模の戦争なんだぞ?」


「確かにすごく大変だと思います。でもだからって、何もしなかったら未来も変わりませんよ。出来る事から、少しずつやっていきましょう?」


「そう……だな」


 何もしなかったら、未来も変わらない、か。

 核戦争で滅亡に向かう未来。それを阻止する神の存在維持のため、内川が殺され続けるる未来――

 そんな未来、俺が塗り変えてやる。


「なので、さっそく今日から上凪さんにやってもらうことがあります」


「何だ?」


「何だと思います?」


 戦争を止めるための行動か……。各国の防衛省や主要人物にコンタクトを取るか。もしかしたら、俺が開発していたハッキングツールが使えるかもしれないな。


「ふふ、たぶん今考えている事はハズレです」


「なっ……。じゃあ、何だと言うんだ?」


「それは……」


 内川は足を止め、俺を見上げた。


「子供の方の総真くんと、仲直りすることです」


「……え?」


「さっき言ってましたよね。復讐の為に、過去の自分……つまり、今の子供の総真くんを育てているって。あれ、教師を目指す私に言わせればとんでもなくひどい事ですよ。許せません」


「う……」


 内川に、怒られた……。心が悲しみで溢れる。人類最強の人間を目指して育てられたのに、あなたの前では、俺はこんなにも弱い。

 内川はまたゆっくりと歩き出した。


「でも、しかたないですよね……。あなただってそうやって育てられたんだろうし、それ以外のやり方が見えないのは、当然です」


 少し安心する。俺の罪が一つ許されたような気持ちになる。


「でも仲直りなんて、どうすればいいんだ?」


「簡単ですよ。いっぱいお喋りするんです。黙ってた事、秘密にしてた事、それを全部話して、総真くんの意見も聞くんです。総真くんがどうしたいか、何をしたいか、聞いてあげるんです。コミュニケーションってやつですよ」


 そんな事で、いいのか……。相変わらず、内川は俺の知らない事を沢山知っている。


「分かった……。でもそれは、戦争の抑止と何か関係があるのか?」


「大アリです!」


 内川はまた足を止め俺の方を向くと、右手の人差指を立ててそう言った。


「未来に起きる戦争を止める……。これは並大抵の事ではありません。上凪さんがどんなに強くて優秀でも、一人で何とか出来るようなものではないです。それは私が一人増えた所で何も変わらないと思います」


「そ、そうなのか?」


「そうなんです。人はひとりひとりでは弱い生き物です。でも、みんなで手を取り合って、協力していけば、それはとても大きな力になるんです」


 そう言いながら内川は、両手で俺の右手を取った。その手は柔らかく、暖かい。何か言葉が続くかと思ったが、内川は俺の手を見たまま固まっている。


「……どうした?」


「わあっ、ごめんなさい。勝手に手繋いだりしてっ」


 内川は赤い顔で慌てた様子で俺の手を離した。手が触れていた部分に、夜の冷たい風が吹いた。


「えーっと、そうそう。だから、上凪さんは、総真くんも頼って下さい。相談して下さい。きっと喜んで協力してくれると思います。みんなで力を合わせれば、戦争だって止められます。だから、もう復讐なんて終わりです。総真くんを解き放ってあげましょう。ね?」


 この人には逆らえないな。でも、このお人好しな人間の巻き起こす流れに身を任せるのは、心地いい。


「……ああ、分かった」


 微笑んでそう答えると、内川も柔らかく笑って頷いた。


「うん。上凪さんは、素直で良い子です」


「ははっ、今は俺の方が何歳も年上なはずなんだがな」


 夜の街灯の下で、二人で静かに笑った。

 この人の隣にいるだけで、こんなにも幸福だ。胸も心も、暖かさで満たされる。

 今度は俺が手を伸ばして、内川の小さな手を握った。


「ひゃあっ!」


「あ、悪い。嫌だったか?」


「い、い、いえ。ただ、ちょっと、緊張しちゃうっていうか」


「そうか……、すまない」


 手を離すと、すぐに内川の手に捕まえられた。


「ああっ、その、全然嫌じゃなくて。あの、この道暗いから、繋いでて、下さい」


「……分かった」


 俺達は、手を繋いだまま歩いた。

 この人と一緒なら、本当に戦争を止められる気がしていた。

 絶望の未来を変え、もっと輝かしいものに出来ると、そう思えた。

 俺は何があっても、この人を守る。

 夜道を照らす頼りない街灯と、空に浮かぶ三日月に誓った。



 二人の足音だけが響く住宅街に、小さな破裂音が聞こえた。


 その直後、内川の体がゆっくりと前のめりに倒れた。


 街灯に照らされ、内川の制服の腹部に、赤い液体が広がっていくのが見えた。

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