#19999'

ヤドリギとして

 霧島から渡された書類によって、面倒な役所の手続きは滞りなく終わった。封筒に入っていた競馬や宝くじや株やFX等の情報で、生きる為の金は容易に工面する事ができた。ギャンブルで金を得ていたなんて、滑稽なものだな。その金で自宅を改築し、カカシ部屋と、その奥の冷凍冬眠装置の部屋も作った。


 俺はボロボロのノートに「正」の一角を書き足し、ヤドリギとして二万回目の上凪総真の育成を行っていた。


 もう、失敗は許さない。これ以上繰り返させはしない。

 俺は上凪総真を完璧な存在に育て上げ、必ずあいつを消滅させてやる。


 「神」を語り、世界を救う為だか知らないが、人を操り内川を殺させた男。その理由を語ろうともしないのなら、もはや聞く必要もない。


 もう人類の統治も、自分の未来も、知った事か。俺の全ては奴を殺すため。内川の感じた痛みを、苦しみを思い知らせるため。ただ、復讐のため。それだけに、この身を、この人生を捧げる。


 そのためにこいつには、誰よりも強くなってもらわなくてはならない。俺を踏み越えて行かなければ、あいつには届かない。その為には、どんな手でも使ってやる。


「ヤドリギ、準備できました」


 表情の無い子供が、機械のような冷たい瞳で俺を見上げている。

 小学の授業から帰った上凪総真を、俺はカカシ部屋に呼んでいた。俺の時は中学からだったが、早く始めればそれだけ早く強くなるだろう。


「今日からは俺との組手を訓練のメニューに加える。とりあえず一手でも俺に当てられれば合格としてやるが、お前は俺を殺す気で来い」


「はい」


「いいか、お前は誰よりも強くなり、俺を越えなくてはならない。それ以外にお前の存在意義はないからな」


「……分かりました」


 子供は僅かに瞳を曇らせて言った。今の言葉に何か不満があったのかもしれないが、お前の願望など関係ない。

 俺は子供は嫌いだ。昔からそうだった。愚かで、騒がしく、都合が悪くなれば泣き喚く。

 だからそうならない様にこいつを教育してきた。感情など捨てろ。希望など抱くな。


 お前はただ機械のように邁進し、課せられた使命を達すればいい。


(そう、人はみんな、幸せになるために生きてるんだよ)


 俺はヤドリギで、こいつは上凪総真だ。普通の人間として生きる義理も権利も無い。


(上凪くんだって、人間だよ)


 俺はこの過去の世界からしたら異端だ。あるはずのない存在だ。


(待っててね……)


 俺と約束をした内川だって、俺の時間軸では殺された。もうあの約束を叶える事は出来ない。


 あの男が、殺したからだ。


「うっ!」


 俺の拳が総真の左頬に当たった。鈍い音がして総真は床に倒れる。


 怒りに捕らわれていた……。少し、強く殴りすぎただろうか。総真は息を切らしながら、手で目元を拭った。


 ……いや、これでいいのか。殺したいと思うほど、俺を恨め、俺を憎め。それがお前の力になるだろう。お前には神を殺してもらわなければならないからな。


(みんながみんなを信じて、戦争とか、争いの道具とかが、この世から全部なくなれば、いいのにね……)


 だから、この子供が俺を越えるまで、少し黙っていてくれないか。俺の記憶の中の内川よ。

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