この人生は、一体、何なんだ

「ここは……」


 高校の帰りにいつも通る道だ。

 着いたのか、過去に……?


 さっきまであれだけうるさく鳴っていた音はもう無く、遠くで車が往来する音が聞こえるだけだった。体の痛みも不快感も残っていない。


 足元に、先程霧島に渡された封筒が落ちていた。拾い上げて中を確認する。

 霧島が言っていたもの……。偽名の身分証明書や、上凪総真に関する役所的な手続き書類の数々。そして、ヤドリギが残したボロボロのノートが入っていた。


 ノートを取り出すと、先程は見えなかった、折り畳まれた紙のようなものが封筒から零れ落ちた。


「手紙……か?」


 しゃがんで紙を拾い、何が書かれているのか開いて確かめようとしたが、それはすぐに、前方で起きた爆発にも似た衝撃音によって中断された。金属の塊が急速に押しつぶされてスクラップになるような、そんな音だった。

 音の方向を見ると、一台の自動車が煙を上げていた。高速で電柱にぶつかったのか、車体の前方が大きく歪み、そこから灰色の煙が上がっている。


 手紙を封筒に入れ、駆け付けると、運転席のエアバッグに埋もれたまま微動だにしない男が見えた。運転中に急に意識でも失ったのだろうか。その横には、フロントガラスに激しく頭部をぶつけたと思われる女が血を流して突っ伏していた。ガラスはひび割れ、辺りには鮮血が飛散している。シートベルトをしていなかったのだろう。


 そして後部座席にもう一つ、エアバッグが膨らんでいるのが見えた。チャイルドシートが設置されているから、子供が乗っていたのかもしれない。


「まさか……」


 根拠のない予感が、不気味な直感が、脳内で警鐘を鳴らしていた。

 チャイルドシートがある座席のドアに駆け寄ると、エアバッグがモコモコと動いた。子供は生きている。


 車体の歪みでなかなか開かないドアをこじ開け、エアバッグをどけると、ニ、三歳くらいと思われる幼児が茫然とした顔つきで僕を見上げた。

 急いでチャイルドシートのベルトを外し、子供を抱えてすぐさま走り出した。


 10メートル程走った所で、後方の車が音を立てて爆発した。その爆風に煽られバランスを崩した僕は、子供を庇ったまま地面に倒れ込んだ。

 車の方を見ると、車体は赤い炎の舌に包まれ、先ほどとは異なる真っ黒の煙が太い柱となって空に昇っていた。


 悲鳴と叫び声が聞こえる。今になってようやく、野次馬が集まり始めたようだ。

 腕の中で子供が身を捩った。ハッとして、子供に声をかける。


「お、おい……大丈夫か?」


 子供の顔は青ざめていた。状況を把握出来ていなくても、我が身とその家族に何が起きたのかは無意識にも感じ取っているのかもしれない。

 子供は柔らかな唇を開き、震える声で僕に聞いた。


「だ……れ?」


 僕にこんな事故の記憶はない。それは子供だったから覚えていないだけかもしれない。

 それでも、これは、やはりそういう事なんだろう。


「僕は……」


 僕はこれから、この子供を育てなくてはならない。


 それは愚かな人類を救ってやる為……?


 それは自らの未来の姿である「神」を殺させる為……?


 目の前が暗くなる。絶望しか感じ得ない。


「いや……俺は……」


 この人生は、一体、何なんだ。


「俺は……ヤドリギだ。……お前を……育てる為に来た……」


 サイレンの音が近付いて来る。


 野次馬の何人かがこちらに駆け寄り、何かを騒ぎ立てているが、そのどれも、俺の耳には入らなかった。

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