神を殺せ
ヤドリギを背中に担いだまま、渡された鍵を使い、白い扉を開ける。扉は重く、軋むような音をたてて動いた。
部屋には明かりが付いておらず、窓もないのか真っ暗だ。カカシ部屋から入る光を頼りに、扉の傍にあったスイッチを付けると、低い唸り声のような音と共に天井のライトがゆっくりと光を放つ。
部屋はカカシ部屋と同じくらいの大きさで、床にも壁にも何の飾り気もない。木製の簡素なテーブルとイスが一対忘れられた様に佇み、そして、無機質な部屋の中で異様な存在感を放つものが、中央で冷たい気配を放っていた。
これがヤドリギが言っていた機械なんだろうということはすぐに分かったが、これが何の機械なのかは見当が付かない。大きさは一人用のベッドくらいで、無数の配線が剥き出しになっている。それが二つ、横に並んでいる。
近付くと、その機械には取っ手が付いているのが分かった。どうやら棺のような形状で開くようだ。その横に簡素な操作盤のようなものが付いているのも見える。
取っ手を掴んで重い
「これか……」
手に取ると、ノートは何年も使い込んだようにボロボロになっているのが分かった。表紙を捲ると、すぐに強烈な言葉が目に飛び込んだ。
神を殺せ
大きく荒々しい文字でそう書かれている。しかもその文字は一度だけ書かれたものではなく、同じ文字を何度も何度も上から書き重ねられているのが、文字の濃さや線の重なりから分かる。
「一万、九千、九百、九十、九回……」
ヤドリギから伝えられた数字を呟いた。それだけの数の憎悪が、ここに蓄積されているのだろうか。
そのページには、他にも無数の言葉が書きこまれている。「偽りの神」「復讐」「すぐに殺せ」「話を聞いてはならない」「憎しみを忘れるな」……。ヤドリギ――未来の僕も、これを書いたんだろうか。これを書いて、神への復讐を心に刻んでいたのだろうか。
「神」か……。一体、何なんだ、そいつは。まさか本当に造物主のようなものがこの世に存在するとでもいうのか。それに、殺せと言われても、どこにいて、どうやって殺せというのだろう。
答えを求めるようにページを捲ると、今度はいくつもの「正」という文字がびっしりと書き込まれていた。最後の文字だけ、一角足りない。これが19999という数字を綴っているのだろう。僕とヤドリギが繰り返してきたループの回数……。そして、内川が殺され続けてきた回数……。
右手の拳がギリギリと音を立てる程、強く握った。爪が手の平に食い込む。僕がこの憎悪をぶつけるべき相手は、ヤドリギではなかった。何が目的か知らないが、この馬鹿げた計画を立て、遂行している連中だ。
次のページに進むと、再び無数の「正」の文字が並んでいた。今度はいくつかのグループに分かれているようだ。
「××高校」「△△高校」「霧島を利用する」「他人との接触を避ける」など、様々な項目とその回数と思われる正の字が数十ページに渡り記載されている。これは、ヤドリギの僕に対する行動や教育方針を分類しているのだろう。ありとあらゆるパターンを試して、この因果を打破する手段を模索していたのだろうか。
ただ、今僕がこのノートを読んでいるという事は、これらの全てが失敗しているということだ……。
最後のページには、先程ヤドリギを格納した機械の操作方法が書いてあった。
ノートを左手に持ち、機械の前に立つ。
これが何の用途の機械なのかは書いていない。延命装置のようなものだろうか。
ノートの指示に従い、一切の飾り気も無い操作盤のスイッチをいくつか入れた。
モーターか何かが動き出したのか低い音が鳴り、それは次第に高く強くなっていく。
「ヤドリギ……」
この中で眠る人間の名を呟いた。
僕に意味の分からない使命を課し、愛情の欠片も与えずに育ててきた人間。
それはただ僕を強くするためだけに。
ただ己の復讐を果たすためだけに。
でもそれは、内川を救う為だったんだろうか。
この愚かで馬鹿げた計画に巻き込まれ、命を奪われ続ける内川を……。
「内川……」
少し目眩がした。疲れたんだろうか。
平衡感覚が失われ、立っていることが困難になる。
倒れそうになり、ヤドリギの眠る機械に手を付いた。
駆動音と共に微弱な振動が手に伝わってくる。
機械の下部から気体状の何かが放出される音がしている事に気付いた。
「しまった……」
何らかのガスか……?
意識を保てなくなってくる。
膝が地面に付いた。ガスの音が近くに感じる。
視界が暗くなってくる。
「ヤド、リ、ギ……」
何故だ。僕に使命を、託したんじゃ、ないのか
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