お前はミスティルテイン

 今日も、ヤドリギに捩じ伏せられた。


「……お前、最近動きが鈍ってるぞ」

「はあっ、はあっ……くっ、すみません……」

「人の心など捨てろ。迷いや悩みなど、道を遠ざけるだけだ。そんなものを抱えていては、俺を越えることは出来んぞ」


 迷い。悩み。僕の動きにそれが出ているのだろうか……

 人の心を、捨てる? どうすれば捨てられるのかも分からないが、それを考えると、寂しく感じるのは、何故だろうか。内川の顔が浮かぶのは、何故だろうか。目の奥が熱くなるのは、何故だろうか。


「お前に課せられた使命の重さを忘れるな。お前は俺を越えなくてはならない。そうでなければ、お前に存在意義は無い」


 床に這いつくばり苦しい息を整えながら、自分の心の変化に驚いていた。ヤドリギから何度も言われていることだが、今日は何故かその言葉に苛立ちを感じる。何故こいつに、僕の存在意義を決めつけられなくてはならない。


「ならば、教えてください、その使命を。僕が何をすべきなのかを!」

「……行動に理由を求めるな。それがお前の弱さの証だ。今はただ、機械のように邁進すればいい」


(上凪くんだって、人間だよ)


 心の苛立ちが燃え上がった。内川の言葉と顔が心から離れなかった。


「僕は! 人間だ!」


 ヤドリギの顔は見えないが、奴が長い息を吐き出すのが聞こえた。


「……人の心は、結果的にお前を苦しめる。お前の……、俺達の、途方もない因果を断ち切る為にも、お前は強くならなくてはならないんだ……」


 初めて聞く話だ。「俺達」というのは、僕と、ヤドリギのことだろうか。僕と奴の、途方もない因果? 何のことだ。それを断ち切るというのが、もしかしたら僕の使命なのだろうか。


 それに、人の心が、僕を苦しめるとも言った。どういうことだ。奴の言葉の意図が分からない。人の心を捨てろと、僕の為に言っているとでもいうのか。


「お前は人間だと言うが、俺達は、とっくに人のことわりから逸脱した存在だ」

「……では、僕は一体、何なんですか」


 ヤドリギは片膝を床につき、少し僕に近付いて答えた。



「……お前はミスティルテイン。神を貫く刃だ」



 ミスティルテイン?


 確か北欧神話で、誰も傷付けられない光の神を唯一貫き殺した、ヤドリギの刃だ。


 ……『ヤドリギ』?


 驚いて見上げた奴の顔は、何故かどこか、寂しげに見えた。

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