コミュニケーション
放課後前のホームルームでも、内川の顔は赤いままだった。
「ユキちゃん、熱でもあるの? 顔赤いよー」
「えっ、そ、そうかな。大丈夫だよ!」
生徒の問いに、内川は慌てたように手で頬を覆い、返事をしていた。
「好きな人でも出来たのー?」
「そっ、そんなこと……。先生をからかうんじゃありません!」
「キャハハ、ユキちゃんかわいー」
教室内が笑いで盛り上がる中、ちらりと内川と目があったが、すぐに視線をそらされた。また、心臓の辺りに微かな痛みが走る。どうしたというんだ、僕の体は。
前方に座る霧島は、こういう時は一番に出しゃばるのに、今日はやけに大人しい。机に頬杖を付いて、外を向いているように見える。いつだったかはこいつの静かさに心地よさすら感じた事もあったが、こう静かだと違和感を覚える。
内川は早口でホームルームを終え、そそくさと教室を出て行った。
放課後となり一日の役目を終えた教室は、足早にどこかへ向かう者や、グループになり盛り上がる者達で騒がしかったが、その中でも霧島は静かに頬杖を付いたままだった。
少し気にはなったので観察していたら、いつも霧島と行動している男子生徒が数人、霧島に近付き声をかけた。どうやら彼らも霧島を気にしているようだ。霧島は手をヒラリと動かして答えた。
「あー、なんかすっげー眠くてさ。俺ちょっと寝てくわ」
「なーんだ、そういう事かよ。お前が珍しく静かだから、恋煩いでもしてんのかと思ったじゃんか。ひゃはは」
「じゃー俺ら先に帰るぜー。今日は部活もないし」
「おー」
霧島はまた手をヒラリと動かし、教室を出て行く彼らを見送った後、机の上に伏せた。
本当に眠いだけなのか? こいつとは十数年程の関係だが、そのような仕草を見せたことは一度も無い。以前、屋上に出る階段で見た、様子のおかしい霧島の方に近いと思った。
以前の僕なら、こいつの様子がおかしいことを気にかけることもなかっただろう。いや、そもそも、様子がおかしいことにすら気付かなかったかもしれない。
内川の言葉が、胸の
コミュニケーション、か……
「おい、どうした」
僕が声をかけると、霧島は意外なものを見るような目で僕を見上げた。やはり眠そうな気配はどこにも無い。
「ソーマが俺を心配してくれるなんてな……。長距離弾道ミサイルでも降るんじゃねぇか?」
「失敬な。……ま、自分でも驚いてもいるがな」
「ははっ、お前、変わったな……」
霧島は小さく笑うと、僕の顔から目を話して
「……あのさ、ソーマ」
「なんだ?」
霧島が躊躇いがちに口を開いた時、ドン、と僕の背中に何かが当たった。
「上凪くーん、一緒に帰ろーよー。ってか上凪くんどこ住んでるの?」
振り返ると、佐藤が笑いながら僕の背中にくっついていた。
その後ろに鈴木、黒埼、大沢も笑顔で立っていた。今日僕を取り囲んだ人間達だ。
「何故お前達と帰宅を共にしなくてはならない」
「今日せっかく上凪くんとお近づきになれたんだから、これを機にもっと仲良くなろうと思ってさー。私達はチャンスを逃さないよ!」
「……悪いが僕は」
お前達に用は無い。そう言おうとして、また内川の言葉が思い出された。まったく、面倒な課題を背負ってしまった。
「僕は……、何?」
佐藤が背中にくっついたまま聞き直した。
帰宅時間を多少割いてやるくらいなら、僕の使命にも支障はないだろう。
「いや……。何でもない。いいだろう、一緒に帰ろう」
「キャー!」
佐藤を含めた四人の人間が、一様に騒いだ。……一々
「お前、ホント変わったな……。驚いたぞ」
霧島が僕を見上げて呟く。その顔には寂寥さえ見て取れた。
「何か、話の途中じゃなかったか?」
「いや、いいんだ。……行ってこいよ」
霧島はヒラリと手を振ると再び机に腕を乗せ、その上に顔を伏せる。
「ホラ、行こう、上凪くん!」
そう言うと佐藤は僕の腕を掴んで歩き出した。
霧島の異変も気にはなるが、本人がいいと言うのだからいいのだろう。
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