夕食にて

「お前のクラスに、霧島ってやついるだろ」


 ある日の夕食の時間に、ヤドリギが突然口を開いた。この家でその名前が出たことと、普段殆ど会話の無い夕食時にヤドリギが喋ったということに僕は驚いて、しばらく止まってしまった。


「……いますが、何故それを?」

「元気か?」

「ええ、迷惑な程に」


 僕がそう言うと、ヤドリギは声を出して笑った。ヤドリギが笑ったことにさらに驚く。


「……霧島と、知り合いなんですか?」

「いや、今は俺が一方的に知っているだけさ」

「今は……?」


 ヤドリギの言葉に微かな違和感を感じたが、奴は答えなかった。やがて知り合う事になるという事か?

 ヤドリギは切り裂いた白身魚のフライを口に入れた後、下を向いたまま続けた。


「担任は、内川か? 小柄で、気の弱い」


 またしても、少し驚いた。僕の普段の学校生活など気にも留めていないように思えたが、担任の名前や特徴まで知っているとは。


「……ええ。よくご存知ですね」


 僕の答えを聞くと、ヤドリギはナイフとフォークを持ったまま一瞬動きを止めたが、何事もなかったようにすぐにまた食事を続けた。

 ふと、今の高校はヤドリギの勧めで入学した事を思い出した。僕の使命と、何か関係があるのだろうか。


「……ところで、この会話にどういう意図があるんです?」

「あ?」

「ヤドリギが意味の無い雑談をするとは思えません」

「……お前は俺の信者か何かかよ」


 ヤドリギはグラスに注いだ烏龍茶を飲み、僕の目を見据えて続けた。


「いいか、お前は俺を信用するな。俺を倒すべき敵だと思え。俺を憎み、俺を越えて行け」

「分かっています……」

「俺を越えられた暁には、全部話してやるよ。お前の使命も、俺の過去もな」


 ヤドリギの過去には大して興味はなかったが、僕の使命は知りたい。強く生き続ける為には、その理由が必要だ。現状は、それを知るために強くなることが、本末転倒な生きる理由になっている。

 僕に使命があるのだとしたら、何故それを明かさないのだろう。何故ヤドリギを越えることで、それが明かされるのだろう。


「何故今教えてくれないのですか? 隠す必要があるのですか?」


 ヤドリギはグラスを置き、腕を組んで目を閉じた。しばしの沈黙の後、


「……それを知りたければ、早く俺を越えてみせろ」


 いつもの決まり文句が返ってきた。分かっているさ。聞いた所で僕が求める回答が得られるなんて期待もしていない。僕は僕の力で、その答えを掴み取ってやる。



 その日の夜は、勉強の時間にはならなかった。


「知識面に関して、俺から教えられる事はもう無い。あとは自分で切り開いて行け」


 ヤドリギはそう言うと、家を出て何処かに行った。

 僕は自分の部屋でPCを立ち上げ、少し興味のあったハッキングプログラムの開発を始めた。

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