第8話:『バカンス』『コップ』『絶体絶命』
「もうすぐ夏休みだね。遊びに行くなら、海派? 山派?」
「つまんねーこと聞くなよ!」
きっかけはありふれた話題だったけど、話し掛けた甲斐あって、私は茉梨ちゃんと遊びの約束を立てることができました。高校最後の夏休みは楽しくなりそうです。
「おい、胡桃。何をそんなにニヤついてるんでい」
べらんめえ口調で首を傾げているこの女の子が、茉梨ちゃん。ツリ目をぎらりと光らせて八重歯を覗かせる姿は、ちょっと乱暴そうにも見える。でも、実際はただ恰好つけているだけで見栄っ張りの、小柄で舌足らずな可愛い女の子なのです。
「ニヤついてるかなあ。だってさあ……えへへ」
ちなみに胡桃というのは私のことです。平均的な身長の私は、並んで座っていると茉梨ちゃんよりもおでこひとつぶんくらい背が高い。
「なんでい、なんでい。早く言いやがれってんだ」
「だからね、茉梨ちゃんとオーシャンビューがとっても似合ってるんだもん」
「ああん?」
茉梨ちゃんは電車の窓へ振り向きます。そこには、一本の境界線に仕切られた、果てまで続く一面の空と海が広がっているのでした。
「おおう! 粋じゃねえか!」
海派の茉梨ちゃん、はしゃいじゃってます。
私はさらにニヤつきが止まりません。粋な日の始まりです。
時間はあっというまに過ぎていきました。
水着になって海で遊びました。美味しい海鮮の幸を頂きました。由緒ある神社へ参拝しました。温泉に入ってのんびりしました。
海では、なんと私の水着のトップスが波に攫われちゃって大変でした。まさに絶体絶命のピンチです! 私は慌てふためいていたけど、茉梨ちゃんはとっても冷静でした。流された水着をすぐさま取って来て、私に手渡してくれたのです。
「ったく、世話が焼けるぜ」
たまにこうして王子様みたいに恰好よくなるんだから、隅に置けません。
夕闇を撫でる潮騒に耳を傾けながら、私たちは喉を潤して一息つきます。もうすぐお家に帰る前の、ささやかなひととき。
「くぅ~、この一杯が堪らないねえ!」
飲み干して空になったコップを、茉梨ちゃんが満足そうに掲げます。みかんジュースがよほど美味しいみたいです。
「……また茉梨ちゃんと遊びに来れたらいいな」
私のひそかな呟きを、茉梨ちゃんは聞き逃しませんでした。
「するってぇと、なにかい? 胡桃はあたしとまた遊びたいってことかい?」
「そう言ってるよ」
「ふん、安心しな。いつでも構ってやるってんだ」
「卒業しても?」
質問することが怖かった。
来年には高校を卒業して、私たちは別々の道を歩むことになる。この関係性は否応なく変わってしまう。
茉梨ちゃんは少し殊勝な顔つきになって、
「つまんねーこと聞くなよ。卒業しても遊べるか、だあ?」
それから、私の心配をかき消してくれるような、満面の笑みを浮かべました。
「あたぼうよ! このすっとこどっこい!」
嬉しい。やっぱり私、茉梨ちゃんが大好き。
「ありがとう!」
一日だけの夏のバカンスを、これから何度でも。
きっと難しいことじゃないんだ。
-------------------------------------------------------------
感想・振り返り
書いてるぶんには結構楽しいけど、読む人にはどうなんだろう。ひねりがないわりに長すぎるかもしれない。
後半をヤンデレ展開に変えたら盛り上がるのだろうか。
じょしらくのマリーさんとかはいふりのマロンちゃんとか、江戸っ子口調の女の子は意外と良いものだと思う。
学生を主役に据えた時点で、バカンスっぽくならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます