第3話:『チーター』『ポケットティッシュ』『お湯を入れて三分』
ナイーブな性格の私は、街でポケットティッシュ配りの仕事に追われている人を見ると、とても心が痛む。道行く人の多くは、差し出されたティッシュを無視して通り過ぎていく。無視やシカトというのはいじめにおける常套手段の一つであり、そんな恐ろしい精神的暴力に常日頃から晒され続けるティッシュ配りの人たちに、私は同情を禁じ得ない。
今日もまた、そんな辛い職務を全うしている人を見かけた。夕飯の総菜を買う道すがらのことだ。
「おひとつ、どうですかっ」
二十代前半くらいの女の子。眩しい笑顔を浮かべて、声かけと共に品物を通行人に差し出している。けれど、やはり受け取る人はごくわずか。ナイーブな性格の私は、もちろん受け取った。
「どうも」
会釈を返す。
「ありがとうございます!」
女の子は元気いっぱいに感謝の言葉をくれた。とても爽やかで、私の心まで温かくなる。
貰った品物はと言うと、ポケットティッシュではなかった。たまにある、メーカーの試供品の類だ。食品とか、飲料水とか、美容アイテムとか。しかし、私の手にあったものはそのどれでもないようだった。手のひら大の白いカプセルで、文字が印字されてある。
『お湯を入れて三分。あなたのもとに手乗りアニマル』
なんのことやら。
家に帰って、実際にやってみた。
細かな注意書きに従って、準備を進める。お湯の温度は七十七度。温めたお湯をマグカップに注いで、カプセルを浮かべる。どきどきしながら待つこと三分。すると、
「ぎゃおー!」
アニメチックなデザインの小さなチーターがカプセルの中から飛び出してきた。注意書きによれば、素材はプラスチックらしい。だけど、しきりに鼻をひくつかせたり、周りをきょろきょろ見回している様子は、なんだか本当に生きているみたいだ。
「おいで」
私はゆっくりと手を差し伸べる。
ミニチーターは唸り声を上げつつ身体を低くして、警戒の構えをとる。私が根気よく粘っていると、やがてミニチーターは私の指先に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ始めた。それから、今度は舐めたり甘噛みするようになった。どうやら安心してくれたみたいだ。
私が誘うように手を揺らすと、さっと飛び乗ってきた。ほのかな温度がじんわりと手に広がる。ミニチーターは手のひら中に身体をすりすりこすりつけて、人懐っこいたらない。
「あなたには、ヒビキと名付けよう」
お腹を撫でてやる。ヒビキは、満足そうに喉を鳴らした。
これが、私とヒビキの出会いだ。
十年経った今もヒビキは元気に駆け回っている。
あのときの女の子を再び見かけることはなかった。もし会えたら、私は感謝を言いたい。
素敵な出会いはどこに転がっているかわからない。
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感想・振り返り
今回は起承転結をつけられた。
自分には結を考えずに話を書き始める癖がある。こういう掌編くらいならなんとかなっているが、長編になるとお察し。
自分には設定・世界観を詰めずに話を書き始める癖がある。こういう掌編くらいならなんとかなっているが、長編になるとお察し。
ミニチーターの名前は、「チーター、速い、速いキャラ、ソニック、音、響き、ヒビキ」という連想。
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