[3-23] 降りるときは足音を立てよう
真白い光が舞い散って、飛び交うホタルのように夜闇を染めている。
ルネは、舌の根が痺れていくような感覚を覚えていた。
聖気に依らず邪気を抑制する、清めの力だ。
煌々と照る月の光がルネたちを照らした。
突然の攻撃で天幕は吹き飛ばされ、しかしそれだけだった。
そこに居た者たちは皆、泡のような魔力の障壁に包まれて無傷だった。
朧な輪郭の、白い光の塊のような人影が森の側に立っていた。
その姿は人族の側にある者からすれば『神々しい』と形容できるものだろう。
エルフらしき外見をしたそれは、肉体との境目も曖昧な光の弓矢を携えていた。
彼らの放った矢が……正確には、矢を象った魔力の塊が、天幕を吹き飛ばしたのだ。
「……6体」
「兵を動かしますか、姫様」
「いいえ、むしろ巻き込まれないように」
ルネは地に突き刺していた赤刃を抜き放ち、老エルフの幻像と蔓草人形の脇をすり抜けて、胡乱な姿の襲撃者目がけて駆けた。
光の人影はディテールも曖昧で表情すらよく分からなかったが、ルネを睨んでいるような気がした。弓に矢をつがえ、彼ら(彼女ら?)は再びルネを狙う。
6体の人影から、一斉に光の矢が放たれた。
「≪
今度はルネ一人を魔力の泡が包み込む。
魔力を垂れ流して対魔法の障壁を作る魔法、≪
術師なら誰でも使えるような単純で簡単で燃費劣悪な魔法だが、無尽蔵の魔力を持つルネがこの魔法を行使すれば不破の盾となる。
光の人影たちは、向かってくるルネを迎撃した。
流星のような尾を引いて光の矢が飛翔し、そして炸裂する。アンデッドには毒となる、秩序の光が。
だがルネは無傷。その動きが鈍ることもなく、光の矢は爆発によってただルネの周りの地面を掘り起こしただけだ。
次の瞬間にはもう、ルネは光の人影に迫っていた。
袈裟に斬り、突き貫き、首を刎ね。
踵を返しつつ薙ぎ払い、擦れ違いざまに胴を薙ぎ、脳天から真っ二つにした。
手応えは無かった。
しかし、赤刃に斬られた人影は、地面に叩き付けられた水滴のように微塵に散る。
突然現れた襲撃者は、もはや影も形も存在せず、夜は再び静けさを取り戻した。
「素敵。説明の手間が省けましたわ」
蔓草人形は唖然としていた。
ジバルマグザは何が起こったか見えていないせいで首をかしげている様子だ。彼は幻像通話符(ヴィジョナー)を通じて声と姿を届けているのでこの場に居るかのように見えるが、実際はこちら側の幻像通話符(ヴィジョナー)に手を触れている者しか見えていない。
吹き飛ばされた天幕の代わりを、スケルトンたちが手際よく設営していく。
その下に居る蔓草の人形に、ルネは語りかけた。
「今の光景……幻像通話符(ヴィジョナー)には映らなかったでしょうけれど、そちらの人形を通してご覧になっておりましたね?
先頃より我が領土に、夜ごと現れては攻撃を仕掛けてくる不審なる者があるのです。
エルフの皆様と何か関係があるように見受けられますが、いかがでしょう? わたしは誠意あるご説明を求めたく存じます」
少し、間があった。
蔓草人形が完全に停止し、その間にジバルマグザの幻像が驚いたり顔をしかめたりしていた。
隣に居る術師から状況の説明を受けていたようだ。
やがてジバルマグザは振り絞るような苦々しい声で言う。
『私も……何が何やら……
と、とにかく状況を調査し、長老会議よりのお返事を差し上げましょう』
「どうかお早く。場合によっては、大森林のエルフの皆様は我が国に害意あるものとみなさざるを得ませんので」
ルネは澄ました顔で、なるべく取り付く島も無い調子で言い放った。
* * *
森から更に離れた場所、平地のド真ん中に『下り階段』があった。
四角い穴が開いて地中に向かって階段が延びているという奇妙な建造物だ。
これはエヴェリスが魔法で地中に作り出した即席の拠点に、ルネの趣味で造形的アレンジを加えたものだ。雨が降ったらアウトだが、どうせすぐに放棄する場所なので問題無い。
ただ四角い部屋が複数繋がっただけの即席地下秘密基地は、その大半が倉庫にされていた。
青軍から奪い取った兵器や持ち去った死体を、頭脳労働担当のアンデッドたちがリスト化作業中だ。
「いやー、うまくいって良かった良かった」
折りたたみテーブル一つの簡素な会議室の中で、エヴェリスは正体不明のワインらしき酒を飲んでいた。
向かい合うルネは先程の会談でも使用した折りたたみスケルトン玉座に座っている。
「丁度良いタイミングだったわ」
「でしょでしょ。まあ問題はどの程度の数が出てくるか分かんなかったことだけど。
別に森の近くだからって変わったりはしなかったみたいね」
上手いこと狙いが嵌まり、参謀殿は上機嫌だった。
先程の会談に横槍を入れた光の人影。実は、あれは半分は仕込みのようなものだった。
ここ数日の調査でルネたちは
出現条件その1は、夜であること。
そして条件その2は、地脈が邪気を感知することだ。本来なら地脈そのものに何かを感知する機能など無いはずなのだが、そうとしか表現できない。
だがそれが分かっても、結局あれは何なのか、そしてエルフたちと関係があるのか、それは全く分からなかった。
そこで策を講じることになった。
同盟を打診するあの場で鎌を掛けて、さらにタイミングを見計らって悪霊を2,3体地脈にダイビングさせることで、わざと襲撃を誘発した。
そうして『感情察知』の力で反応を見るついでに、エルフたちが何らかのアクションを起こさざるを得ない状況に追い込んだのだ。
「反応はいかが?」
「全く知らないってわけじゃないみたい」
「やっぱし……」
「ただ、驚いてたのは本当だったわ。心当たりはあるけど想定外、みたいな所かしら?
『我が国への攻撃』とわたしが口にした時は本気で戸惑っていたし」
「すると、あれはエルフ共の意図とは無関係……なのでしょうか?」
再修行の最中とはいえ、建前上では軍事を預かる身であるアラスターも会議に参加している。
思慮深い猛禽のような顔で彼は思案していた。
「これまでの地脈調査の結果を見る限り、あの『光の人影』が出現するのは自動的であるように思われますが」
「私は対魔物の自動防衛機構みたいなもんかと思ってたんだけどねー。
だったら姫様相手に出て来たことを驚いてるってのが解せない」
「……まあ、それはエルフたちの反応を見てからね」
未解決の謎があるというのは気がかりだが、だからといってそのために手を止めてはいられない。
青軍に対抗するには、ゲーゼンフォール大森林の地脈を抑えるのはほぼ必須だ。この森は前線基地として優秀すぎる。青軍に渡さないためにも確保しなければならない。
その上でエルフの兵力をなるべく無事なまま手に入れたい。とにかく時間が無い。
「次の段階に移るわ。
いくら帝国の圧力があると言っても、こんな誘いに二つ返事で応じてはくれないはず」
テーブルの上に拡げられた周辺の地図の上に、ルネはナイフの形に押し固めた赤刃を突き立てる。
ゲーゼンフォール大森林とク・ルカル山脈の間に囲われた領域に。
ゲーゼンフォール大森林周囲の人間国家のうち、森の北西にあるドトーラス連合と北東にあるカデニス公国は、北から攻めてきたケーニス帝国青軍によって既に降伏を宣言している。
だが地理的な関係で未だに直接攻撃を受けていない南側のルガルット王国は、エルフたちとの軍事同盟だけが存在したまま、降伏とも交戦とも言い難い宙吊り状態だった。
地脈を管理するエルフたちは、北側二国への魔力供給を徹底して抑える傍ら、ルガルット王国には常に無い潤沢な供給を行い、その代価として森の中で賄いきれない軍需物資などを買い付けている。
ゲーゼンフォール大森林を内から崩す鍵は、この国だ。
「いかに大衆を操るかってことをいつも考えているのは、姫様の美点のひとつだと思うよ」
「あら、戦わなくて済むならそれが一番じゃない」
企み顔で持ち上げるエヴェリスに、ルネは同じように微笑み返した。
「面倒な相手は自滅させて、美味しいところだけ頂いてくのが最高よ」
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