[2-62] 光あるところに影あり

「……グルルルルルルルゥ……」


 全身を削られるも、今だジスランは健在。

 叫喚するように風が鳴き、渦を巻いてジスランに吸い込まれていく。

 ふたつの頭が大きく息を吸い込んでいるのだ。


「「……ァアアアァァアア!!」」


 目も眩むばかりの膨大な聖気を孕んだブレスが吐き出された。

 ふたつの頭が吐き出したブレスは遺伝子の二重螺旋を描くように混ざり合い、神の剣となって城壁上のルネ目がけ迫り来る。


 それを真っ向からぶち破ってやるほどルネはお人好しではない。


「≪転移テレポート≫」


 リッチの姿をした今ならば無詠唱でも充分。

 ルネは城を挟んで反対側の城壁の上に一瞬で転移していた。


「ア、ガァッ!?」


 気配を感知したらしいジスランは、彗星の尾のようにブレスの残滓をたなびかせながらもたもたと振り向こうとする。


「≪禍血閃光プレイグレイ≫」


 真紅の魔杖の先から赤黒き死の閃光が迸った。

 ジスランのブレスに勝るとも劣らない出力で放たれた邪気のビームを、ジスランは背中からのレーザーで迎撃しようとする。

 吹き出した聖気の光は相殺され、吹き散らされ、果たしてどれほどの意味があったのかも定かでなく、邪気の閃光がジスランの背中に押し当てられた。


「……流石に頑丈ね」

「ギイイイイイ!!」


 背中を焼かれながらも無理やりに身をよじったジスランは、悲鳴のような咆哮と共に再びブレスを放つ。


 聖気と邪気の光が正面からぶつかり合った。

 押し合うふたつのエネルギーが相殺し合い、押し合いへし合い鍔迫り合い、やがてそれは爆発し暴風を巻き起こす。

 骨の身体が吹き飛ばされてしまいそうな風に、ルネは城壁の歩廊に伏せるようにして耐えた。


 ――姫様! 城外にて戦闘中だったイルミネイターが兵を振り切って……


 がらんどうの頭蓋骨の中に声が響く。≪念話テレパシー≫の魔法だ。

 聖気を纏う巨大な気配が接近する。


「ガアアアアア!!」


 風をへし折るように力強く羽ばたき、城壁下からぬうっと現れる黄金飾りの白竜。

 伏せるルネの背後に現れたイルミネイターはたくましい両手を握り合わせ、ルネを叩き潰すべく振り下ろす。


「≪転移テレポート≫!」


 タイミングを見計らい、攻撃を受ける寸前でルネはジスランとイルミネイター両者を睨む、城のバルコニーに転移する。

 竜の剛拳は堅牢なはずの城壁をかち割り、ひしゃげさせていた。


 そのまま城壁に手を掛けてイルミネイターは乗り越える。

 そして、ルネへ攻撃を続けるのではなく、ボディプレスでも仕掛けるようにジスランの方へ飛んでいった。


 ――こいつも融合する気? だったら……


「≪収納袋アイテムポーチ≫!」


 虚空から現れた一振りのナイフがルネの手(骨)の中に落ちてきた。

 収納系の魔法はその規模に応じて、使用中の魔法出力全般が制限される。ルネは戦いに支障が出ないよう、最下位の収納魔法である≪収納袋アイテムポーチ≫に最低限必要なものだけを詰め込んできた。

 即ち、白兵戦でのサブウェポンとなる魔剣テイラアユル。そして対聖獣の特効武器『堕天の楔』を数本。


 イルミネイターはジスランに飛びかかる。

 ドッキングまで一秒もない。半秒もない。一瞬。刹那。


「≪物体転移トランスポート≫!」


 そこでルネは手の中の『堕天の楔』を転移させた。

 今まさに融合しようとしているジスランとイルミネイター、その間の僅かな隙間へと。


 聖獣たちの間に稲妻が迸り、二体の間を遮るように魔方陣が展開された。


「グヒュッ…………」


 押し潰されたような叫びを残してイルミネイターが爆散した。

 空中で肉塊と化したドラゴンは血飛沫を撒き散らしながら、デタラメに組み合わせた骨ともつれ合う筋繊維の集合体としてびちゃびちゃ降り注ぐ。


 ――あら……? ジスランを狙ったはずだったのに。

   さてはイルミネイターも、今まで使わなかっただけでダメージ肩代わり能力持ってたの?


 成功と言えば成功だが、元はジスランを仕留めるつもりの攻撃だった。

 つまりイルミネイターの存在自体が重要であるから、致命的な攻撃しか庇わなかったということだろうか。


 イルミネイターの肉体であったものをジスランは見下ろす。

 まさか食う気か、とも思われたが違うようで。黄金仮面の奥の目は残骸に突き立った小さなナイフを見下ろしている。


 ――『堕天の楔』を……見てる?


「ヴゥオオオオオオ!!」


 怒り狂ったように咆哮し、ジスランは翼を広げた。

 その飛翔は本物のドラゴンと同じ、生体魔力の作用による『魔法もどき』。超常の浮力を得て巨体が舞い上がる。

 同時にジスランの全身から発せられる聖気の気配が膨れあがった。

 鱗が逆立ち、光り、二つの首がブレスを蓄える。


 全ての武器を使った最後の突撃だ。

 もはや打つ手無しと考え、賭けに出たか。


「≪収納袋アイテムポーチ≫!」


 ルネが魔法を行使すると、虚空から数本の『堕天の楔』がバラバラと落ちてきた。

 それらは床に落ちるよりも早く、力場に絡め取られて宙に浮く。


「≪念動テレキネシス≫! ……これで終わりよ!」


 『堕天の楔』が放たれた。

 低級霊を使う≪騒霊ポルターガイスト≫では聖気の塊に突っ込ませにくいので、理力系の魔法である≪念動テレキネシス≫を使っている。

 これだと自律制御で複雑な軌跡を描かせることはできないが、わずかにカーブを付けてジスランを包囲するような軌道を描き矢のように飛ぶ。


 全身から聖気のレーザーを撒き散らしながら飛んでくるジスラン。

 二、三本ほど『堕天の楔』が打ち払われたが、それだけだ。届くことのない最後の突撃。


 ……で、あるかに思われた。


 ジスランの身体が奇妙に脈動した。

 だぶついた腹が削げ落ち、ドラゴンの尻尾がトカゲのように抜け落ち。

 飛びながら粘土を千切るようにボロボロと、ジスランの尻尾や背中や腹から白い肉の塊が剥がれ、泥だまりの地面の上に落ちる。


 ――肉が取れた?


 パーツを切り離しながら打ち上がるロケットのように、肉体を切り離しながらジスランは向かってくる。

 まさか身体を軽くしてスピードアップを図っているのだろうかとルネは訝しんだが、大して速度が上がっているようには見えない。

 突撃がルネに届くことはなく、『堕天の楔』が次々とジスランの身体に突き刺さった。

 いくつもの魔方陣が展開され、朧な光がジスランの巨躯を照らし出す。


 そして、ジスランではなく彼の切り離した肉片が、地上で次々と破裂した。


「えぇっ!?」

「アアアアアアアア!!」


 ジスランのブレスが自らの手を燃やす。

 ドラゴンの手が聖気の炎を纏い、身動きできずにいるルネを叩き潰した。


 *


 ほぼ同時刻。

 テイラカイネの住宅街、質素な一軒家で囚われていた少女が悲鳴を上げた。


「きゃああああああ!」


 ブラッドサッカーたちに包囲され、震えながらじっとしていることしかできなかった少女が悶え苦しみながら倒れ込む。

 邪なる者に身体を奪われるというのは、それだけでも魂の根幹を揺すぶられるような苦痛だ。さらに彼女は心に流れ込んでくる怨み、怒り、悲しみを……人の身では抱えきれぬほどの負の感情を浴びせられ、気も狂わんばかりだった。


 そんな狂態をブラッドサッカーたちは感情の無い目で見ていた。

 ただ、敵対的に監視する調子だったのが、尊き者に傅くかのように整列し姿勢を正す。


「……ふぅっ! やられちゃったわ」


 少女が再び起き上がった時、その意識はもはや別人のものとなっていた。


 ルネはジスランに叩き潰された。

 確かに身体は破壊された。

 しかし、その魂は無事だった。魂のみで逃げ出して、こうして予備の身体に滑り込んだのだ。


 ちなみに両親をブラッドサッカーにされ、その両親を含むアンデッドの軍勢に監視され、今し方身体を奪われたこの少女はメーリという名だった。

 ルネがその名前を使うことは無いだろうけれど。


 メーリルネは二、三度呼吸をして、その間に自らの本体たましいの具合を確かめる。

 身体の奥で稲妻が弾け続けているような鈍痛を感じたけれど、それだけと言えばそれだけだ。


 ――聖気の塊に殴られたわけだから、本体も無傷とはいかないわね。

   でもま、この程度のダメージなら気にしなくて大丈夫かな。


 完膚なきまでに身体を破壊されようと、魂のみで逃げて仕切り直せる。

 これが"怨獄の薔薇姫"の強さだった。魂を捕獲できるような仕掛けを整えた上で倒さなければ一時的な撃退にしかならない。


 あれだけ大騒ぎして、奥の手らしき曲芸まで使って。

 それでジスランはようやく『残機』をひとつ減らせただけだ。

 メーリルネにとって、味方の被害を考えれば戦いが長引くのは望ましくなかったのだが、"零下の晶鎗"は既に敗走。さらにジスランが聖獣を撤退させて自分の所に集めてしまったために懸念も消えた。


 部隊指揮官のグールナイトが進み出て、自らの持っていた通話符コーラーメーリルネに差し出す。


『姫様、ソちらに?』


 既に起動されていた通話符コーラーからはアラスターの声が聞こえた。


「居るわよ。

 ……あいつ、肉を切り離して聖獣を産みだしたわ。それにダメージを肩代わりさせて、その間にわたしを攻撃した。あんな隠し芸まで持ってるなんて……」

『なんト。ゴ無事で何よリでス』


 まんまとしてやられた、というのは少し悔しかった。

 ジスランは他の聖獣と融合するだけでなく、自らの肉体を切り離して簡易的な聖獣を作り出す機能を備えていたのだ。

 肉がある限り無限に分裂できるのか、なんらかの制限があるのかは分からないが……まあ、そんなものは殺して死体を持ち帰ってからエヴェリスに分析させればいい話だ。


『戦闘続行ですカ?』

「問題無いわ。

 まさかジスランが聖獣になってるとか、当初の予定からは外れたけど……とにかく、あと一押しよ。身体も乗り換えたし、このままトドメを刺しに行く」

『了解いタシ……むっ?』


 その時だ。通話符コーラーの向こうから何事か話し込む声が漏れ聞こえてきた。

 ほぼ同時にルネは、街の空気が変わったかのような気配の変化を捉えていた。


『姫様、城門前よリノ報告デす。城内カら聖獣の気配が消失シたト』

「分かってるわ」


 離れてもなお感じることができた、聖獣ジスランの巨大な聖気。それがぷっつりと消失したのだ。


『アレら人族を用イた受肉聖獣は、人に擬態すルコとで気配を隠匿デきル様子ですガ……』

「わたしを倒したと思って戦闘態勢を解いたのかしら?

 様子を探らせなさい。わたしもすぐに向かうわ」


 ずぶり、と首が断ち切られ。

 しぶいた血が胸元を濡らす。

 かよわい少女でしかなかったメーリルネの身体に力が満ちた。

 肩までだった群青の髪がざわりと波打ち、腰までの銀髪に変ずる。

 右手には己の血から生み出した呪いの赤刃を。左手には断ち切られた頭部を。


 ルネが歩みを進めれば、整列していたブラッドサッカーたちがさっと避けて道を開ける。

 そして彼らはルネの後について行進し始めた。

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