[2-54] 中年の主張

 ルネが持つ通話符コーラーに通信が入ったのは、ブラッドサッカーを率いて街壁にバックアタックを仕掛け、戦いとも言えない一方的な虐殺を行っている最中だった。


『姫様、ゴ報告が二点』

「何かしら?」

『まズは敵に関しテの情報デす。……敵ノ傷を聖獣が引き受ケマした。攻撃シてモ、斬り付ケタ相手デなく近くノ聖獣が傷を負イマす』


 血飛沫と悲鳴が飛び交う中、電話口(?)のアラスターが報告するのを聞いて、ルネは大混乱の壁上から街の外での戦いを見る。


 アンデッドの軍勢が包囲する中で、手足の指で数えられるほどの数の冒険者が奮戦していた。神聖魔法による聖気の光が時折ちらつく。

 完全包囲状態だというのに持ちこたえているのは、国最強のパーティー"零下の晶鎗"の面目躍如と言ったところか。だがそれにしても粘っている。

 もし上手いことクリーンヒットを決めたとして、その時に聖獣がダメージを引き受けて代わりに死んでくれるのだとしたら、なるほど確かに脅威度は段違いだ。


 ――モルガナじゃなくて聖獣の力だったわけね。


 まあ"零下の晶鎗"の方は問題無いだろう。ウダノスケには『堕天の楔』も持たせてある。気をつけるべきは、これから本丸へ切り込むルネの方だ。


「注意しておくわ。それで、もう一つの報告は?」

『ブラッドサッカーの先発隊ガ城壁に到着、守備隊ト交戦開始シました。苦戦シテおりマす』

「街門開けたら、その辺でスカウトした守備隊を連れてそっちへ向かうわ。それまでに捨て駒を使って戦力分析しときなさい」

『はっ。なお敵の主戦力は、コレまデに戦っタ聖獣より更ニ大型のドラゴン型聖獣二体デある模様』

「それは……ああ、ここからでも見えるわね」


 今度は街の内側、城の方にルネは目をやった。

 城壁に設置された明かりに照らされ、白と金に輝く巨影が蠢いている。がっしりした後脚で二足歩行する、戯画化されたような姿のドラゴンだ。体高は5メートルくらいだろうか。ルネも実物は見た事ないが、本物のドラゴンに比べたら小さいはず。


『聖気のブレスと格闘攻撃で暴れテオりマス。ブラッドサッカーでは捨て駒ニもナリマせん』


 ブラッドサッカーは雑兵だ。維持コストが無いことと自己増殖能力によって街を食い尽くすには便利だが、戦闘要員としては少々非力である。

 落ちてる物やその辺の民家から奪ってきた物で武装させてみても百姓一揆より頼りない。聖気のドラゴンになど敵うはずもなかった。


 ――ここまで出し惜しんでたんだから、そのドラゴン型聖獣が切り札ってところかしら。


「なるべく数を減らさないよう、足止めメインでやらせときなさい」

『はイ。

 ……また、第二騎士団残党は既に戦線離脱シ撤退ヲ開始。後は、城壁の上デ侵攻を食い止メルべく戦っテイるのが……』


 * * *


 テイラカイネの街の中心、領主居城の周囲は既に戦場と化していた。

 当初は竜型聖獣(ルネはとりあえず前例に倣って『イルミネイター』というコードネームを付けた)が押し寄せるブラッドサッカーを薙ぎ払い、処理しきれず城壁に取り付いてきた者は壁上から射撃で排除するという態勢でほぼ完璧に防衛されていた。


 だが援軍の到着によって情勢は変わりつつある。先程まで街壁に詰めて防衛に当たっていたゾンビやスケルトンたちがイルミネイターに襲いかかった。

 一撃食らえばほぼ終わりなのは変わらないが、生前から戦っていた者はやはり動きが違う。装備もちゃんとしている。

 当たり所の良かった矢がイルミネイターの翼に穴を開け、繰り返し振り下ろされる剣が徐々に鱗を切り裂いていく。

 その傍らで、梯子や力づくの登攀で城壁上の歩廊に姿を現すアンデッドが増え、戦闘は徐々に激化していた。イルミネイターへの援護も減っていく。


「……オズワルド・ミカル・キーリー」


 ルネが静かにその名を呼ぶと、比較的軽装のその騎士はルネの方に向き直る。鎧の上に着たサーコートには間違いなくキーリー伯爵家の家紋。腰にはハンディサイズの竪琴みたいなものを吊り下げている。

 オズワルドは今し方突き倒したブラッドサッカーから剣を抜き、その剣をルネには向けず切っ先を下げた。


 戦いの混乱の中、ルネは魔法で姿を消し気配を絶って城壁上によじ登っていた。

 このままイルミネイターと戦う手もあったが、それより城壁に陣取った防衛戦力の要を先に排除した方がいいと判断したのだ。

 つまり、皇太子候補ジスランに会いに来たとかでちょうど街に居て、戦いにしっかり参加させられているオズワルドを。


殿。この私をご存知で?」


 オズワルドはルネに言葉を返した。

 突然現れたルネにさして驚きもせず、落ち着いた精神状態で。

 上空ではヒポグリフゾンビライダーとウォッチャーがドッグファイトを繰り広げており、小雪がちらつくかのように時折羽毛が舞っていた。


「オオオオオオオ!」


 眼下のイルミネイターが咆哮する。

 纏わり付くブラッドサッカーを振り払うように羽ばたき舞い上がると、壁上に顔を出すなり聖気のブレスを放った。目もくらむような青白く清浄な光が怒濤の如く壁上を薙ぐ。


 吐き気を催すような聖気の嵐を、ルネは身軽く飛び離れて躱していた。

 イルミネイターが一旦息継ぎしさらに次のブレスを吐こうとした時。それをオズワルドが止めた。


「下の防衛に向かえ、聖獣。私は話がしたい」


 聖獣は文句一つ言わずオズワルドに従った。城壁の上に出た頭が引っ込んで、イルミネイターはまた周囲のアンデッドを薙ぎ払い始めた。


「お気遣い感謝するわ、伯爵」

「……殿下。この私に何用でございましょうか」

「聞いてもいいかしら。僭主ヒルベルトに与しなかったあなたが何故ここに居て、わたしの軍勢と戦っているのか」


 そこまで責める気はなかったのだが、口に出してみるとやはりその言葉は詰問調だった。


 ルネがオズワルドを問答無用で殺さなかったのは彼の行動に疑問を抱いたためだ。

 ヒルベルトに与せず、ジスランやエドフェルト侯爵とも特に縁があるわけではないはず。そんなオズワルドが何故今、ここに居るのか。

 見落としている政治的な動きがあるかも知れないと思ったし、腹立たしくもあったし、単に興味深くも思った。


 そして、もしかしたら説得や交渉で撤退させられるかも知れない、とも思っていたから声を掛けたのだった。諸侯の派閥間パワーバランスが変わればルネにとっても利益があるから、オズワルドの立ち位置次第では生かしておく意味がある。

 ……一応、他にもオズワルドを殺しがたく思う理由はあるのだが、まあそれは比較的些細なことだ。ルネは敢えて深く考えないことにしていた。


 ルネの質問はやはり痛いところを突いていたようで、オズワルドの感情には心苦しさが見えた。

 オズワルドは周囲の様子を見て、自分に襲いかかってくるアンデッドが居ないことを確認すると剣を収め、鎧の面覆いを指先で持ち上げる敬礼の姿勢を取った。

 灰色の目が理知の輝きを宿して、炯々と光る。


「殿下、私は……」

『何をしているか、キーリー伯爵!』


 オズワルドが何かを言いかけた時、どこからともなく魔法で拡声された声が降って来た。

 聞いた事のない声だが状況で分かる。エドフェルト侯爵ことマークスのものだ。


『相手は悪逆無道のアンデッドだぞ! 彼奴が王都を初め数々の都市を攻め陥としどれほどの民を殺したと思っている!

 話すことなど何ひとつありはしない! 聖獣をけしかけ、戦闘を続行せよ!』

「侯爵! 聞かず、話さず、ただ力によってねじ伏せるなど騎士にあるまじき蛮行にございましょう! まして殿下はエルバート王のご息女にあらせられる。クーデターの熱狂の中、不当に命を奪われた殿下に対し、諸侯のひとりとして目と耳と口を塞いで相対するなど不誠実にも程がありましょうぞ!」

『血迷ったか! ……もういい! 聖獣ども、奴を+*&?+$+.&=#@.*$@%』


 マークスが聖獣へ命令を下そうとした刹那、オズワルドは腰に提げていた竪琴を素早く取り上げるとそれを掻き鳴らす。

 心に爪を立てるような寂寥感あるメロディと共に、まるでノイズでも掛かったようにマークスの声がデタラメな音声となった。


「失敬、侯爵」


 ――竪琴で音声を乱して命令を止めた……?


 竪琴が凄いのかオズワルドの力なのかは分からないが、これはマークスとオズワルドの一瞬の駆け引きだった。

 イルミネイターを含めた聖獣がルネに殺到すれば他は手薄になり、オズワルドが悠長にお喋りをしていれば敗北は時間の問題となる。交渉の余地無く一気に勝負を掛けるしかなくなるのだ。マークスはその展開を望み、オズワルドは拒否した。


 勝手に鳴り続ける竪琴を腰に戻し、改めてオズワルドは敬礼をする。


「殿下。私は国の形を守ろうとしているのです。

 力なき人々が生きていくためには国が必要です。政が必要です。王が必要です。これはただ、民を守るための行いであるとご理解くださいませぬか!」


 オズワルドの言葉には澱みも迷いも無く、その心は雪雲を割って差し込む陽光のように瑕疵無く輝くものだった。

 青臭く正義を語る若人のようにオズワルドは主張する。

 そこに弁解の意図はなかった。それどころかオズワルドは期待すら抱いていた。ルネが己の言い分に理解を示してはくれないか、と。


 オズワルドは敬礼を保つことも忘れ、胸に手を当て、戦いの音に負けないよう大声で叫ぶ。昂ぶる心のままに。


「お怒りをお鎮めください、殿下!

 殿下が戦いを続ければ苦しみ倒れていくのは無辜の民にございます! 彼らにいかなる罪がございましょうや。どうか、お慈悲を!

 親や子と引き裂かれる悲しみ、命を奪われる苦しみを……! これ以上、人々に与えてはなりませぬ!」


 よもやとは、思っていたけれど。


 ――そう、そうよ。オズワルド・ミカル・キーリーは、こういう人じゃない……


 ルネはかつて、キーリー伯爵領をホームグラウンドにしていた冒険者イリスに取り憑いて、彼女の記憶を垣間見ていた。

 イリスが幾度かオズワルドに関わった時の記憶。

 オズワルドと関わりが深かったベネディクトの話。

 そして街の人々の噂。

 オズワルドの心根の在り方についてルネは知っていた。


 オズワルドの心に嘘や誤魔化しの色は見えない。

 ただ彼は民を案じていた。己の民を己の財産として案じているわけではなく、ただ国家に秩序を、天下に正義をと願い、この国に住まう万民を案じているのだ。

 それはオズワルドの信ずる王道であり、騎士道の在り方。王家より所領を賜り領主として生きる者の義務だ。


 さらにオズワルドはあくまでも説得によってルネの考えを変えようとしている。

 戦ってルネを排除するのは、可能か否か、という以前に気が進まない様子だ。

 そしてオズワルドは……『話せば分かる』と思っている。

 オズワルドはルネをただの『駆除対象』だなんて思っていない。

 胸に空いた穴に、甘い毒を流し込まれているような心地だった。


 ――ああ、なんて。なんてことだろう。


「民など、皆、死ねばいい」


 泣きながら笑いたい気分でルネは呟いた。

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