[1-48] HOKOTATE

「これは……儀式魔法化した≪聖域結界サンクチュアリ≫?」


 真白き輝きに包まれた王都。

 それを見てルネは、加護チートと共に与えられた魔法知識をたぐり答えを出す。


 高位神聖魔法≪聖域結界サンクチュアリ≫。

 周囲を清め、不浄な存在や力を寄せ付けない結界を張る。

 もしあの中にアンデッドが飛び込んだとしたら一瞬で浄化されてしまうだろう。


 これほどの広範囲に展開しているからには、おそらく儀式魔法。

 大人数で協力して負担を分散させ、さらに魔法の燃料となる触媒アイテムを用意し、ついでに時間をたっぷり使えば、高度な魔法を使ったり奇跡のような威力を発揮したりできるのだ。これを儀式魔法と呼ぶ。


「……アラスター、これは?」

「申し訳ありません。実現可能性が低いと考え排除していたシナリオです」


 この場合どういう流れで作戦に入って行くか聞いたわけなのだが、アラスターの返答はひたすら申し訳なさそうなものだった。


「怒らないから、排除した理由を述べなさい。今後の参考になるかも知れないわ」

「はっ。

 まずは騎士団がこうした大規模防御魔法を行使することを思い立ち、神殿に要請する可能性は低いと思われたこと。

 王都の神殿において儀式魔法は重要な死者蘇生を行なう際に使われる程度で、神官の熟練度、触媒の備蓄に難点。

 以上の理由から可能性を排除しておりました」

「ふーん……一応、気に留めておきましょ。それでここから挽回する手だけれど」


 神殿が予想に反して儀式魔法を使った理由もまあ気になるところだが、それよりも今必要なのはあれをどうにかすることだ。


「要はあの結界を破ればいいのよね?」

「可能でしょうか」

「やんなきゃどうしようもないでしょ」


 と、ルネが言うのに被せるように、ズン、と空気の震える轟音が響く。


 街壁の上で射石砲が火を噴いていた。

 火薬の爆発か魔法か分からないが、とにかく何らかの推進力によって砲丸が放たれ、アンデッドの陣列目がけて……は降ってこず、陣列の遙か手前で着弾する。


「試運転?」

「おそらく。ただ人間同士の戦争において、開戦時には示し合わせてお互いに大砲を撃ち合う場合がございます。故に砲声を轟かせることは開戦の合図と見なされ、使者を出さずに一方的に大砲を撃つことは無礼の極みと言えましょう」

「なるほどなるほど。防御の儀式魔法が出た事と言い、つまり喧嘩上等宣言というわけね」

「そう考えて差し支えないかと」


 見れば城壁の上では弓兵がロングボウを構えていた。山なりに矢を撃つ軌道で斜め上を狙っている。

 ロングボウの射程は大砲以上。長距離攻撃に関しては威力・射程で大半の魔法を上回る。

 普通の矢ではアンデッド相手に大したダメージにならないが、絶対に矢を聖水に浸してから撃ってくるだろう。≪聖別コンセクレイション≫を受けた武器と同じようにアンデッドへの特効ダメージとなる。


「ふん」


 ルネはいらだたしげに鼻を鳴らすと、赤き魔杖を構えた。


「……【性能偏向:射程重視ロングレンジカスタム】≪禍血閃光プレイグレイ≫」


 杖先にサッカーボールほどの大きさの赤黒い光が収束。

 それは次の瞬間、間欠泉のような膨大な出力を持って、軍勢の頭上を通り越し一直線に王都へと向かっていった。


 *


 その攻撃に最も早く気付いたのはもちろん、城壁の上で戦闘態勢に入っていた騎士たちだ。


「うわあ!?」


 迫り来る死の閃光を見て、射石砲の砲口を掃除していた砲兵が腰を抜かした。

 だが閃光は彼らのすぐ目の前で止まる。

 聖気の障壁にぶち当たって止まり、つばぜり合いのように火花を散らすだけだ。


 死なずに済んだと分かって、砲兵はふらつきつつ立ち上がる。

 すぐ目の前からアンデッド軍の後方の輿まで、見えない巨人が錆びた鉄の棒でも持っているように赤黒の閃光が延びていた。


「この距離で攻撃してくるっていうのか!?」

「恐ろしい魔力だ……」


 砲兵も、周囲の弓兵たちも、遠距離戦のエキスパートだ。

 大規模戦における遠距離攻撃の射程というのは概ね身体に叩き込んでいる。

 それを裏切る一撃だったのだ。


「確かに恐ろしい魔力だ。だが……それを神官たちが防いだ」

「ああ」


 誰かが言って、誰かが応じた。

 敵の強大さを感じながらも『人の団結がそれを打ち破ったのだ』という想いは、彼らにとって勝利への希望だった。


「この王都を不浄なるアンデッドどもに蹂躙させはしない。神々も我らの戦いを御覧くださっている。

 共に勝利を祈ろう。我々は勝つ……今こそ前王の悪夢を断ち切るのだ」


 死の色をした閃光は結界の境目で、ガラス窓にかかる水のように弾かれ続けている。

 それを見て騎士たちは短い祈りを捧げ、次なる一撃のため動き出した。


 *


「もしかして神聖魔法に幻想とか持っちゃってたりするのかなー?

 神聖魔法がアンデッドとか呪詛魔法に効果的なのは、ただ『反対属性だから』ってだけの理由なのに」


 感情察知の力が働き、城壁上から『信仰心』……大いなる存在への畏敬や助けを求め縋る感情を検知し、それと同時に『恐怖』が薄まっていくのを読み取ったルネはせせら笑った。

 おまけにこの程度で『希望』を抱かれるなど噴飯物だ。

 街壁上の騎士たちは絶対的な守りを受けていると思い込んでいるようだ。


「反対属性の魔法は相殺される……つまり純粋に魔力勝負になるってだけの話なのに。神聖魔法がアンデッドにダメージ大きいのだって、アンデッドを動かしてる魔力を断ち切れるからってだけなのに」


 神聖魔法は、邪悪な力や存在を祓う。

 ……なぜ、その逆もあり得るとは考えないのだろう。邪悪なアンデッドが邪悪な力を纏って神聖魔法から身を守るとは思わないのか。清められた聖なる土地を、邪悪な魔法で汚し返すことが不可能だとは思わないのか。

 どうして自分たちの神だけが絶対であると信じられるのか。


「あとは……あー、そうそう神聖魔法ってどっかの神様とかのご加護で威力がブーストされているのよね。

 神聖魔法は神が人族に与える最小の加護チートなのかも知れないわ」


 あるいはそれが誤解の根源なのかも知れない。

 神の力を借りて、術者本人のものより大きな力を行使する魔法なのだから、きっと邪悪な者に対して優位に立っているのだろうと。


 この世界はかつて、無の空間にただ独り存在した『中庸の者』が己を裂いて作り上げたそうだ。

 全ての物事にプラスとマイナスのバランスを取られている。だとしたら人族に加護を与える神と同じだけの力があるに決まっているのだ……逆側にも。


「生憎、加護チートならわたしも貰っているのよ。

 大神と対を為し同等の力を持つ邪神から……とっておきの加護チートをね!」


 もしルネが他の属性の攻撃魔法を使えば、聖気の結界をすり抜けて街を直接攻撃できていただろう。

 だがルネはそうしなかった。障害を排除して作戦を開始するのが目的なのだから。


「……アラスター。ちょっとその辺のリッチに、≪遠見水晶クリスタルアイ≫か何かで城壁上の騎士がか調べさせてくれない?」


 自分が作ったアンデッドに指示を出すには念じるだけでいいのだが、会話フィードバックが必要な場合は最初から言葉で指示を出した方が感覚的に楽だったりする。


 杖を構えて攻撃魔法の照射を続けながらルネが命じると、アラスターは言われた通りのことをリッチに命じて何事か聞き取る。


「攻撃が当たっている付近に配置されている人員は全員第一騎士団のようです」

「分かったわ。じゃあ狙いはこのままで……」


 ルネは表情筋の無い骸骨の顔で、それでも限界まで笑う。


「死んじゃえ」


 赤黒き死の閃光が、白く清浄な障壁を灼き溶かした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る