[1-49] お代は命で着払い

 赤黒の閃光が街壁上を薙ぎ払った。


「……嘘だろ」


 吹き抜ける閃光に髪を揺らされた弓兵がおそるおそる隣を見ると……そこには数秒前まで人であったものがたくさん転がっていた。

 赤熱して黒い炎を上げる射石砲。灰になった弓。干からびながら焼けただれたような奇妙な死体。


 清浄で輝かしい守護の結界は、あっさりと消滅していた。

 邪悪なるもの一切を遠ざけるはずの結界が、邪悪な魔術によって破られた。しかも、たった一匹のネームドモンスターに。


「そんな、そんな馬鹿な! だってあれは……! 神殿の神官や冒険者たちが力を合わせて張ったはずの……!!」


 それだけの力が。祈りの結晶が。団結が。正義が。

 たったひとつの魔法に破られた。


 ザア、ザアと虫の羽音のようなものが聞こえた。

 何事かと思えば、それは足音だった。あまりにも揃いすぎた足音だった。

 アンデッド達が陣列を進めている。走っているのに足を踏み出すタイミングまで同じという病的な揃いっぷりで軍勢が突進してくる。

 彼らが持つのは、木材を組み合わせた適当な梯子。そして巨大な丸太の先端に鉄の帽子を付け数人で担ぐ破城鎚。


 寸の間、騎士たちはそれを呆然と眺める以外に何もできなかった。


「う、撃て! 撃て、撃てえええええ!!」


 それはどこかの部隊長だったのか、はたまたヒラの騎士だったのかもはや定かでないが、誰かが叫んだことで皆がようやくぎくしゃくと動き始めた。


 轟音と共に射石砲が発射される。10匹ほどのスケルトンが吹き飛んでバラバラの骨片として巻き上げられた。しかし他の者は速度を緩めない。黒い波のような突進は続く。


 聖水に浸した矢が雨あられと射かけられる。運悪く直撃したアンデッドは浄化されて単なる屍となり二度と起き上がらない。しかし他の者は速度を緩めない。黒い波のような突進は続く。


 やがて逆に街壁上に矢が飛んでくるようになった。

 地上のスケルトンアーチャー達が山なりに弓を撃ち始めたのだ。一糸乱れぬ射撃は横一線に並んだ矢となり舞い落ちる。置き盾に身を隠し損ねた騎士が倒れた。


 街壁全体がズン、と震えた。街門に破城鎚が打ち付けられたのだ。

 溝に落とす構造の頑強な街門はわずかにへこんだだけだ。しかし、これが続けば破られる。


 街壁の上から破城鎚を持つアンデッドへ集中攻撃が始まった。矢を浴びせるが、大きな盾を持ったスケルトン達が屋根を作って破城鎚の持ち手を守る。

 石やら土を詰めた壺やら何やら、とにかく鈍器になるものが投げ落とされた。直撃したスケルトンがバラバラになった。


「おい誰だ煮え油なんて持ってきたのは! こんなもんがアンデッドに効くか!」

「いや、待て! それならぶっかけて火を付けろ!」


 油壺、ついで着火したままの魔動ライターが投げ落とされて、街門前のアンデッド数体が燃え上がった。

 全身を焼かれたゾンビが緩慢に踊るような動作で破城鎚の持ち手を外れる。だがすぐに別のゾンビが穴を埋めた。


 破城鎚の第二撃とほぼ同時、いくつもの梯子が街壁に掛けられた。外壁周囲の堀は全く用を為さず、リッチが放つ氷の魔法によって道を作られてしまっている。

 ゾンビやスケルトンが梯子をよじ登って来る。騎士たちは剣を抜き、上がってくる者を叩き落としながら梯子を倒しに掛かった。

 だがアンデッドは梯子から落ちた程度ではびくともしない。またすぐに立ち上がり梯子を掛けてくる。


「≪爆炎火球(ファイアーボール)≫!」

「≪水撃弾ウォーターショット≫!」

「≪聖光の矢ホーリーアロー≫!」


 攻撃魔法が打ち下ろされ、直撃したアンデッドを叩き潰す。しかし、あまりに数が多すぎた。


「魔術師は攻撃を控えろ! 回復と強化バフに魔力を回すんだ!」


 既に街壁上のあちこちで白兵戦が始まっていた。


 *


「お見事にございます、姫様」

「軽いものよ」


 アラスターに褒め称えられたルネは、輿の上でちょっと伸びをする。


「魔力量でわたしと勝負しようとしたのが間違いね」

「まったくでございます」


 ルネの魔法は出力もかなりのものだが、それ以上に、膨大な魔力MPを持つのが特徴だった。

 お互いに魔法を打ち合ってどちらが魔力切れを起こすか、という耐久戦になれば滅法強い。

 どんなに神聖な結界だろうが、結界がエネルギーを使い切るまで反対属性の魔力を叩き込めば破れるというただそれだけの話だった。


「さて、しばらくは兵たちにお任せね。……あ、なんか門の前が燃えてる」

「油を掛けられて火を付けられたようですな」

「火はちょっと面倒ね」


 よく言われる通りアンデッドは火に弱い。魔法でもなんでもないただの火でもそれなりにダメージを受けるのだ。

 このまま焼かれ続けたら少々面倒なのだが……


「いーこと考えちゃった。……≪飛翔フライ≫」


 *


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

「う、うわあああああ!」

「逃げろおおおおおお!」


 突如、火の付いたゾンビ数体が門の上まで飛んで来て辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図になった。

 ゾンビは適当に腕を振り回しながら、投げ落とす前の油壺へ突進していく。


「ま、まずい! 離れろ!」


 誰かが叫ぶのとどっちが早かったか。

 いくつかの油壺が連鎖的に火を噴いた。


 *


「おー、燃えてる燃えてる。

 焼きゾンビ10人前お待ちどーう。大変お熱くなっておりますので、よく冷ましてお召し上がりください……なんちて」


 離れた輿の上からでも火柱が上がるのはハッキリと見えた。

 全身火だるまになった数人の騎士が街門から転げ落ち、地上でゾンビに群がられて肉をむさぼり食われていた。


「せっかくだからもうちょい後押ししとくか。今はひとまず街の中まで入れないとダメだし。

 ≪飛翔フライ≫、≪飛翔フライ≫、≪飛翔フライ≫……っと」


 アンデッド達がルネの魔法で吊り上げられて城壁の上に運ばれていく。

 普通は≪飛翔フライ≫なんて自分自身か近くに居る者しか飛ばせないのだが、そこは魔力量の暴力でなんとでもなる。ルネは最後方の輿の上から城壁の前のアンデッドに魔法を掛けていた。


 城壁上の戦力が更に増し、一気に押し切るかに思われた。

 しかし、城壁の中から巨大な影がぬうっと姿を現したかと思うと、城壁上のアンデッド達をゴミでも払うように薙ぎ払った。


「おおー?」


 巨大な翼が力強く羽ばたく。

 白くふわふわした羽毛、鋭い目とくちばし。産毛のような茶毛に覆われた馬の下半身。

 ヒポグリフだ。それに乗っている騎手が馬上槍ランスを振り回しつつ街壁上を飛び抜けたのである。

 さらにわらわらとヒポグリフライダーが姿を現す。


「騎士団の空行騎兵がお出ましね。

 ……アラスター。わたしの空行騎兵も見せてあげて」

「かしこまりました。……スケルトンライダー、出撃せよ」


 風が舞い起こり、ルネの輿の御簾が滅茶苦茶に煽られた。

 本陣近くで待機していたヒポグリフゾンビ4騎が羽ばたき、舞い上がったのだ。

 スケルトン達を三人乗りケツさせて。

 ジェラルド公爵領が保有していた3騎と、ウェサラで某金持ちが私有していたものを強制徴用した1騎だ。

 4騎のヒポグリフは足跡の代わりに逆巻く風を残し、先を争うようにして飛んでいった。


 城壁上のアンデッド相手に無双の戦いを見せていた空行騎兵が高度を上げ、迎え撃つ姿勢を取る。

 低高度での戦いは対空攻撃の密度によって優劣が決まる。スケルトンアーチャー達の攻撃を嫌ったのだ。


 猛禽類の縄張り争いのようなドッグファイトが始まった。飛翔体が不規則に交錯し王都上空を飛び交う。

 ただし、それを行っているのはタカやハヤブサではなく巨体のヒポグリフだ。武器は蹴爪ではなく、騎上の者が構えた馬上槍ランスである。

 馬でトラックを回りながらふたりの騎士が馬上槍ランスで突き合う形式の馬上試合があるが、空行騎兵同士の戦闘ではあれと同じようなことが実戦で行われるのだ。なにしろヒポグリフは巨体であり、普通の剣では自分の乗騎の翼に邪魔されて敵に攻撃が届かないのだから。


 この制空戦に負けた側は壁上の戦いにおいてかなりの不利を強いられることになる。

 城壁が戦闘において有効なのは、飛行手段が貴重だからだ。

 飛行手段としてまず分かりやすいのは≪飛翔フライ≫の魔法だが、自分以外の誰かを運ぼうとしたら(普通は)かなり城壁に近付かないとならない。つまり防御側は城壁上からの射撃で魔術師を討ち取ればいい。貴重な魔術師には魔法による砲撃でもさせて、壁を登る兵の支援をさせた方が効果的だ。

 次に問答無用で上空を行く空行騎兵。貴重かつ高コストだが、対防壁戦・攻城戦において非常に強力な攻撃手段となる。ただ対空攻撃が届かない高度まで上がってしまうと、攻撃そのものは上空から槍を投げ落とすくらいというもどかしいものになる。対空防御を張る魔術師を適切に配置していれば被害は限定的だ。

 攻め側にとっては、その拮抗をどう破っていくかが問題となる。


 交錯の衝撃で羽毛が舞い飛ぶ。

 馬上槍ランスのぶつかり合いではそうそう決着は付かない。しかし、追撃の矢が刺さって騎士団のヒポグリフが悲鳴を上げる。

 スケルトンライダーの後ろに乗っているスケルトンアーチャーが矢を放ったのだ。

 ヒポグリフゾンビの動きは軽快だ。乗っているのは骨だけの騎手なのだから。


 制空戦闘はほぼ拮抗。数に劣るヒポグリフゾンビとスケルトンライダー達は、アンデッドであるが故のアドバンテージで倍数以上の空行騎兵相手に互角に戦っていた。お互い、空の敵を相手にするのに手一杯で地上には手が出せていない。

 一方、街壁の上は既に阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 後方の輿の上から≪飛翔フライ≫を掛けるルネが次々と壁上にアンデッドを送り込んでいるせいだ。

 騎士団側はとても上空を援護するどころではなく、しかし都市上空に戦いの場が移ったことで壁外のスケルトンアーチャーも援護射撃は難しい。


 ――このまま空の拮抗状態が続けば、地上は地上で押し勝てると思うけれど……


 ルネが流れ作業のようにアンデッドデリバリーを続けながら観戦していると、アラスターの並べていた通話符コーラーのひとつが突然わめき始めた。


『東南東よリ、空行騎兵と思シキ飛行物体ガ接近。図案化シた太陽ノ紋章ガ騎獣側面に』

「ええ?」


 ルネは玉座から身を乗り出して左後ろ側へ振り向く。

 ごま粒のような黒い影が青空に浮かんでいた。

 傍らの魔動望遠鏡を取り上げて見てみると、先頭には垂れ飾りと鎧を着せられたワイバーン。それにヒポグリフやよく分からない大型鳥類|(ヴィゾフニルというモンスターらしい)が数騎続き、それぞれにひとりからふたりの騎手を乗せている。


「命と繁栄を表す光の紋章……ノアキュリオの空行騎兵でしょうか?」


 アラスターが呟いた。

 王弟の後ろ盾となりクーデターを起こさせた四大国。その中でも最もシエル=テイラに近いのが国境を接しているノアキュリオ王国だ。

 ノアキュリオが援軍を出すにしても地上軍の王都到着までには数日かかる。

 だが、機動力に特化した少数編成……そう、例えば空行騎兵の部隊だけを派遣するとか……ならば話は別だった。


 ごま粒ほどだった騎影はみるみる大きくなり、すぐに肉眼でも鋭角的なワイバーンの頭が分かるほどになった。


「来る!」

「スケルトンアーチャー、打ち方用意!」


 灼熱の風が吹き抜けた。


 それは一瞬の出来事であったが順序立てて説明するなら、ルネの居る本陣にワイバーンが低空飛行で突っ込んできて、それを迎撃するようにスケルトンアーチャー達が矢を射かけ、しかしそれはワイバーンを取りまく風の盾に撃ち落とされた。ワイバーンは火炎放射で地上を薙ぎ払いながら飛び抜け、そのまま王都上空へ向かっていったのである。

 ルネは魔法で防御を張っていたが、ワイバーン騎兵は警戒したのか輿への攻撃は避けた。

 そいつが飛び去った後には、ワイバーンの飛行が巻き起こす防風でなぎ倒されたアンデッド達と、炎上するゾンビ達が残された。


「魔術師とのタンデムに加えて火炎放射まで! よくやるわ」


 雪の上に転げ回って火を消したアンデッド達を、ルネは≪屍兵修復リペアコープス≫の魔法で治療する。

 今のは擦れ違いざまの挨拶みたいなものだろう。制空戦への参加を優先してピンポンダッシュしただけだ。


「援軍はこれだけかしら?」

「国境付近を拠点とする部隊が急行したものかと。場合によっては数時間以内に空行騎兵の第二波、数日中には地上部隊が到着すると思われます」

「……第二波が来る前に決着付けちゃいたいわね」


 どのみち今日で終わらせるつもりなので地上部隊はいいとしても、のんびりやっていては敵の空行騎兵が増えるかも知れないというのは気になるところだった。

 でなくてもノアキュリオの空行騎兵が加われば制空戦闘は一気に押し返される。

 狙われたヒポグリフゾンビは、先頭を行くワイバーンの突進を辛くも躱したが、火炎放射をもろに受けて全身燃え上がる。このままでは撃墜も時間の問題だ。


「あれ、欲しいわ」


 騎手の槍、火炎放射、タンデム魔術師の魔法という三本立てで暴れ回るワイバーン騎兵を見てルネは言った。


「手に入れる算段を立てましょうか」

「いえ」


 ジェラルドを制し、ルネは玉座から立ち上がる。

 髪を掴んで頭を外すと同時、全身が肉の重みを取り戻し、赤き魔杖は呪いの赤刃へと姿を変えた。

 デュラハン形態だ。


「わたしが出るわ。あなたは予定通り侵入の指揮を執って作戦を進めてちょうだい」

「かしこまりました。ご武運を」

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