[1-42] なお好物はハンバーガー

 ウダノスケ(本名:ヨシュア・カーティス)は見てしまった。

 ジェラルド公爵の居城から異形の軍団があふれ出すのを。


 ――オーマイガッ……! 何が起こってやがるってんだ!


 ウダノスケはナイトパイソンの用心棒である。

 用心棒であった、と過去形で言うべきかも知れない。

 ほんの2日前、『仕事』から帰ってきたらナイトパイソンの本拠地はもぬけの空になっていたのだから。首領も幹部も一般の構成員たちも全て消えていた。

 何が起きたか分からなかった。街に散っている者らは無事だったが、やはり何が起こったか分からず混乱していた。

 何らかの緊急事態が起こったのは確実。ウダノスケは様子をうかがうため街に隠れていた。

 だが事態はウダノスケの予想を斜め上に裏切った。三度笠サンドガサ(サムライはこれ以外の装備で顔を隠すことは許されないと教わった)を被って街を出歩き様子を探っていたところ、アンデッド達が出てくるところを見てしまったのだ。


 そのアンデッド達は、公爵家の紋章付きの鎧を着ていた。折しも、街には領内からほぼ全兵力が集結している所。何がどうしてこんな事になったかは分からないが、騎士たちがアンデッドにされてしまった事は分かった。


 やがて、あちこちから悲鳴が上がりはじめた。

 路地に隠れてアンデッドの大進撃を見ていたウダノスケは、すぐにアンデッドの数を数えるのを止めた。ウダノスケが倒しきれるような数ではなく、この街を滅ぼすには十分な数だとは分かった。それで充分だった。


 ――なんてこった。これじゃ師匠が言っていた盆踊りボン・ダンスじゃねえか!


 逃げなければならない。だが、このまま身ひとつで逃げるのはものすごくまずい事情があった。


 ――逃げる前に『サムライの魂(注:ウダノスケが個人的に使っている隠語)』を、せめて一ヶ月分は確保しとかなきゃ俺は狂い死ぬ!

   吸引用のパイプはキセルで代用できるにしても、クサそのものを他所の街でどこに行けば買えるかなんて知らないぞ! 絶対高ぇし!


 とりあえず、ウダノスケが潜伏していた宿の部屋に3日分と愛用のパイプがある。後は馴染みの売人の所へ行くだけ行ってみるしかあるまい。


 そうと決めたウダノスケの行動は早かった。熟練のサムライすり足で風のように街を駆けた。この大騒ぎの中で余計な手間を取らなければならないのだから急がなければならない。師匠によれば、極東のことわざにも『急げば善人』とかなんとかいうのがあったはずだ。


 通りには、アンデッドを見て逃げてきた人々とまだ異変に気付いていない人々が入り乱れパニックになっていた。ウダノスケはその合間をサムライの正式な作法に則りチョップスタイルでスイスイ通り抜けていく。

 すると、行く先で一気に悲鳴が盛り上がった。


 ――こっちにもアンデッドが来やがったか!


 逃げ惑う人々を透かすように見ると、アンデッドの数は少数。ウダノスケには倒すも逃げるも容易い数だ。まあ一般市民はゾンビ一匹でも街の中に出たら大パニックになるだろうけれど。

 ウダノスケはこのまま突っ切ることに決めた。


 近付いていくと、都合の良いことにアンデッド達は道脇に集まり、数人の市民を壁際に包囲していた。


「ぼ、冒険者さん! 助けて!」


 半円形のアンデッド包囲網の中から、ウダノスケに向かって男の子が叫ぶ。武器を持っていることから冒険者と思われたらしい。


 ――相手にしてられるか! あいつらが食われてる間に逃げるぞ!


 ウダノスケはその声を完全に無視して包囲網の傍らを通り抜けようとする。


 しかし。


「ひゃえええええっ!?」


 脇の下をくすぐられたかのように感じ、ウダノスケは身悶えしつつ間抜けな叫び声を上げてしまった。

 禁断症状だ!


 その声を聞きつけたアンデッド達が一斉にウダノスケの方を振り返る。


「……畜生タヌキ! そう簡単にゃいかないでござるか!」


 ウダノスケは舌打ちしつつ、愛刀“ドウチョウアツリョク”(極東語なので意味はよく分からないが格好いい名前だと思っている)を抜いた。


 そして、丹田タンデンに気を溜めて戦士の呼吸をする。


「≪気刃キ・エッジ≫!」


 “ドウチョウアツリョク”が白く輝いた。

 これもサムライの技。カタナに気を宿し切れ味を高める。神聖魔法による聖気とは違うが、この状態ならアンデッドにも有効な打撃を与え、霊体すら斬ることができる。

 ……まあ割とありがちな無属性|付与魔法エンチャントだった。


 アンデッド達は前口上も何も無くウダノスケに襲いかかってくる。スケルトン、ゾンビ、グールとよりどりみどりだ。

 見たところ、元が兵士だけあってなかなかの精鋭。しかも装備もいいものを着けている。

 だが。ミスリルすら切り裂くカタナ使いウダノスケにはものの数ではない!


「ウオオオオオオッ! スシ!!」


 裂帛の気合いと共にウダノスケは斬りかかった。

 先鋒のスケルトンを頭部両断。ゾンビの胴体を鎧ごと真っ二つ。同時に斬りかかってきた2体のスケルトンを薙ぎ払い、さらにひときわ良い装備を着たグールを迎え撃つ。


練技アーツ解放!」


 ウダノスケはカタナを横溜めに構え、グールに突っ込んだ。

 体内を生体魔力が巡り、それが武器に作用する。

 技を極めた戦士が、魔法に依らず魔法の如き力を発揮する武技。……練技アーツだ。


「ハラ!」


 グールの腹部を鎧ごと横一文字に裂く!


「キリ!」


 縦一文字に裂く!


「SMAAAAAAAAAASH!!」


 袈裟懸けに斬りながら走り抜ける!


「……切り捨て御免!」


 バチン! とカタナを鞘に収めると同時、背後でウダノスケの斬撃がした。


 これがウダノスケの編み出した練技アーツ『ハラキリスマッシュ』。

 3連続で切りつけた後、納刀をトリガーとしてもう一度斬撃が襲いかかるのだ。


 深々と斬り付けられたグールは、アンデッドの強靱な肉体と言えどもはや動くこと叶わぬ様子で倒れ伏した。


「……いかんいかん、首をはねなければサムライではない。化け物とは言え首のある相手でござるぞ」


 いそいそとグールに歩み寄ったウダノスケは、兜飾りを掴んでグールの上体を引き起こす。そして。


首実検クビジッケン!」


 かけ声と共に首を落とし、勝利の確定を天下に示した。


 アンデッドが皆動かなくなったと見ると、壁際で固まっていた人々が安堵した様子でウダノスケに寄ってくる。


 ウダノスケに成り行きで助けられたのは、10歳くらいの少女とその両親。その家族とは無関係らしい老婆と、やはり別口らしい少年だった。


「あ、ありがとうございます!」

「今にも食われそうでしたが、注意を引いてくれたおかげで助かりました!」


 お礼を言われてからウダノスケは己の失態に気付く。


 ――しまった。いつもの仕事の時の癖で、うっかりサムライらしい振る舞いをしてしまった!


 仕事中に敢えてサムライらしい振る舞いをしているのは、『サムライ』という神話的猛者の看板を殊更ひけらかすことで闇の世界に名を轟かせ、敵を震え上がらせるためだ。今そんな事をする必要は無い。


 三度笠だけならまだいいとして、加えてカタナに首実検クビジッケン。ご丁寧に技の名前まで『ハラキリ』だ。相手に知識が無くて幸いだった。

 ウダノスケが修業時代を過ごした神聖王国にもほとんどサムライは居なかったが、シエル=テイラにサムライなど全く居ない。ナイトパイソンの用心棒・ウダノスケくらいだ。もし相手がウダノスケを知っていたら今ので気付かれていたかも知れないところだ。


「冒険者さん、どちらへ!? そちらにはアンデッドが居ますよ!」


 去りゆこうとするウダノスケを老婆が呼び止める。


「ゆ、友人を! 取り残されている友人を助けに来たのでござる!」


 咄嗟にそれっぽい言い訳をしたが売人はある意味友達なので間違いではない。

 だがこれに少年が食いついた。


「オレも連れてってください! じいちゃんがあっちに住んでるんです!」


 * * *


 路地裏を駆け抜けるウダノスケの後を少年が付いてくる。


「スシ!!」


 気合いと共にアンデッドを切り捨てる!


 * * *


 横丁を駆け抜けるウダノスケの後を少年と、数人の男女が付いてくる。


「ゲイシャ!!」


 気合いと共にアンデッドを切り捨てる!


 * * *


 繁華街を駆け抜けるウダノスケの後を少年と、十数人の男女と、ふたりの少女が付いてくる。


「ハラ! キリ! SMAAAAAAAAAASH!!」


 気合いと共にアンデッドを切り捨てる!


 * * *


 目的地に辿り着く頃には、ウダノスケの後を付いてくる人々は20人以上になっていた。皆、道すがらウダノスケが切り捨てたアンデッドに襲われていた人々だ。

 逃げ遅れた人々は、このまま逃げるよりウダノスケに付いていって一緒に逃げる方がいいと判断したようだ。


 ――なんなのだこれは……! 見つかりやすくなるだけだ。くそっ、いっそ全員斬ってひとりで逃げた方がいいのか?


 だいたいウダノスケは人助けをする気など無い。『サムライの魂(注:ウダノスケが個人的に使っている隠語)』を手に入れて街を逃げるのだけが目的だと言うのに。


「冒険者さん、ここが……?」


 繁華街の片隅、地下へと延びる階段。看板も何も出ていないが、そこは店だ。

 無言でウダノスケが降りていくと、少し遅れて足音が付いてくる。


「ダメでござる! そこで待つでござる! 中にはアンデッドが居るでござるよ!!」

「ひっ!?」


 言うだけ言ってウダノスケは階段下の扉に飛び込んで、後ろ手に扉を閉めた。


 そこはカウンターしか無いような狭く暗く薄汚い店内だった。そして、もう誰も居なかった。

 いつもはカウンター奥の棚に布が掛けられていて、その中に『サムライの魂(注:ウダノスケが個人的に使っている隠語)』が陳列されている。

 だが、今はそこに何も無い。金と商品はしっかり消えていた。

 火事場泥棒が入ったという雰囲気でもない。異変を察知して、売人が金目の物を持ってトンズラしたのだ。


 ――くっ……遅かったか!


 宿に残った3日分が尽きるまでにどこかで次のものを調達しなければならない。

 だがそれ以上に切実なのは、既に手に震えが来ていることだった。これでは、じきに戦いもままならなくなる。


 ――ここで一服していけば落ち着くと思ったのに! どこかに少しくらい残っていないか!?


 カウンターの中に押し入ったウダノスケは辺りを引っかき回し、そして奇跡に巡り会った。


 ――使用済みのパイプ! クサの燃えさしが残っている……!


 片隅に転がっていたパイプを掴み上げたウダノスケは、一緒に落ちていた魔動ライターで着火すると、しゃぶりつくようにそれを口にくわえた。


「ぼ、冒険者さん! 大丈夫ですか!」

「大丈夫でござる! だから来るなでござる!」


 状況を怪しんだのか、外から声が掛かる。ウダノスケは慌ててそれに返事をした。


 確かにウダノスケは『サムライの魂(注:ウダノスケが個人的に使っている隠語)』無しでは生きていけない身体だが、それを隠すだけのサムライ的奥ゆかしさまで失ってはいなかった。

 サムライにとって恥をさらすことはハラキリにも値する罪だ。今後の仕事を考えても、こんな所で『サムライ・ウダノスケ』の汚名を広めるわけにはいかない。

 

「来ては……んふぅー……ならんでござるよ! スハー……ここは危険……あ゛ぁ~……でござるるる……」


 焦げ臭くて効きは悪かったが、それでも『サムライの魂(注:ウダノスケが個人的に使っている隠語)』が注入されていく感覚だった。


 ――よし、これで禁断症状は抑えたか?


 大きく深呼吸をして余韻を味わったウダノスケは、念のためパイプを懐に収めて店を出た。


 そして扉を開けたところで、意外なほど近くから戦いの音が聞こえて驚く。


「なんだ!?」


 階段を駆け上がったウダノスケが見たのは、戸板やら何やらあり合わせのものを盾にして壁を作り、鉄棒や木の棒やとにかく長いものを振り回している市民たちだった。

 ウダノスケが店内で幸せになっている間にアンデッドの一部隊がこちらに来ていたのだ。ウダノスケに救出された市民たちがそれと戦っている。


「ああ、来たか冒険者さん!」 

「こ、この状況は!?」

「あんたが戦ってるのに、俺らだけ見てられっか!」

「おう! これだけ居るんだ、なんとかやってやる!」

「あんたが中に居る間はどうにか守ってやったぞ!」


 皆が顔を真っ赤にして武器を振り回していた。彼らの目には戦士の高揚があった。英雄によって鼓舞され後に続く戦士の高揚が。

 実際、数の利でどうにかなっていろのか何なのか、こちらに犠牲者は出ていない。アンデッドどもは攻撃に消極的であった。


「それで冒険者さん、お友達は?」

「あ、か、彼は……もう既に……」


 言い訳的にそう言いながら、ウダノスケは愕然としていた。

 アンデッド相手に逃げ惑うばかりだった市民たちが、自分の後に続き、自分のために戦っている!


「それは……ご愁傷様です」

「いや、今はそんなことはいいでござる! とにかく、このアンデッドどもを斬り伏せるでござる! しばし待たれよ!」


 ウダノスケは抜刀すると、バリケードのように連なった戸板をひらりと飛び越え、アンデッドの群れへと躍り込んだ。

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