[1-43] そして特技は馬車チェイス

 ウダノスケ達は市街を駆け抜けた。

 悲鳴の数はだいぶ減っていた。

 それは敵の勢力がおさまったのではなく、悲鳴を上げる生きた人族の数がそもそも減っているためだ。少なくともウダノスケの周辺では。


 ただ、逆にそれが上手く作用してもいた。

 アンデッドどもは獲物が居る場所を集中的に襲っているようで、用済みの領域には長居しない。

 あまりに統率の取れた動きで不気味だが、おかげでウダノスケは帰りはほぼ会敵せずに済んだ。

 途中で出会ったアンデッドはウダノスケが全て切り伏せた。


 後に続く市民たちは勇ましくも鉄棒やスコップみたいな武器を構えているが、彼らの出番は無い。と言うか、市民がアンデッド化したと思しきザコなら別として、元兵士のアンデッドの相手を彼らにさせるのは危険だった。

 自然発生するアンデッドは大して強くないものだが、能力ある術者によって生み出されたアンデッドは素材の良さが引き出される。さらにそこへ特別な力を上乗せしている場合もある。

 少なくとも生きた兵士と同じだけの力を持つ精鋭アンデッド。そんなものと非戦闘員を戦わせるのは危険だった。


「さすがだ、旦那!」

「あんた本当に強いなあ!」


 背後からの賞賛を受けながら、こういうのも悪くないと思い始めている自分にウダノスケは気付いた。

 誰かを守るなんてことは久しく忘れていた。ウダノスケが守るのは徹頭徹尾悪の存在であるナイトパイソン、そして自分に渡される報酬だった。

 だが、いつか師匠も言っていたではないか。強いだけならブシドーではないと。弱者を守ること。桜の花見をすること。腹を切ること。それがブシドーなのだと!

 忘れかけていたブシドーの心がウダノスケの胸に燃える!


 ウダノスケが潜伏していた街外れの宿まであと少し。そこからなら同行する生存者たちも街の外へ逃げ出せるだろう。

 幸い、まだ昼だ。今からなら日が暮れる前に宿場町までは逃げられる。


「冒険者さん! 後ろに!」


 引きつった叫び声が上がり、ウダノスケは後ろを振り向く。

 大通りのはるか後方にアンデッドの一部隊が現れ、こちらに掛けだしてきたところだった。


「走り続けるでござる! 奴らが追いついてきたら拙者が相手を!」

「ま、前にも!」

「何だと!?」


 前方の交差点からもアンデッドの部隊が現れた。

 明らかにウダノスケ達を目標にした挟み撃ちだ。これだけの人間が一緒に移動しているので気付かれたのかも知れない。

 一行の足が止まる。


「ど、どうすれば……」

「待つでござる。マゲを乱したまま会話をすることはハラキリに値するのでござる」


 後頭部の高いところで括っているくすんだような色合いの金髪をウダノスケは纏めなおす。

 その間にウダノスケは周囲の地形を確認した。


 建物の中を突っ切って裏口に抜けられそうな場所はいくつかある。だがそもそも足の速さでは勝てない。こちらは老人も含む一行だというのに、アンデッドは疲れ知らずで走り続けられると来ている。速度を落としたり脱出まで時間を掛ければ、増援が次々押し寄せるという可能性もあった。


 ――逃げるべきではない!


「スケルトンは素早くて力が強いでござるが知性は皆無! ゾンビも阿呆にござる! おそらくアンデッドどもはグールを指揮官とした小部隊で戦っている! 拙者がグールを斬り倒せば連係は乱れるはずでござる! その隙に駆け抜けるでござるよ!」


 “ドウチョウアツリョク”で前方を指すと、さすがに聞いていた市民たちがざわめいた。


「あそこを抜けるってんですか!?」

「時間を掛けては危険でござる。拙者が安全を確保するゆえ、一息に突っ切るでござる!」


 ややあって、最初に助けられた少年が声を上げる。


「行くぞ! 冒険者さんがそう言ってるんだから大丈夫だ!」


 そして周囲の者も続いた。


「応! なんとかしてやる!」

「爺さんは俺に任せろ、担いでくわ」

「この鉄棒けん戸板たてで目に物見せてやらあ!」

「おい、まず逃げんだぞ!」

「命預けたぞ! 旦那!」


 その声に背中を押されるように、ウダノスケは斜面を滑り下るオンバシラのように駆けだした。

 やはりグールは最後尾に引いた位置から全体を指揮しているように見える。

 後続が追いつく時間を考え、まず敵の先鋒を切り伏せたウダノスケは、次に一気に攻撃をかいくぐって突破を計った。


 槍が、剣が、ウダノスケに迫る。刻み殺してアンデッド仲間にしてやろうと。

 飛び越える。半身になる。切り払う。かがむ。押しのける。

 避けきれなかった刃が脇腹を裂く。構うものか。

 グールの指揮官は慌てたようにウダノスケに剣を向けるが……もう遅い。


「ハラ! キリ! SMAAAAAAAAAASH!!」


 駆け抜けたウダノスケはその場で立ち止まり、バチン! と納刀する。


「切り捨て御免!」


 グールの上体が吹き飛んだ。

 そしてそれと同時に、周囲のアンデッド達の動きが緩慢になる。惰性のようにのろのろとウダノスケの方に向かってきたのだ。

 その隙に、同行者たちは壁際を走り抜ける。


「上手くいった! 冒険者さん、すっげえ!」

「礼には及ばぬ。弱き者を守ること、特に少年を慈しむことは衆道シュドーと呼ばれるブシドーの掟!」


 快哉を上げて飛び跳ねる少年に、ウダノスケはサムズアップで応じた。


 その間にもウダノスケは残りのアンデッド達と切り結んでいる。背面を突こうとした部隊も迫り来る。


「皆の衆、先に逃げるがよろしかろう! この場は引き受けた!」

「そんな! 俺らも助太刀しますぜ!」

「それでは敵の増援が来た時、また戦って追い払わねばならぬでござる! 拙者ひとりであれば逃げるのも容易いでござる!」


 ウダノスケが言うと、苦くもどかしい沈黙があった。


「……分かった」

「旦那の足手まといにはなれねえ、済まんが先行くぜ」

「なあ冒険者さん、最後に名前くらい聞かせてくれよ! きっと、すごい戦士(ファイター)なんだろ!」


 去り際、最初の少年が名残惜しげに叫ぶ。

 ウダノスケはほんの少し、苦笑した。


「名乗るほどの者にはござらぬ。拙者はただの一介のサムライに過ぎぬ。されど拙者はサムライの魂に突き動かされ、皆の衆をお助け申した!

 覚えおくがよいでござる。常勝の軍神・ダイホンエイに仕えし者! この世で最も気高く強い戦士! これぞサムライ!」


 まるっきり師匠の受け売りとなる言葉だが、ウダノスケは今ならその意味が分かる気がした。


「サムライさん! ありがとう!」

「ありがとうございます!」

「無事でいてくれ!」


 口々に礼を言いながら同行者たちは逃げていく。

 それを見送りもせずウダノスケは戦い続けた。


 精鋭のアンデッドと言えどウダノスケには物の数ではない。

 統率を欠いた部隊を全滅させるのは容易かった。

 だが後続は、数が多い。アンデッド化した市民があり合わせの武器を持って50体ほどはやって来た。


 ――技量は低そうだが……これだけ多いとまぐれ当たりがあり得るか。後退しつつ仕留めていく!


 ウダノスケは囲まれないように退きながら戦い始めた。

 1対1なら負けない。1対1を50回繰り返せば50のアンデッドとて倒せるのだ。

 それは師匠から聞いた、極東に存在するという河原に石を積んでは蹴り倒される過労死カローシ拷問の話を思い起こさせた。


 ――落ち着くのだ、ウダノスケよ……! 神聖王国での修行を思い出せ!

   毎朝暗いうちに起きて土俵ドヒョーを整えたあの修行時代を! 千のマメを六古窯ロッコヨーから六古窯ロッコヨーへハシで移すまで寝かせてもらえなかった、あの修業時代を!


 集中を切らせば圧倒的物量に押しつぶされる。

 それでも逃げるわけにはいかない。ウダノスケの背後には守るべき者らが……!


「あら。生きの良い材料が居るわね」


 戦場には似つかわしくない、涼やかな少女の声が聞こえた。

 アンデッド達が戦闘を中断して退き、跪く。


 ウダノスケが頭上を振り仰げば、建物の上に立つ少女の姿があった。

 いや、髪を掴んで片手に自分の首をぶら下げているようなのを少女と言っていいのだろうか。


 美しい銀髪銀目。あどけない顔立ちながら支配者の風格。フリルで飾り立てられた純白のドレスを汚すは、鮮血で描かれたと思しき薔薇の紋章。

 片手には自分の首を、もう片方の手には宝石を削り出したような真っ赤な剣を持っていた。

 アンデッド達が退いて出来た空間に、彼女はストンと(器用にも剣を持つ手でスカートを押さえて)飛び降りた。


 ――この童女は……!!


 恐怖のあまり全身に鳥肌が立っていた。

 尋常ならざる重圧と邪悪な気配だけでも、これが只者でないのは分かる。

 それにウダノスケは聞いていた。王都で起きた騒ぎのことを。


 ウダノスケは盾にするように両手でカタナを捧げ持ったままピッタリ30°のお辞儀をした。サムライは貴人に対して取るべき礼というものがある。たとえアンデッドモンスター相手と言えど、だ!


「やあやあ我こそは剣豪ケンゴーにしてサムライ、ウダノスケなり!」

「あら、こんなとこに最後のひとりが……

 名乗られたからには名乗りを返すべきね。わたしはルネ・“薔薇の如きローズィ”・ルヴィア・シエル=テイラ。この国の正統なる王の血を引く者よ」

「やはり!」


 いろんな意味で、そうであってほしくはなかった。

 心情的に戦いにくいというのと……話を聞く限り勝てる気がしないというのと。

 だが、それでもここで彼女を止めねばならない。騎士団が壊滅したらしい今、この街に居る誰かが“怨獄の薔薇姫”を止められるとしたら、それはウダノスケを置いて他に無い!


「女子どもに手を掛けるはサムライの名折れなれど、このように暴れられては他の方々のご迷惑になりますので! 即ちブシドーの誅伐対象なり!」

「見たとこ、剣には自信がありそうね。ちょっと稽古を付けてもらうわよ」


 ルネは手にしていた赤い剣を地面に突き刺すと、後ろに手を出す。

 スケルトンのうち一匹が恭しく跪いて、自分が使っていた剣をルネに手渡した。


 トン、とひとつ弾んだルネは、一気にウダノスケの懐に踏み込んでくる。

 そして出で立ちにふさわしく、ダンスを踊るように剣を振るった。

 ルネの剣は複雑な軌跡を描き波状攻撃を仕掛ける。


 火花が散る。手応えは子どもの姿にあるまじき重さ。

 だがウダノスケはそれを見切り、的確にカタナを打ち合わせて防いだ。


「速く強く麗しい! なれど無駄多し! ウオオオオ、スシ――ッ!」


 叩き伏せるようなウダノスケの一撃。

 ルネは身軽くこれを躱した。攻撃の隙を狙い、切り返す。

 ウダノスケはカタナを抱えて横っ飛びに転がり、回避しつつ距離を取った。


 そして踏み込みながら勢いを乗せた大振りの一撃。さらに一撃!

 適当にカタナを振り回しているように見えて、その実、相手の間合いと隙を見切り反撃の隙を与えない連続攻撃である。

 ひときわ大きく澄んだ音が、死都と化しつつあるウェサラの大通りに響き渡った。まるでカタナで岩を殴りつけているような手応え。片手で軽く剣を構えているように見えるルネは、渾身の打ち込みを受けても体勢が崩れない。

 ザコアンデッド達は跪いたまま主人の戦いを見守っている。


成仏ジョーブツめされよ! ナムナムナムナムゥ!!」

「……すごい適当な日本語に聞こえるんだけど、この掛け声なんなのかしら……」


 攻撃の合間にウダノスケは誘いの隙を見せる。

 ルネが反応した。カタナを振り上げたウダノスケの腹部を突くように剣を繰り出したのだ。

 だが。ウダノスケは突き出された剣を目がけてカタナを振り下ろす。この体勢で武器に一撃を受ければ、さすがに少しルネの上体が揺らいだ。


 これを見逃しはしない。

 ウダノスケは返す刀でルネの胴部を横薙ぎに斬り付ける。


「ハラ!」


 素早く反応したルネが不完全な態勢ながら攻撃を受けながす。

 続いてウダノスケの縦斬り。


「キリ!」


 これはルネが小さかったということが全てだろう。頭が胴体の上にない分、身長は更に下がる。カタナが標的に届くまでの時間がいつもより……刹那、長い!

 銀の髪を一房切り落とされながらも、ルネは体捌きだけでこの一撃を躱した。そして。


「SMAAAAAAAAAASH!!」


 全力の袈裟斬り。

 ルネは正面からこれを受け止めた。


 衝撃のあまりルネは両足で石畳を削りつつ後方にスライドした。

 だがルネは、受けきった。


「……くっ、防ぐとは!」


 ウダノスケはカタナを鞘に収める。バキン! と音を立ててルネの剣がへし折れた。『ハラキリスマッシュ』の追撃は攻撃が当たった場所に発生するのだ。

 武器は破壊できたが、しかしそれだけだ。彼女はまだ本来の武器であるらしい赤い剣を使っていないし、背後のアンデッド軍団から即座に代わりの剣が投げ渡されて彼女はそれをキャッチする。


「決めた!」


 彼女は自分の首と剣を持ったまま、ぽすんと手を打ち合わせた。

 とっておきのイタズラでも思いついたように無邪気に楽しげに、しかし傲然と彼女は微笑む。


「あなた、しばらくわたしの剣術指南をしてちょうだい。グールとしてわたしに仕えてもらうわ。宮仕えよ、光栄に思いなさい!」


 剣を突きつけられ、ウダノスケは冷や汗が吹き出す思いだった。

 なんだか知らないが気に入られたらしい。

 ……すごく嫌な予感がする。


「生憎と、それはできぬ相談――」

「≪禍血閃光プレイグレイ≫」


 ルネが突きつける剣の先端に赤黒い光が収束した。


 ――魔法……!


 “怨獄の薔薇姫”に関する情報の中にあったではないか。魔法で人々を虐殺したと。

 彼女は本当にウダノスケに稽古を付けてもらうつもりで手加減して戦っていたのだ。

 そしてウダノスケを気に入り、自らの眷属とするため、今、本気を出した。


 剣先の光が……膨れあがる!


 ――まだだ! 護符がある!


 仕事の時に持たされた護符が5枚。いざという時は売って金に換えようと思っていたがここで役に立った。どんなバカみたいな魔力を持っていたとしても、これだけあれば充分。正面から突っ込んで切り伏せるには充分だ。


 ウダノスケは突進した。全身をおぞましい感触が撫で上げていった。赤黒い光が……途切れた!


「ゲイシャアアアアアア!!」


 そのカタナは虚しく空を切った。


「なに!?」


 居ない。ルネはそこに居ない。さっきまで確かに居たはずなのに。


「残念でした」


 悪寒のするような反響を伴って少女の声が聞こえてきた。

 振り仰いだ先、ウダノスケのカタナが届かない屋根の上に、白いドレスを着た……骸骨の姿が。

 その手には宝石を切り出したような赤い杖を持っていた。


 ――転移だと……!? しかもなんだあの姿は! リッチか!?


 杖の先に赤黒い光が灯る。

 先ほどよりも数段大きくおぞましい輝きを宿す。

 護符はまだ残っているが……確信的な予感がある。耐えきれない!


 ――あの少年は、生存者たちは、逃げ切れただろうか。


 光が、膨れあがる。


 ――ああ……死ぬ前に一度、この目で極東を見たかった……!

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