[1-25] トロイトロイアトロイメライ
抜けるように青い冬空を見上げ、
ここ数日に3回ほど、
奇妙な敵意の集団が城下を移動しているところを感情察知で捉えたのだ。
ナイトパイソンの企みを防いだわけだが、しかし心は晴れなかった。
――同じ街ん中で襲われるならまだ気がついて助けに行けるけど、そうじゃなきゃどうにもなんないぞ。くそっ。
感情察知の有効範囲はエルタレフの街全体すらカバーしきれない。近隣の村や離れた街で襲われる者があっても気づけないのだ。
――このまま伯爵の駒が減ったらなし崩しに戦闘終了になりかねないわけだが……それじゃ困るんだよなあ。
もちろん伯爵もそう思っているからこそ勝負を決めに動いている。
いよいよ領内を統括するボスの捕縛に向かうそうだ。
ただし
現状では、領を統括するレベルの幹部なら大ボスの居場所もさすがに知っているだろうという希望的観測のもと、とりあえず領ボスの身柄を確保してそれから考えようという少々大雑把な計画を立てたのだ。
残念ながら伯爵からはお留守番を言いつかってしまったが、この期に及んでは『イリス』のふりをする必要もない。後は伯爵が突き止めたというボスの潜伏先を先んじて急襲すればいいのだ。
――……最悪それでいいのはいいんだけれど、力尽くで解決すると絶対に騒ぎが漏れる気がするんだよな。ナイトパイソンとクーデター派が繋がってるかも知れないとかいう話もあるし、どうしたもんか。
もし領ボスを捕獲する際に騒ぎになり、大ボスを逃がしたら台無しだ。
でなくても可能ならこっそりと事を済ませたいところ。目的を達成した後、戦いの準備をするにしても逃げるにしても、国側に気付かれていないならかなり動きやすくなる。
――でも、それ具体的にどうすりゃいいんだ?
たとえばナイトパイソンと伯爵の全面戦争に持ち込んで大ボスを倒すところまで……いや無理だな。伯爵の対処能力を超えちまう。うーん……強行突破でいいのかなあ、これ……
考えながら
冷たい風が吹き抜けて頭を冷やしてくれるようだ。
キーリー伯爵の居城は、領地の規模に比例して比較的小さいながらも、小高い丘の上に城壁付きで築かれた戦闘用の城塞だ。城壁の上は見晴らしがよく城下町の家並みを一望できる。
歩哨に立っている兵士は
――んー、アイデアが浮かばん。とりあえずちょっと城下町の反応を探ってみるか。
わざわざ散歩コースに城壁上を選んだのは、城を監視している者が居ないか探ってみるためだ。先日は雇われのフリーランス暴行犯をふたりほど駆除したが、そろそろ次が来ていてもおかしくない。
もしここを見ている者があれば、よりによってお嬢様の影武者という重要な役どころだった
驚くほどあっさりと反応があった。
――おっとお? 城が見える位置の建物だな。
これは『驚き』か? それと、仕事人特有の冷たい『敵意』……
歩きながら、
「≪
逆探知は見事成功。
水晶玉の中には、殺風景な部屋の中で魔動双眼鏡を構えて窓から外を覗く男ふたりの姿があった。
部屋には携帯食料みたいなものや武器類乱雑に置かれている他、物騒なものが用意されていた。
――おやまあ、ロープだの人ひとり入りそうな袋だの。こいつぁ誰か攫う気だな。
……いや待て、誰をだ?
男の片方が一瞬、双眼鏡から目を離して誘拐キットを見た。
その仕草を
――俺……なのか? なんで?
ちょっと誘拐の有用性について考えてみる
ナイトパイソンとしては、ガサ入れ部隊やその家族に攻撃しているように“竜の喉笛”もどうにかしたいところだろう。
そこで殺さずに攫いに来たがる理由を考えると……
――そうか、もう内通者居ねーんだ! あいつら、“竜の喉笛”が最後の戦いに出てこないとも知らず『対策』を打とうとしてんだ!
ガサ入れ部隊の家族を殺すというのは有効な攻撃だった。『自分は家族を殺されたくない』と思って脱走者まで出ている。
だがもし“竜の喉笛”のメンバーを殺したとしよう。これ以上手を出すなという警告になるだろうか?
いや、ならない。むしろ復讐・弔い合戦として全力で戦うことになるだろう。
では人質を取ったとするとどうなるか。
おそらく、あの3人はイリスを人質に取られれば動けなくなる。
――しかし、どうやって俺を攫う気なんだろうな? どのみち城から出る予定とか無いし、影武者モードの俺を攫おうとしたらお嬢様攫うのと実質難易度同じだろ?
下手したら“竜の喉笛”4人を相手にする方が俺を攫うより楽じゃねーの?
「イリス! そこに居たか」
急に足下の方から名前を呼ぶ者がある。
「ベネディクト!」
城壁の内側、中庭にベネディクトが居て手を振っていた。
ベネディクトにその気が無いことなど分かりきっているが、
――って俺、なんか今普通に女の子らしいことしちゃった? ……ルネとして10年生きてるんだからその習慣があってもおかしくないけどさ。
『長次朗』としては少々複雑だったが、そんな複雑にねじくれたジェンダーの悩みにベネディクトが気付いた様子はなかった。
「これ受け取れ。お前宛だ」
ベネディクトが大きめのカードみたいなものを放り上げた。
くるくると回転しながら飛んできたそれを、
それは冒険者ギルドの刻印が押された封筒だった。
――冒険者ギルドから?
「ありがと、ベネディクト」
手を振って去って行くベネディクトを見送り、
中に入っていたのはギルドからの呼出状だった。
内容は長ったらしくて装飾過多な文体だったが、7行の文章を1行に要約すると『以前の
冒険者として、そしてギルドとして、適当にしてはいけない部分の話だ。
それだけにあまりにも怪しすぎる。
と言うかタイミングが良すぎる。
何か変だと思った
――ああ……! 冒険者ギルドにナイトパイソンの内通者居るんだった! 街パイソンのスパイだったけど、領パイソンが再接触したんだな。
どうせもう何もできないだろうし、自然に内通者の存在を伝える方法も無い……と思って放置してたんだよなあ。ここで使うのか……
ギルドの内通者が勝手に出した偽書類なのか、何か
そして、あくまで伯爵を守るのが“竜の喉笛”の仕事である以上、揃って城から出て行くことはまずあり得ない。特に今は伯爵の暗殺未遂があった直後だ。
必然的に
十中八九、
――よしよし、ならば利用させてもらおう。カモがネギ背負って出て行ってやるぜ。毒ガモと毒ネギだけどな! 食ったら腹壊すぜ!
気分はむしろ釣りだ。魚が向こうから寄ってきた。後は餌を撒いてやるだけでいい。
――さてと。パーティーのみんなに相談……は、しない方が良いな。止められちゃうかも知れない。このまま行くか。
「≪
これには監視している男たちの方があわてたようで、驚いたり焦ったりしながら慌ただしく動き始める。
その動きを追いつつ、
城の側面に当たる通りに
入り組んだ家々や、建物の間の路地を通る道だ。要するに襲うのにうってつけ。
敵意を抱えた男ふたりが急速に接近していた。
もはや感情察知の力を使うまでもなく、手を伸ばせば触れそうなほど色濃く気配を感じられる。
これでも気配を殺しているつもりなのだろうが、『気配を読む』というのは微弱な魔力の流れを感知すること。そして
男たちが足音を殺して近付く。
のんびり歩く
「む゛ーっ!?」
ある程度接近してきたところで一気に飛びつくようにして
魔力を帯びた空気が体内に侵入する。礼儀として
――
ぶつりと断ち切られるように
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