[1-18] 脅迫探偵イリスルネ

「な、何をなさいますっ……!」


 イリスルネに捕獲されたディアスは近くの空き部屋に無理やり引っ張り込まれた。

 その感情は困惑以上に恐怖で占められている。

 おそらくそれはイリスルネに対する恐怖でなく、全てが破綻する事への恐怖。


 イリスルネは太ももにくくりつけていた短杖を取り出し、それを一振りする。


「≪消音サイレント≫。……これで、この場での話が周囲に漏れ聞こえることはありません」


 周囲の音が一切遮断される。ふたりだけを包む小範囲だ。

 イリスルネとしてはこんなもの必要ないのだが、相手を安心させるための措置だ。


「まず話の前に。もうこの杖を見てお分かりでしょうが、わたしはお嬢様ではなく影武者のイリスです。

 単刀直入に聞きます。あなたはこの城の中の情報をナイトパイソンに流してはいませんか?」


 前振りも何も無いあまりにもストレートな問いに、ディアスは目を白黒させる。


「な、なんのことか……」


 ひとまずとぼけるディアス。鎌を掛けられているだけだと思ったのかも知れない。確かに証拠は無い。

 だが、イリスルネは感情察知の力で彼の中に渦巻く恐怖と罪悪感を読み取っていた。


 うろたえて視線が定まらないディアスの目をイリスルネはじっと見つめ続けた。

 すると、彼はすぐに音を上げて、飛び込むように限りなく90°に近いお辞儀をした。


「……はい、そうです、申し訳ありません!!

 どちらが本物のお嬢様か常に調べておいて、聞かれたら報告しろと……! 家族を人質に取られているんですっ!!」


 ――やっぱりか。


 ふたりのキャサリンお嬢様のうち、どちらが本物でどちらが偽物か。判別できる立場の者は限られる。

 キャサリンとイリスルネ本人は当然として、後は世話をする侍女たちや勉強・家事訓練の先生くらい。

 もし、その先生に取り入って勉強の場面に関われるようになれば真偽を常に掴んでおける。なにしろキャサリンが勉強を休む日はほぼ無いのだ。

 ナイトパイソンはそのためにディアスを突然学問に目覚めさせたのだ。


 人質なんぞ知るかと言いたかったし、なんならこの場でディアスを適当にいたぶって服従させダブルスパイにするという手も考えたが……どう考えても『イリス』が言っていいこと、していいことではない。

 さてどうするかとイリスルネは考える。


 ――しかし、だとするとこいつは急造の内通者なのか。

   ……んー? それならそれでもっといいポジションの人選びそうな気もするよな。直接キャサリンや俺の世話をする係の侍女とか……こんな面倒な関わらせ方しなくても先生の方を脅すとか……


 まあ都合良く人質に取れそうな家族が居なかったという可能性もあるが……全員そうだったのだろうか?


「なんでディアスさんだったんでしょうね?」

「え?」

「人質を取って言うこと聞かせるの」


 疑問に思ったので言うだけ言ってみただけだったのだが、その瞬間、イリスルネは燃え上がるような恐怖を察知した。


 この反応は……何かある。


「分かりません……分からないんです……」

「本当ですか」

「えっ……」

「本当に何も知らないんですか、って聞いてるんです」


 二度目は折れるのも早かった。

 ディアスはもう膝から崩れ落ちるように土下座のフォームに入る。


「あ……も、申し訳ありません! 家族のために金が必要だったんです! それでずっと上手くやってたのに、あいつら急に……!」

「……つまり、金で言うこと聞いて伯爵様の身の回りの情報流してたら、急に家族を人質に取られて無茶振りされたんですね」


 流石に呆れるイリスルネ。つまり伯爵が対ナイトパイソンで動き出すより前からディアスはスパイ活動をして情報を売っていたのだ。

 適当に餌をやって飼っておき、いざという時に重要情報を探らせる。裏切らないよう、ご丁寧に人質まで取った上でだ。


 いくら強引な手があると言っても、新たな内通者を増やすのは面倒だろう。忠誠心の高い奴は主君を裏切れずダブルスパイとして嘘の情報を流したりしそうだ。もともと金で情報を流していたような奴に仕事をさせる方が合理的……なのかも知れない。


 ――しかしこの能力、嘘発見器にも使えるなあ。平然と嘘つく相手には効かないだろうってのも本物の嘘発見器と一緒か。


 いつも『剣と魔法で殺してはいおしまい』だったら楽なのだが、今後もこうして対人交渉や頭脳戦的な探り合いが無いとは言えない。この力はきっと役に立つだろう。


「そ、それにしても、何故お分かりに……?」

「あ、えっと……わたしとお嬢様の真偽を探る人が居ないかは警戒してたし、こう、隠し事してるっぽい雰囲気だったので……」

「……そうでしたか。冒険者の方は感覚が鋭いのですね」


 納得してくれたようなので、イリスルネは余計なことを言わず曖昧に笑って誤魔化した。


「お、俺はどうすれば……」


 進退窮まりワラにも縋る様子でディアスが言う。


「えっと、個人的な意見ですけど、ひとまずこのままでいいんじゃないですか? 伯爵様に相談するとか、変な動きをしたら人質さんが危ないかもですし」

「それで……いいのでしょうか?」

「きっと伯爵様が助けてくれますよ。今は領内のあちこちでナイトパイソンの拠点を潰して回ってるそうなんですから」


 イリスルネは欺瞞的な気休めを言った。

 何の根拠も無い言葉だったが、こう自信満々に言われると真実かも知れないという気になったのか、ディアスは少しだけホッとした顔になる。


「……すごい、ですね。イリス様はまだ子どもなのに、私よりよほど落ち着いてらっしゃる」


 ――いえいえ、落ち着いてるのはお嬢様の命も人質の命もどうでもいいからですってば。


 ディアスに感心されたが、ろくでもない真実は胸に秘めておいた。


「人質が救出されるまでは言われるがままでいいと思います。わたしが言うのもなんですけど、真偽が分かっただけじゃお嬢様狙うの無理だと思いますし。

 ただ、本当に何か予想外の事態が起こりそうだったら伯爵様に相談する……とかでいいんじゃないですか?」


 『隙を見てお嬢様を殺せ』とか言われるかも知れないので、一応釘は刺しておく。


「そうですね……はい、ありがとうございます。そうします」

「じゃ、お仕事とお勉強に戻りましょう。この事は他言無用、ですよ」

「分かってます。言いませんよ」


 イリスルネが≪消音サイレント≫を解くと、ディアスは何度も何度もペコペコ礼をしながら部屋を出て行った。


 その去り際。

 イリスルネは無詠唱で簡単な風の魔法を使い、ディアスの後ろ髪を数本掻き切る。

 ディアスはそれに全く気付かず部屋を出て行った。


 床の上に残った髪をイリスルネは摘まみ上げる。

 そして、ニヤッと笑った。


 ――よーし、髪の毛ゲット。奥さんだけだったらどうしようもないけど、子どもも攫われてるって事なら都合が良い。血を分けた子どもなら追いかけられるからね。


 人を探す魔法には手がかりが必要だ。本人にゆかりが深い物品や、身体の一部がよく使われる。父親の髪の毛があるなら子どもを探すくらいできるだろう。

 遠距離探知は魔力を多く消費するが、魔力の問題は儀式魔法化して複数人で分担すれば解決できるし、伯爵ならそれくらいの数の魔術師は集められるだろう。と言うかイリスルネならひとりでやれる。


 問題は、荒野のど真ん中とか人里離れた洞窟みたいな場所で探知阻害魔法付きのアジトを構えている場合だ。街の中で探知阻害なんてしたら『何か隠しています』と言っているようなものだが、近くに寄らなければ探知阻害があるかどうかは分からない。

 実際、犯罪組織などはそういう場所に緊急避難用や人質収容用のアジトを持っていることが多い。


 ……ちなみにこれはイリスの記憶からサルベージした冒険者知識である。憑依相手の知識は必要に応じて頭に浮かんでくるシステムらしい。一旦引き出した知識はルネの頭にコピーされるが、憑依解除までに引き出さなかった知識はおそらくルネから消失する。

 

 ――ナイトパイソンが慎重だったら効かない手だけど……やるだけやってみるか。もし探知できたらラッキーって事で。

 人質自体はどうでも良いけど、もし伯爵が未発見の拠点だったりしたらまた一歩前進するぞぉ。


「……≪人探知シークパーソン≫」

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