[1-10] 美少女と野獣
キーリー伯爵居城の応接間は、ゴツゴツした石積みの壁に獣の首の剥製や装飾的な弓が掛けられた、なんだか狩人の隠れ家みたいな場所だった。床にも何かの魔物の毛皮がしかれている。
ワイルドで質実剛健な雰囲気。これはこれで良いのではないかと
「よく来てくれた。"竜の喉笛"よ」
四人と向かい合って座ったキーリー伯爵……オズワルド・ミカル・キーリーは四十代後半くらいの歳。
領主である彼はつまり国王の騎士であり、有事の際には軍を率いる立場となるわけだが、どちらかと言うと華奢な印象で文官的な雰囲気だ。短く整えた蜜柑色の髪はこざっぱりとした雰囲気。顔つきだけはちょっと厳めしく、灰色の目が炯々と輝く。
全体的な印象を一言で述べるなら『頑固で融通が利かない役人のおっさん』だろうか。
冒険者の社会的地位もピンキリだが、仕事の話をするのに領主自ら応接室で相手をするというのはさすがに珍しい。"竜の喉笛"がそれだけ伯爵に重用されているという証左であった。
「なに、伯爵様のためとあらばなにほどのこともございません」
ベネディクトが大きな手を握り、牙を剥いて笑った。
ズボンの穴から飛び出したモップのような尻尾がばたばたとソファを叩いている。
隆々たる上半身は粗末な半袖のシャツ一枚という格好だが、毛皮に覆われた彼の肉体は大して寒さを感じていないようだ。
オズワルドは満足げに頷き、そして話を切り出す。
「ベネディクトには先に話をさせてもらったが、あらためて
……私は犯罪組織ナイトパイソンを領内から駆逐するべく、以前から作戦を進めていた。その最終段階に入るに当たってナイトパイソンが反撃あるいは報復に出る可能性を勘案し、"竜の喉笛"には私と、娘であるキャサリンの身辺警護を頼みたい。
正式な
「伯爵様、その件でよろしいでしょうか」
挙手して発言の許可を求めたのは、こんな場所でまで鎧を着ているヒューだ。
さすがに剣も盾も置いてきてはいるが。
「何だろうか」
「その、ナイトパイソン排斥作戦の進捗状況や今後の見通しについてはお聞かせ願えませんかね。
状況が分からないと、俺らも仕事に差し支えますんで」
ヒューの本音は『ヤバイ話かどうか見極めたい』という所だろう。
オズワルドは少し考えてから返事をした。
「ナイトパイソンは領内の主要な都市に拠点を……まあ隠れ家だな、隠れ家を持っているのだが、その大半を既に突き止めている。
その他に、組織の資金調達先となっている違法な娼館や禁止薬物の販売店なども一斉摘発する用意がある。
主立った幹部を捕らえ、資金調達先を潰すことができれば領内の活動は立ちゆかなくなるだろう」
「あの、伯爵様」
イリスは交渉事の席で発言することがあまりない。だから不自然に思われないかちょっと心配だったけれど、それでも聞いておかなければならないことがあった。
「ナイトパイソンのボスの居場所は分かっているんですか? 逮捕できるんですか?」
これこそがルネの目的なのだから。
ミリアムと契約した後、ルネはナイトパイソンの情報を求めてさまよった。
ひとまずの行き先はミリアムが働いていたという娼館だ。魂は一夜に千里を駆ける。国の反対側であっても行くだけなら簡単だった。
そこで交わされる会話を丸一日盗み聞いたのだが、しかしボスに繋がるような情報は特に得られなかった。
下っ端から順番に拷問して上位者の居場所を聞き出していくという手も一瞬考えたが、やめた。せっかく敗北を装って行方をくらましたというのに、派手に暴れてはルネの存在と居場所が騎士団にバレてしまう可能性もある。その上で標的に逃げられては目も当てられない。
暴れるのは確実に目的を達成する目途が立ってからだ。
こっそり調査を進めるにはどうすればいいのだろうかと考えていたところ、こんな混乱の真っ只中で対ナイトパイソン排斥作戦をしようという伯爵の話をルネは聞いた。
そしてはるばるやって来たところ、非常に都合の良い冒険者パーティーを発見したのだった。
――この立場なら伯爵から情報を聞くなり、場合によっては調査の支援もできるはず。"竜の喉笛"と伯爵を上手く利用してナイトパイソンの情報を集めたい。もちろん国内情勢についてもな。
もしここでオズワルドからボスの居場所を聞き出せたらミッションは一発クリアなのだが。
「……そのボスというのがナイトパイソンの首領のことなら、さすがに私は知らない。まさか領内には居ないだろうし、そうなると私からは手出しできん。
領内を統括する幹部は可能なら捕らえたいが……実のところ、居場所を突き止められていない。まあ目的はナイトパイソンの活動基盤を破壊することだ。何が何でもボスを捕まえなければならないというわけではないからな」
そうは問屋が卸さなかった。
正直、
――ナイトパイソンのボスの愛人とか探して憑依できたら良かったんだけどな。
でも憑依先の肉体が女の子じゃないと魔法の出力が落ちるしなー。それに闇社会の要人とか防御も堅そうだから失敗したら目も当てられない事になる。国の様子を見る時間も欲しいし、今は搦め手からでいいや。
「伯爵様、あたしからも確認だ。イリスにキャサリンお嬢様の影武者やらせるって話じゃないか。その話詳しく聞けないかい」
ディアナは当然、
「うむ。その話もこれからしようと思っていたが、キャサリンのふりをして危険の只中に飛び込んで行けという話ではないし、まして囮にしようという話ではない」
ぶっちゃけルネとしては危険な方が手掛かりを掴む機会になって良いのだが、そうそう上手くは行かないようだ。
「あくまでも身辺警護の延長としての特殊な待機状態だ。暗殺や襲撃を躊躇わせるための仕掛けをしておきたいという――」
オズワルドのその言葉は、ほとんど叩き割るような勢いで扉が開く音で遮られた。
「ベネディクト!」
応接室に身なりの良い少女が飛び込んできた。
体格は
彼女はソファを回り込むと、飛び込むようにベネディクトに抱きついた。
「来てたんですのねー!」
「ちょ、お嬢様、やめてください」
そしてベネディクトは、わしわしと毛皮をモフり倒される。
彼女こそキャサリン・マルガレータ・キーリー。
ベネディクトは冒険者になる前、キーリー伯爵家で用心棒をしていた。
その時からキャサリンには気に入られていたらしい。今でも会う度にこの有様だった。
「キャサリン。そのくらいにしておきなさい」
「はぁい、お父様」
オズワルドにたしなめられて、ようやくキャサリンはベネディクトから離れた。
『イリス』の記憶をサルベージして姿は知っていたが、ルネがキャサリンを直接見るのは当然初めてだ。
ちょっとだけワガママでちょっとだけ気の強い、おしゃまなお嬢様という印象。彼女は
「……お父様。本当にやるんですの?」
「ああ。お前の安全のためだ」
「むうーっ」
「お嬢様、どうかお聞き分けください。伯爵様もお嬢様のことを考えておっしゃっているんですよ」
キャサリンはじろじろと
「いいこと? この私の替え玉になるからには、キーリー伯爵家の名に恥じないふるまいをなさい!
お下品なマネをするようなことがあればしょうちしませんわ!」
「キャサリン。人を指差すのはやめなさい」
* * *
「俺さ、お嬢様から『男』じゃなく『犬』って思われてる気がすんだよ、時々」
「気がするじゃなくて事実そう思われてんだろ。ついでにお前からお嬢様への接し方も『男』じゃなく『犬』だな」
ベネディクトはもみくちゃにされた毛皮を撫で返していた。
「つーか前から思ってたけど、なんかお嬢様、微妙にイリスに厳しいよな」
ヒューが首をかしげると、ベネディクトは冷たい質感の石床に目を落とす。
「お嬢様はな、こう、負けん気の強い性格だから……それと、お母上から魔法の才能を受け継げなかったことを気にしておられるんだ。
イリスに対しては嫉妬もあるんだろうな」
「ああ、イリスが魔術師だから?」
「それも天才的な」
いずれにせよ、お嬢様の悩みなど
「イリスのお陰で守ってもらえるってのにねえ。もちっと感謝して欲しいもんだよ」
ディアナはやれやれと肩をすくめる。
彼女は子どもという子どもに優しいが、優先順位を付けるならどうしてもイリスが一番なのだ。
「別に、キャサリンちゃんがわたしを嫌いでも変わらないから。放っておけないし、そういう
「そりゃそうだけどね……」
ディアナはまだ気が進まない様子なので、一応釘を刺しておく
とにかく、"竜の喉笛"の一員として
――役に立ってもらうとするよ。愉快な仲間たち……
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