[1-6] 謁見行為
シエル=テイラ王城の謁見の間を豪華と言うかどうかは意見の分かれるところだろう。
最奥の玉座まで赤絨毯が敷かれ、白い壁に金の装飾がされた、少々ありがちな謁見の間。それは庶民目線で言えば充分に豪奢なのだろうが、ヘタをすれば他国の領主の居城にも劣るだろう、というこぢんまりとした場所だった。
それでも玉座にある王は……ヒルベルト2世ことヒルベルト・"
ヒルベルトは三十代後半。髪とヒゲは茶色に近い赤毛で、それをちょっと膨らませ気味にして細い顔を大きく見せていた。それでも身体の厚みが足りないせいでひょろ長く見え、今ひとつ貫禄が無い。本人もそれを気にしていて、真紅のマントには密かに肩当てを増量してある。
「陛下、第一騎士団長殿がおいでになりました」
「通すが良い」
先触れとしてやってきた近衛もまだ少々ぎこちない。それをヒルベルトは微笑ましく思った。前王の近衛は前王のため戦って死んだ。今の近衛は皆、取り立てられたばかりの者たちなのだ。
ガシャガシャと鎧の鳴る足音が近づき、やがてローレンスが姿を現す。
フルフェイスの兜は脱いで小脇に抱えていた。その姿は、さる吟遊詩人の詩うことに曰く『その貌にてさえ味方を奮わせん。頭上に冠するは熱情の焔、双眸に宿るは貴き陽光。七夜の月を合わせたよりもなお輝かしき麗しの騎士に夢見ぬ乙女なし』。ローレンスはその力のみならず美貌をも称えられる騎士であった。
必要以上に気合いの入った所作でやってきた彼は、作法通りに七歩手前で片膝を突き叩頭する。
「面を上げよ」
ヒルベルトが声を掛けると、ローレンスは顔を上げる。彼はまるで子どもが騎士の行進を見るかのように目を輝かせていた。
一騎当千の勇者からこのように裏表無く尊敬されるというのは素晴らしく心地が良いものだった。
ふと、前王に面従腹背だったローレンスは、以前はどんな顔をしてこの謁見の間に来ていたのだろうなとヒルベルトは思う。
「此度の働き、まことご苦労であった」
「勿体なきお言葉」
ローレンスは片膝を突いたまま、また深々と頭を下げる。
「まさか奴がアンデッドとして蘇るなどとは思わなかったが」
「は。穢れた血の忌み子め、死してなお祖国に仇なすとは。父の心根も知れようというもの。
王にあるまじき
「お追従はよい。それよりも、此度の一件でそなたが述べたき議とは何ぞや」
「はい。それは、奴との戦いに用いた剣に関してです」
ローレンスは腰の剣を抜きそれを自分の前に捧げ持った。
シエル=テイラの至宝、魔剣・テイラアユル。
国内の鉱山から採れた最高品質のオリハルコンを使い、当代最高と謳われたドワーフの鍛冶職人に打たせ、いくつかの稀少なドラゴン素材を打ち込んで作り上げたもの。まず間違いなく、今この国に存在する中で最も高価な剣だ。
マジックアイテムとしての効果は『デタラメな切れ味』『どうしようもなく頑丈』……ただそれだけ。だが、その一撃は刃毀れひとつ無く分厚い鎧を切り裂き、さらに染み出す魔力が強烈な衝撃となって相手に叩き込まれる。代々の第一騎士団長に与えられ多くの武功を立てさせた。戦場において味方の旗印ともなる(と言うかそのために作った)剣だった。
強さだけではなく、その刃の美しさは多くの歌に讃えられる。
……だが、その剣の刃に、今はべっとりと血が付いていた。
「これは……」
ヒルベルトが思わず身を乗り出すと、衛兵がローレンスからその剣を取り上げて玉座まで持ってきた。
ヒルベルトは自ら剣を取ってその刃を見る。乾きかけたような微妙な色合いの血だ。嫌な湿り気を帯びている。
「奴との戦いの折に付けられた汚れです。国の宝たる至高の魔法剣をこのように穢してしまったこと、私の不徳の致すところであり……」
「よい。それよりも何なのだ、これは」
「分かりません。洗えども磨けども、それどころか神官たちに清めさせようとも落ちぬのです。
ある神官が言うには……これは、あのアンデッドが今も滅びておらず、呪い続けている証左ではないかと」
「なんと……」
魔法の武器というのはだいたい劣化にも強い。
そう簡単に刃毀れせず、そう簡単に汚れは付かない。
ましてこれほどの魔法剣に血の汚れが付いて落ちないなど異常事態だった。
「実を申しますと、あの戦いの、とどめと思った最後の一撃。肩すかしを食らったような妙な手応えだったのです。
例えるなら、まるで……抜け殻を斬らされて、中身はどこかへ逃げてしまっていたかのような」
「ふむ……」
言いにくそうに口ごもりつつローレンスは言った。
尊敬する王に自らの不手際を告げるという心苦しさ。しかし、騎士として戦いの中で知り得た全てを報告しなければならないという使命感がローレンスを動かしているようだった。
「そなたを責めはせぬぞ。そなたほどの豪傑がし損じたというなら、それは敵が手強かったというだけのことであろう」
「は……」
「奴がどこに身を潜めているかは分からぬが、やがてまた現れるものと思って備えねばならんだろうな。その時が来たら、そなたに任せよう。そなたでなくば奴とは戦えぬだろう。
奴を仕留め、取り逃がした無念とその呪いを雪ぐがよい」
「必ずや! 王より賜りし剣と騎士団の名誉に賭けて、忌まわしき怪物を討ち果たしてご覧に入れましょう!」
ローレンスはあからさまにほっとした様子で、次いで気を引き締めたようだった。
二度目の失敗は無いと決意を固めたようだ。
「時に、王よ。連邦からは何か……」
「ああ、それか」
ひとまずメインの要件は済んだようだが、どうしても気になって聞かずにはいられなかった様子でローレンスが問う。
ヒルベルトは薄く笑ってやった。
「まだ何も。連中、今頃は青くなっているのだろうよ。もはや我が国の鉱山から生み出される屑鉄の一欠片たりとも奴らには渡さぬわ」
このシエル=テイラ王国は西の大国ジレシュハタール連邦との関係が深い。
連邦はシエル=テイラを庇護し、シエル=テイラは連邦に鉱山利権を与える。相互利益と言えば聞こえは良いが、実態は国力の差に応じて不平等なものであり、シエル=テイラは不利益を被り続けてきた。
……少なくとも、国内の不満勢力はそう思っていた。
ヒルベルトがクーデターを起こした大義名分は、この不平等な関係の解消だ。
彼の動きは連邦に対して不満を抱きつつ『どうしようもない』と諦めていた人々に火を付けた。ヒルベルト本人ですら驚くほどに支持を受けたのだ。
特に鉱山関係者や貿易商人からは熱狂的に支持された。彼らは政治の煽りを食って不平等な商売をさせられているという不満感が強かったのだ。
ローレンスは直接関係ないが義憤を燃やしていたようだった。
「もし連邦に不穏な動きあらば、その時こそ我ら騎士団が力を示す時。人面獣心なる連邦の阿呆どもの首を掻き斬って参りましょう」
ローレンスは力強く拳を握り勝利を誓う。
「うむ。だが、たとえ兵の精強さで我が国に分があろうとも連邦は強大だ。我が国だけで戦える相手ではない。
戦とは、戦わねばならぬ時に、勝てるだけの準備をしてから始めるものだ。不用意に連邦を挑発する真似はせぬよう慎みたまえよ」
「はっ。……では、私はこれにて」
* * *
執務室に引っ込んだヒルベルトは思いっきり伸びをして、それから脱力したように首を振る。
「やれやれ、勇ましいポーズを取るのも疲れるものだ」
ヒルベルトは連邦を蛇蝎の如く忌み嫌う対連邦強硬派と世間から目されているが、実は彼の考えは世間の評価と少し違う。と言うより、もう少し大局的な物の見方をする男だった。
連邦と決裂し四大国に貸しを作るというのがどれだけ面倒か彼は分かっていた。すぐ側に巨大な敵が生まれ、仮想味方との交渉も一筋縄ではいかない。
下手をすれば連邦に対する盾にされてしまう。五大国同士が争う動きは今のところ無いが、その平和もいつまで続くか。これからヒルベルトは『タフな外交』どころか『ゴーレムの外交』をしなければならない。
ただ、それでも一生冷や飯食いで終わるよりはマシだと思っただけのこと。王位に就けたのだからそれだけで丸儲けだ。
国全体にとってどっちの方が得なのかは……まあ、これからの話だが。
王位の簒奪者であるヒルベルトにとって、自分を後押しする世論の存在はとてもありがたい。
もし国民の反発が強ければ、いくらヒルベルトが四大国の力を背景にしているとは言え、諸侯が日和見に走る可能性もある。ヘタをすれば連邦と手を結び保護を求める者も出ていたかも知れない。
しかし現状は、少々厳しめに見ても『世論を二分する』くらいまでは来ている。この状況で迂闊に反旗を翻すのはリスクが高いだろう。
今むしろ問題なのはヒルベルトの下で調子に乗っている過激で留まるところを知らない連中だ。
彼らは街で連邦出身者を探してはリンチしたり、国境付近に乗り込んで連邦人を連邦に叩き返そうと本気で計画していたりする。ローレンスには釘を刺しておいたが、義勇軍を気取る民間人の行動までは制御しきれない。
もしこれで刺激された連邦の世論が『シエル=テイラ討つべし』という方向に傾けば……どうなるかは考えたくもない。四大国から援軍を受けられたとしても、戦場になるのは連邦と接しているシエル=テイラなのだ。
前王エルバートの元妃ロザリアと、その娘ルネに関する一件もそうだ。ヒルベルト自身はルネとロザリアをどうこうしようという気は無かった。
仮にどこかの領主がルネを押し立てて『正統王家』の旗印を掲げようとしても、女で、しかも忌み子とあっては絶対に後に続く者が出ない。ルネが自分の王位を脅かす脅威になどならないことは分かりきっていた。
だがローレンスを始めとした前王エルバートに特に批判的な騎士や、ヒルベルトを支持する市民たちは『前王の血筋を絶やせ』と叫び続けた。これを止める理由も無く、消極的賛成という立場でゴーサインを出したのだった。
その結果としてあんなアンデッドが生まれたのだとしたら、とんでもないヤブヘビだ。
「ルネ、か。恨んでくれるなよ……と言っても、無理な相談か」
顔も見た事が無い姪に想いをはせるヒルベルト。
かの親子が宮廷を追われたのは10年前。ルネが生まれて間もなくのことだ。
ヒルベルトはルネ達を、エルバートを批判する材料として使ったひとりだ。『平民出の卑しい女を迎え入れたから忌み子が生まれたのだ』と声高に避難したが、エルバートの立場にケチを付ける材料があればそれでよかっただけで、ルネに関してはどうとも思っていなかった。
なんとかという腕利きの冒険者パーティーが壊滅したという報告は受けている。
対魔物の戦闘において、大抵の場合、冒険者は正規の戦闘員である騎士を上回る。そんな冒険者を鎧袖一触に打ち倒すようなアンデッドが自分の命を狙っているかも知れないと考えると気が休まらないヒルベルトだった。
「ふう……頭が痛いわい。王になるなり課題山積か」
まあローレンスが一度勝ったのだから次も勝てるだろう、とヒルベルトは思った。
そう思いたかった。
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