[1-5] 人類の団結と叡智が弱いわけない
ルネはひとり、大通りを歩いていた。
ひとっ飛びで殺せる場所に人を見つければ斬り倒し、見えるけど遠い場所に人が居れば魔法で殺した。ルネを見た人々がみんな悲鳴を上げて逃げ惑うのがなんだか可笑しかった。
この身体になってから、ルネは周囲の人の『感情』が不思議と分かるようになっていた。最初は意識にノイズが走っているようで鬱陶しかったが、慣れてくるとラジオの周波数を合わせるように周囲の恐怖や絶望を感じ取れた。
人が隠れている建物もこの力で分かる。適当に魔法を叩き込んで倒壊させた。すぐに命の気配は消えた。
――剣も魔法も、ある程度試せた。そこそこ強そうな奴とも戦えた。
……なるほど、これはチートだ。強い。
どうやらクーリングオフの必要は無さそうだな、とルネは思う。
信じられないほどの力がルネの中に満ちていた。
使えるのは、まず自分の血から生みだした呪いの赤刃。手に持って振るってはいるが、実態は魔法攻撃であり、魔法への抵抗力が無い防具は温めたバターのように切り裂ける。ちょっとした初見殺しである。
続いて、デュラハンの特徴である死の呪い。相手を徐々に弱らせて死に至らしめる……ようだが、そんな面倒で時間が掛かる技を使わなくても殺せるので今は使っていない。
そして、ルネ自身の魔法だ。この魔法はかなり出力が抑えられているという実感があった。デュラハンは上位種でも補助程度にしか魔法を使わず、主に剣技により戦う肉体派の魔物だから、マイナスの補正が掛かっているのかも知れない。
――魔法とかアンデッドの知識も、なんか最初から知ってたみたいに全部分かるな。これは助かる。
戦闘の方は一通りの慣らし運転を終えた、という感じだ。
さてどうしたものかとルネは思う。
幸いにもここはシエル=テイラの王都。とりあえず城下町を全滅させてからお城を全滅させようか、とか考えたのだが、単純に広くて人が多いので一筋縄ではいかない。
大火事でも起こせたら手間が無いが、王都の町並みは石、石、石だ。
――面倒でも片っ端から潰してくしかないかな。
ここまでは自分の能力を確かめる実験としての戦いだった。
そろそろ虐殺を楽しんでもいい頃だろう。
辺りの気配を探り獲物を探すルネ。そんなルネの感覚に、何か奇妙な集団が引っかかった。
隠しようのない闘気と殺気。そして、昏い蔑みの感情。あまりに強烈な感情を察知したのでルネは気になったのだ。
魔法の気配もする。それも、集団。迷い無くルネの方へと近付いてくる。
「騎士団?」
さっきは衛兵隊……地球風に言えば警察と戦ったが、明らかにそれよりも強い奴らという気がした。
だとするとこの場で考えられるのは、騎士団か。
シエル=テイラ王国は、王の下で諸侯が領土を収める統治形態だ。
軍事的に見れば大小領主である騎士が中心で、諸侯が自らの領地を配下の騎士に分封して、そのそれぞれが半農半兵の足軽的な雑兵を組織している。
だがそれとは別で王直属の兵団が存在する。王家から扶持を貰いひたすらに訓練を積む、シエル=テイラ最強の戦力。この国で単に『騎士団』と言えばこれを指す。
騎士団はシエル=テイラの誇りであり、国民皆にとってのヒーロー。ルネにとってもそうだった。
『あとひとつ忠告しておきますと、それ
邪神の言葉が頭の中にリフレインする。
騎士団。戦える……だろうか?
――皆殺しにしようと思ったら、騎士団とぶつかるのは避けられない……
さてどうするかと思っている間にも、その集団は近付いてくる。
半分廃墟になりかけている市街を整然と行進してくる鎧の群れ。
押し立てるは国旗……茨と白薔薇によって取り巻かれた大盾の紋章。
ざっと見て数十人の集団は、ルネの姿を認めると密集した陣形を取った。
まるで亀のように全方位に盾を向けた騎士の塊と……そこからはずれたひとり。
――なんだか分かんないけど、密集してるうちに先制攻撃しちゃうか。
とりあえず即断即殺。ルネは呪文を唱えた。
「……≪
小さな火の玉がルネの手の中に生まれた。それをルネは騎士溜まりへと投げつける。
風を切るような速度で火の玉は飛翔し、そして。
目が潰れそうな閃光。轟音が雪空に響いた。
爆炎が舞い起こり、吹き付ける爆風がルネの外套を巻き上げる。周囲の建物が煽りを食って、反対側の通りめがけて倒壊した。
辺りには粉塵が立ちこめ視界が効かない。しかし、すぐに風が巻き起こってそれを晴らす。ルネの魔法ではない。つまり騎士によるものか。
はたして、そこには
盾を全方位に構えた陣形もそのまま。盾がちょっと焦げただけだ。
――……マジ? あれ、今何をどうやったの?
ただ盾を構えているだけではない。内側に魔術師を取り込んで守り、魔法で防御したのだろうか。それとも盾に何か仕掛けがあるのか……
「なるほど。さすがにこれを破るほどの力は無いらしい」
たったひとり、盾の陣に加わっていない騎士が呟いた。
そう言えば、この騎士は盾も何も無く爆発を食らったはずなのに微動だにしていない。
繊細な装飾が施された白銀の鎧を着た騎士だ。フルフェイスの兜のせいで素顔はうかがい知れないが、明らかに豪華な装備。鎧自体に高い魔法抵抗力があるのかも知れない。
その騎士は雪を踏みしめてルネの方へと向かってくる。腰に下げていた長剣を、彼は抜き放つ。
――あれは……!!
その剣を見た時に受けた衝撃は、シエル=テイラで10年を生きた純朴な少女・ルネとしてのものだった。
自ら光を放つ蒼銀色の刃。
数々の詩に謳われしシエル=テイラの秘宝。強大な力を持つとされる美しき魔剣・テイラアユル。それを与えられ振るえるのはただ独り、国最強の騎士のみ。
で、あればその剣を持つ者は……
「第一騎士団長、ローレンス・ラインハルト……!」
「ほう。化け物にも名を知られているとは、この俺も捨てたものではないらしい」
ローレンスは吐き捨てるように言った。
その力と勇敢さを称えられるシエル=テイラ最強の騎士。護国の英雄。彼に憧れぬ子どもは居ないとまで言われる男。事実、ルネにとっても『どこか遠い世界の人物だけれど国民のひとりとして誇るべき英雄』だった。
だが……ルネは気付いてしまった。
何故、最強の戦士たるローレンスを相手にやすやすと王弟はクーデターを成し遂げたのか。
何故、何かあれば王を守って戦うべき彼がクーデターを経た今もここに居るのか。
何故、ローレンスは国の宝たるテイラアユルを取り上げられていないのか。
ルネと母を捕らえに来た騎士。彼らの着ていた鎧の左胸には、所属を示す紋章が刻まれていた。
紋章学の知識など無いルネだが……こうして実物を見れば間違いようがない。ローレンスの鎧の左胸にも刻まれたあの紋章は、第一騎士団のものだった。
「魂の穢れた前王と、そいつに取り入った売女。生まれた娘は銀髪銀目の忌み子……今や呪われしアンデッドか」
深い蔑みのこもった、凍てつく汚濁のような声音だった。
「貴様を地獄へ叩き帰してくれる。犬の子にふさわしく、泥にまみれて二度目の死を迎えるがいい」
「……許さない」
鼓動を止めたルネの心臓が、どす黒い憎しみの炎で燃え上がった。
何が英雄だ。何が騎士団長だ。
「許さない、許さない、許さないっ!!」
赤刃を構え、ルネは突進した。
呪いの赤刃とテイラアユルが打ち合う。
普通の剣同士のそれとは違う、まるでコインが弾けるような不思議な音がした。
――斬れない……!?
今まで、どんな剣も鎧も呪いの赤刃は容易く両断してきた。
だが、さすがは王国が誇る至高の剣。ルネの赤刃と打ち合っても刃毀れひとつしていない。
擦れ合う2本の剣はギリギリと紅い火花を散らした。
身長差のせいで見上げるような状態になるルネだが、力はほぼ互角。だがルネは、まだ片手だ。
「狼藉もここまでだ」
「そうかな?」
「何っ?」
ルネはこれまでずっと片手で自分の首を持っていたが、それをちぎれた首の上に載せた。
どういう訳かそれはぴたりと収まりくっつく。磁石で冷蔵庫に留めたチラシ程度のくっつき強度はありそうだ。一発食らえばほぼ吹っ飛ぶが、これで左手が空いた。
その手をルネはローレンスの鎧に付ける。
鎧にも魔法の加護を受けているのか、手の平が焼けるように感じたが、耐えるのは一瞬だ。
「≪
バゴン、と重い金属同士を打ち合わせたような音がした。
吹き飛ばされたローレンスはたたらを踏み、辛うじて踏みとどまる。彼は一度、水っぽく咳き込んだ。
「貴様……」
そこそこのダメージが通った、と思ったが、ローレンスに向かって魔力が流れ込むのをルネは感じる。
彼の背後に控える、殻に籠もる亀のように盾を並べた騎士溜まりからだ。
――これは……回復魔法!?
奇妙な陣形の狙いが分かった。
第一騎士団は、並大抵の戦士では相手が出来ないルネを倒すため、単純に最強の戦力を最高の状態でぶつけることを選んだ。
そのための策がこれだ。ローレンスがただひとり戦い、魔術師が補助し、その他の騎士は魔術師を盾で守る。
まさか普段の戦いからこんな奇天烈な戦法を使っているわけではないだろう。ルネの能力を短時間に分析し、それを効果的に最小の犠牲で破る方法を考え出したのだ。
このままだと、どれだけローレンスにダメージを与えても回復されてしまう。
「なら、まずは……!」
いくら対魔法の防御を固めようと、まさかテイラアユルほどの強度は無いだろう。
まずは赤刃によって『亀の陣』を切り崩せばいい。
切り崩そうとした。
だが、鋭い一撃がルネの動きを咎める。
「はっ!」
蒼銀の剣閃。ローレンスの振るうテイラアユルだ。ギリギリで躱しきれず、浅く脇腹を裂く。
既に死んでいるアンデッドの身だから血は流れないが、焼けるような痛みが走った。剣に宿った神聖魔法の聖気によるダメージだ。
「どこへ行く気だ? ……俺の相手はそこまで退屈かな」
兜越しの鋭い眼光がルネを射貫く。
ルネの感覚では、ローレンスから意識が逸れたのはほんの一瞬。刹那と言ってもいい。
別にローレンスを無視したわけではなく、ローレンスを警戒しつつ陣を攻撃していくつもりだったのだ。だがそれでもローレンスは、その隙を咎めてきた。
――装備が凄いだけじゃない、剣が上手い! ……って国最強なんだから当然か。
こいつの相手をしながら、あれをどうにかしなきゃなんないのか!
あるいは補助する魔術師の魔力が尽きるまでローレンスにダメージを与え続けるという手もあるが、はてどれだけダメージを重ねればいいものか。
回復を受けて万全になったローレンスがルネに斬りかかってきた。重そうな鎧をものともしない軽快な剣技だが、手応えは強烈だ。
叩き付けるような一撃を数度、そしてほんの僅か体勢が崩れたところへ必殺の突きが来る。
「くっ!」
赤刃の腹でそれを受けたルネだが、踏みとどまれずに後ずさる。片手で頭を押さえ後ろ宙返りで距離を取った。その着地点は『亀の陣』近く。
着地の瞬間、ルネは『亀の陣』を2,3度斬り付ける。
「ぎゃあっ!」
普通の盾と違っていくらか手応えはあったが、ルネの斬り付けた盾はちゃんと真っ二つになり、それを持っていた騎士もついでに真っ二つになった。
盾の隙間から突き出された槍を躱し、ルネは即座に距離を詰めてきたローレンスの剣を受け止める。
――よし、行ける……!
魔法では力不足だったようだが、赤刃の攻撃はちゃんと通じている。
だが、目の前で仲間が死んでも騎士たちは動揺する素振りすら見せない。
倒れた騎士の穴を、内側で待機していた別の騎士が埋めて『亀の陣』を修復する。
――これは……あと何人斬り倒せば中身に攻撃が届くんだ!?
この中で守られている魔術師を始末しないことにはローレンスは倒れないだろう。
補助と回復の魔法がいくらでも飛んでくる。
いや、それだけでなく、余裕があれば……
「≪
盾の隙間から光が吹き上がった。
『亀の陣』から放たれた幾筋もの光は空中で幾何学的に枝分かれしつつ、ルネを包み込むように収束する。
「ぐっ……!」
横断幕の外套も、辛うじて身につけていたボロボロの下着も全て吹き飛んだ。
白い肌の上に、醜く焼け焦げた後がまだらとなっている。
ダメージはそこまで大きくない。
だが。
「はあっ!!」
衝撃によって動きが鈍る。それはローレンスにとって充分すぎる隙だった。
右肩から左脇腹に掛けて、テイラアユルが深々と切り裂く。
――まずい、結構ダメージ来た……!
血の出ぬ傷口。まだ動く身体。おそらくは痛覚も生前よりかなり抑えられているはず。
しかし、それでも意識の片隅でレッドアラートが点灯する。この一撃は厳しい。
ローレンスが迫る。テイラアユルの輝きをルネへと示すように。
蒼銀の刃に宿るものを示すように。
それはルネにとって、唾棄すべき欺瞞の光だった。
「我らが団結こそ民を守る盾。貴様ごときには破れぬと知れ!」
「許す…………ものかああああああっ!」
ルネは一撃を狙った。
耐久戦はもはや不可能だと、デュラハンとしての戦士の勘が言っている。
鎧の隙間を、ローレンスの……首を!
「あ……」
僅かな時間の攻防。考える余裕などなく、ほとんど本能的にルネは反応した。
結果としてルネの赤刃はローレンスに届かず、ローレンスのテイラアユルがルネの胸に突き刺さっていた。
思考が追いついてくる。
切り結んだ直後、ルネは刃を滑らせるようにローレンスの首を狙った。行けると思った。だがそれは誘いの隙、あるいはフェイントだった。
ルネが取りに来たのと同時、ルネよりも素早く、ローレンスが最後の一撃を見舞ったのだ。
赤刃が、ガラス板の割れるような音と共に消えて、風に散る。
「ああああああああああ!!」
ルネの身体が崩れた。
指先から、足先からひび割れて崩れ落ち、漂白されたように白い灰となって分解されていく。
悲しげに悲鳴が響く。その声は凍てつく風の中、いつまでも大通りに木霊していた。
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