[1-4] Go to 14

 パーティー“夜明けの鐘”が衛兵詰め所を訪れた時、オフィスは既に大混乱のまっただ中だった。


「よう旦那。そろそろ俺の顔が恋しくなってんじゃないかと思って来てみたぜ」

「おお、エラディオ! よく来てくれた!!」


 戦士ファイターのエラディオが声を掛けると、衛兵隊長マンフレッドは五体投地で感謝せんばかりの勢いで四人の冒険者を出迎えた。


 “夜明けの鐘”はシエル=テイラ王都・テイラフライエを拠点に活動する第五等級アデプト冒険者のパーティーだ。戦士ファイターのエラディオをリーダーとして、盗賊シーフ僧侶プリースト魔術師ウィザードという、典型的すぎて逆に珍しい構成。そもそも、僧侶プリースト魔術師ウィザードを両方抱えるというのは理想だが、冒険者としてやっていけるレベルで魔法を使える人材は貴重なのでなかなか実現が難しいのだった。


 “夜明けの鐘”は腕が確かなだけではなく誠実で信用できる冒険者として評判高い。

 衛兵隊から犯罪捜査の協力を依頼されることもあり、衛兵では歯が立たないような凶悪犯を仕留めたこともあった。


「アンデッドが出たとか聞いたが」

「そう、そうなんだ。処刑された奴がアンデッドになったらしい」

「アンデッドったってピンキリだろ。何が出たんだ? なんか『デュラハンが出た』とかいうバカみたいな噂まで聞いたぜ」


 ピエールがうんざりしたような顔で言う。

 盗賊シーフのピエールは最年少で20ちょっとだ。目上の者や年長者相手にも人を食ったような態度を取るお調子者だが腕は確かで、エラディオの言うことだけは聞く。


「分からない。まだ情報が混乱していて……」

「つっかえねーなー」


 溜息をつくピエールに、マンフレッドは申し訳なさそうな顔をするが、溜息をつきたいのは彼の方だろう。


「現場には騎士が居たんだろう。アンデッドの1体くらい倒せないものか?」

「そのはずだが……無事に逃げたという情報は無い」

「曲がりなりにも騎士だろ。そいつらを薙ぎ払う強さのアンデッドがねえ……」


 腕を組んでエラディオは考え込む。


「ジジイ、どう思う?」

「さてさて……」


 長い杖を持ち、山高帽を被った白髭の老人が首をかしげる。

 魔術師ウィザード。本名不詳。自称他称通称・ジジイ。彼の名前はエラディオすら知らない。ひょうきんな好々爺という印象だが、どこか得体が知れない。だがエラディオにとっては10年来の付き合いで、大切な仲間だった。


「処刑された死体から自然発生でそんな強力なアンデッドが出てくるとは思いがたい……が、あらかじめ何かの呪いを仕込んでおいたとすればあり得る。気付かずに処刑した騎士団の落ち度じゃな」


 珍しくジジイがちょっと見下したような手厳しい物言いをした。


「分かった。つまり、あってもおかしくないんだな」

「んー、でもデュラハンってせいぜい第五等級アデプト相当だし、俺らなら行けるだろ」

「まあな……ならデュラハンが出てると思って行動しよう。いいな?」

「うむ」

「ですね」


 最後に応じたのは僧侶プリーストのヴィサである。糸目が特徴でいかにも生真面目そうな、かまどの神に仕える神官だ。

 法衣を着てこそいるが、どちらかと言うと戦士ファイターのようなガタイをした男で、メイスのような彼の錫杖は殴打武器としての性質も持ち合わせている。アンデッドには特に効果が高く、ヴィサの力があればスケルトンの2ダースくらい魔法抜きでも殲滅できる。


「死してなお神の懐で安らげぬ哀れな者。これ以上苦しまぬよう、一刻も早く滅せねば」


 外見通りの真面目さでヴィサはそう言った。

 アンデッドは憎み滅するべき対象と思われることが多い(聖職者からもだ)が、ヴィサのように道理を知る者にとっては哀れむべき存在だった。


「なんであれ問題はパニックが起きていることだ。逃げ惑う人々が折り重なって倒れたりして、魔物が何もしてなくても犠牲が出てる」


 マンフレッドは弱り切った様子だ。

 いくら衛兵が静止しようと、パニックに陥った群衆には通じない。魔物だけでも脅威なのに、おまけに人のせいで人が死ぬなんて堪え難い事態だろう。


「ふん。街中みんなに掛けてやるのは無理じゃが、もし行き当たったら適当に≪沈静カルム≫を掛けてやるとしよう」

「頼むぞ、ジジイ」


 エラディオがそう言った時、オフィスに衛兵がひとり駆け込んできた。


「居場所が掴めました! 西大通りです!」

「よし! 精鋭を率いて出撃する。エラディオ、礼によって後払いで済まないが……」

「気にすんな。その代わり、もしデュラハンだったら報酬弾めよ!」

「もちろんだ」


 マンフレッドは部下を呼びに慌ただしく出て行った。


「……処刑、のう。今日のこれをどう思う」


 マンフレッドを一旦見送ったところで、ジジイがぽつりとこぼす。

 誰に問うともない言い方は、全員に向けたものだ。


「野蛮ですね。ここまでする必要があったのか私は疑問です」


 ヴィサはきっぱりと非難した。人の善性と正義を信じる彼からすれば、あってはならない出来事だったようだ。


「そーかあ? 非道いか非道くないかで言や非道いんだろうけどさ。

 みんな連邦と連邦びいきの王様にゃ思うとこあったわけでさあ。そのお妃と娘がこういう目に遭うのも、まあ当然の報いってやつじゃねえの?」


 ヴィサとエラディオは流れ者、ジジイは出自不詳だが、ピエールはこの国の生まれだった。

 ピエールは頭の後ろに手を組んだまま、皮肉げに笑っていた。


「ふたりは兵ですらないのじゃぞ」

「同じだ同じ。じゃああれだ、連邦に毟られて悲惨な目に遭った人らはどうなるんだっての。何人も死んでるだろ? その間、国の金でぬくぬくと生きてた奴らが……」

「知ったような口を……」

「よせ、ジジイ。ピエールもそこまでだ」


 エラディオはジジイを諫めた。今日のジジイはなんだかいつになく感情的だ。


「俺としちゃ今日の件がどうこうってより、まずうちが仕事続けてられるかがちっと気になるよ。例えばあの調子で、『前王次代からの官吏だから』とかってマンフレッドの首切られたら困る」

「そりゃそうだけど、さすがにそうはなんないだろ」


 エラディオは慎重に、処刑に関して自分の意見を言うのを避けた。

 メンバー内で意見が分かれた時、リーダーがどちらかに荷担するのは余り望ましくないというのがエラディオの考えだった。


 ちょうどそこでマンフレッドが戻ってきてエラディオはホッとした。


「待たせた。……頼りにしているぞ」

「ああ」


 短く声を交わし、ふたりは拳を打ち合わせた。


 * * *


 悲鳴が飛び交う市街を、衛兵隊の精鋭たちと“夜明けの鐘”は駆け抜けた。


「居たぞ!」


 先行する衛兵が声を上げる。


 前方の交差点に大勢の人が倒れていた。ある者は切り裂かれ、ある者は丸焦げになり。

 その中心にひとりの少女が立っていた。

 いや、それを少女と言っていいものか。


 美しい銀髪銀目。シエル=テイラ特産の白薔薇の花びらのような肌。

 身体には外套のようにボロ布を巻き付けていて、そこには人の血で描かれたと思しき薔薇の紋章が刻まれていた。

 彼女は右手で血を押し固めたような真っ赤な剣を、左手で自分の首を持っていた。


「おい、マジでデュラハンかよ……!」

「おお……!」


 ピエールが悪態をつき、ジジイが感心したような声を上げる。


「≪聖別コンセクレイション≫!」


 ヴィサが神聖魔法を行使する。錫杖から光が放射状に広がると、皆の装備が淡い光を放つようになった。


「よし、お前ら! これで大丈夫だ!

 神の祝福を受けた剣はいかなるアンデッドをも倒し、盾と鎧は攻撃を寄せ付けない! 恐れるな! 背中を見せればかえって危ないぞ! 最悪、騎士団の出動まで持ちこたえろ!」

「「「応!!」」」


 エラディオが鼓舞すると、周囲の衛兵たちがそれに応えた。

 既に剣を抜いていた彼らはアンデッドの少女に斬りかかる。


「かかれえっ!」


 マンフレッドが先頭を切った。

 彼は王都の衛兵長を勤めるだけあって、冒険者だったら第五等級アデプトくらいにはなっていたであろう腕前の持ち主だ。普段はデスクワークや地道な犯罪捜査も多いが、いざ荒事となれば熟練の冒険者にも引けを取らない。


 だが。


「え……?」


 エラディオは目の前で起きたことが信じられなかった。


 少女が舞うように深紅の刃を振るった瞬間。

 剣の練習に使うワラ束みたいに、マンフレッドがすっぱりと斬られていた。

 マンフレッドの剣も盾も鎧も身体も、全てが何の抵抗も無く斬り裂かれた。


 さらに続く2,3名がバラバラにされ、生き残った衛兵は距離を取る。


「ヴィサ! 本当に≪聖別コンセクレイション≫掛かってるのか!?」

「掛かってますよ! なのに……どうして!?」


 戸惑った様子でヴィサが叫び返す。


 ≪聖別コンセクレイション≫は対象の物品や人に加護を与える神聖魔法。

 エラディオが言った通りで、加護を受けた武具はアンデッドに対し高い効果を発揮する。

 アンデッドの攻撃は通さず、堅い相手にも容易く刃が通るようになる、はずだった。


 もちろんレベルが高すぎる相手には防御を固めた以上の攻撃力で貫かれてしまうわけだが……


 ――だって、待てよ! 田舎の自警団じゃないんだ、≪聖別コンセクレイション≫抜きにしたってちゃんとした装備してんだぞ! それを貫くってどういう武器だよ!?


「……≪聖光の矢ホーリーアロー≫!」


 ヴィサが神聖魔法による攻撃を放った。

 錫杖から光の矢が生み出され、幾本にも枝分かれしながら少女のアンデッドへと殺到する。

 使い勝手の良い魔法攻撃。魔物には効果大、アンデッドには更に効果大だ。

 だが、少女はそれをひと睨みすると……全く無防備に受けた。


 光が弾けた。

 外套のようなボロ布に穴が開いて、さらにボロボロになった。

 その下、花弁のような少女の肌が焼け焦げている。

 だが、それはまるで時が戻るかのように再生されていった。


「馬鹿な!」

「この位のダメージなら問題なし、か……」


 何かを確認するように、少女が身体を撫でた。

 アンデッドが再生能力を持っているのはそう珍しくもない。だが、神聖魔法の直撃を受けて平然としているとは。そもそもダメージが足りていないのだ。


 ――なんてこった……! なんつーレベルのアンデッドだよ!


 愕然とするエラディオに、いやエラディオ達に向けて少女は剣を向け、何事か唱える。


「≪痛哭鞭ペインウィップ≫」


 少女の腕から幾筋も、闇色の雷が迸った。


 あっ、と思った時には、闇色の雷がヴィサを直撃していた。

 ピエールは自分に向かって飛んできた魔法弾を躱したが、闇色の雷は空中で急ターンしその背中を穿つ。

 鎧が重いせいで出遅れていたエラディオと、後方に下がっていたジジイだけが射程外で無事だった。


「あ、あがぎゃああああああああ!!」

「うぎいいいいいい!?」


 悶絶しながら全身をかきむしった末、ふたりは倒れた。

 苦悶の表情を顔に貼り付け白目を剥いたまま、彼らは事切れていた。


 同時にいくつか悲鳴が上がる。

 空中で分岐した雷が衛兵たちにも襲いかかり、仕留めていたのだ。


「ふーむ、これでも殺せるな。低級の魔法で省エネしつつ戦うって手もあるのか」


 のんきに自分の所行を評価する少女の声が、エラディオにはそら恐ろしかった。


 ≪痛哭鞭ペインウィップ≫。

 その魔法をエラディオは知っている。呪いの力によって激痛を与える魔法だ。その苦しみはエラディオすら泣き叫ぶほどで、個人的な『二度と食らいたくない魔法ランキング』上位だ。

 だが、主眼はその痛みによって行動を制限すること。一瞬でショック死するほどの苦痛を与えるなど、どれほどの魔力を持っていればできる事なのか。


 ――くそっ……! ピエール! ヴィサ……!


 これほど高い魔力を持ち、魔法を操るデュラハン。

 エラディオはそんなもの聞いたこともない。


「ジジイ……魔法を使うデュラハンって心当たりあるか。上位種とか」


 一歩一歩こちらへ近付いてくる少女から目を離さないよう、剣を構えながらエラディオは聞く。

 答えは無い。


「……ジジイ?」

「お母上に生き写しじゃ。お美しくなられた。ジイは哀れでなりませぬ」


 ジジイが杖を構えて前に出た。少女の歩みは止まらない。


「……ルネ様。どうか安らかにお眠りくだされ! ≪浄炎(クリナイズファイア)≫!」


 ジジイの杖が炎を吹いた。

 ≪浄炎(クリナイズファイア)≫。アンデッドなど不浄のものに高い効果を発揮し、霊体にすらダメージを通す高位の火属性元素魔法だ。

 おそらく全身全霊、つぎ込めるだけの魔力をつぎ込んだと思しき巨大な炎が視界を埋め尽くし、少女のアンデッドめがけて猛進する。


 だが。


「≪氷嵐ブリザード≫」

「ぎゃああああ!!」

「ジジイ!」


 その炎は、凍てつく氷礫の嵐によって容易く食い破られ、吹き散らされた。

 勢い余ってジジイめがけて吹き付けた氷の魔法は、その五体を引き裂き、氷づけの挽肉ミンチと化した。


「なるほど、反対属性の魔法なら相殺し合って防御しつつ殺せる、と……

 あれ、でも風と地も反対属性だっけ? 地属性は物理っぽい魔法が多いみたいだし、風で相殺するのちょっとキツいかなー。

 砂嵐の魔法とかもあるけど、あれ理論としてはどうなってんだろ……」


 ぶつぶつと独り言を言って、少女は自分の戦いを分析していた。

 戦場にあってあまりにも悠長な態度だが、しかし、これはただの強者としての余裕だ。


「さて。こいつはちょっといい装備してるけど、ちゃんと斬れるかな?」

「ひっ!」


 ついに一人きりになったエラディオの方を少女が見た。

 片手に自分の首、片手に血のような剣を持ち、彼女は向かってくる。

 冒険者を始めたばかりの頃、初めてゴブリンに遭った時のようにエラディオは震えていた。


「せ、背中を見せればかえって危ない……背中を見せればかえって危ない……」


 自分の言葉を呪文のようにエラディオは繰り返していた。

 緋色の、閃光が。


「背中……せ……なか……」

「よし、バッチリ」


 血の泡がエラディオの口からこぼれた。ほんの一瞬で少女はエラディオに寄り添うような位置まで踏み込み、深々と剣を突き刺していた。

 オリハルコンの鎧を貫いてエラディオの腹を串刺しにした少女は、紅い剣をそのまま何の抵抗も無く上へと振り上げ、エラディオを真っ二つにした。

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