[1-3] ゼロデイアタック被害者の会
最初に異変に気が付いたのは、処刑人のカーレであった。
処刑人というのは大抵、賤業として忌み嫌われる。
だがカーレは自分の仕事に誇りを持っていた。誰かがしなければならない仕事なのだから、と。
それに公開処刑において、処刑人はヒーローだ。割れんばかりの大歓声の中で仕事をするのは、やはり心地よいものだった。
カーレは政治には興味が無い。雲の上の人々が頭の悪いことをしているだけ、と考えている。
だから、処刑の対象が前王の妃と前王の捨てた娘だと聞いても、特に何とも思わなかった。きっとこの親子を殺すことはどこかの誰かにとって意味があるのだろう。カーレにとってはいつもと同じ、ただの仕事の依頼だ。
ギロチンを2つ落として、それで終わり。そのはずだった。
歓声のせいで聞き逃しそうだったが、カーレはすぐ足下から奇妙な音がしたのに気付いた。
首を落とされた少女の身体。それを処刑台に拘束していたはずの枷が、弾け飛んでいる。
壊れてしまったのだろうか。
……いや、違う。
首を失ったはずの身体が、ゆっくりと起き上がり始めた。
力尽くで拘束を引きちぎったのだ。とんでもない怪力だ。
この異常事態を見てもカーレは慌てず、すぐさま背負っていた処刑斧に手を掛けた。
カーレは処刑斧で死刑囚の首を切るのが主な仕事だ。幼い頃から父に仕込まれた腕前は、三十路過ぎにして既に円熟の域に達している。
最近はシエル=テイラでもギロチンが使われるようになり腕を振るう機会はめっきり減ってしまったが、それでも斧を持ち歩いているのは時折発生するアンデッドに対応するためだ。
無念の思いを抱えて死んだ死刑囚がその場でゾンビのような低級アンデッドとして復活することは、珍しいものの無視できない頻度で存在する。
そんな時に始末するのもカーレの仕事だ。
――まったく……! だからちゃんと神官を呼べと言ったんだ!
心中、カーレは毒づく。
神官によって処刑の前に場を清め死刑囚を弔うのが正式な作法。アンデッドを発生させないためでもある。
だが騎士たちはそれを許さず、カーレの意見具申を却下した。国賊を殺すのだからちゃんと弔ってやるなど論外だ、冒涜の限りを尽くしても足りないと言ってきたのだ。
案の定このざまだ。尻ぬぐいをさせられるカーレはたまったものではない。
それでもカーレは自分の斧の一撃でアンデッドは滅ぶものと疑わなかった。
振り下ろした斧が動き出した死体に当たる、その瞬間まで。
地面に斧を打ち付けたような奇妙な手応えだった。
――なに……!?
全力のフルスイングだったのに、大の男の首すら落とす処刑斧の一撃は、少女の身体を浅く切り裂いただけだった。
そして、カーレは見た。
傷だらけでボロボロだったはずの少女の肌が、見る間に艶めいていくところを。
ギロチンで落とされた首から生えるボサボサの銀髪が、美しい銀の輝きを宿すのを。
「おい! 何かおかしいぞ! おい!!」
カーレは叫んだ。歓声を受けて『正義は為された』とか『新たな夜明け』だとか吠えている処刑台上の騎士に向かって。
大騒音の中で大声を出している騎士には、カーレの声は届かない。数度怒鳴り直してようやく騎士はうるさそうに振り返った。
その時には、全てが手遅れだった。
いや、カーレがその時そう思っただけで、全ては最初から手遅れだったのだ。
緋色の閃光が走り、ギロチンが
刃を収めたレールが両断され、三分割されて処刑台の周りに降り注ぐ。
悲鳴が上がった。数人が下敷きにされたようだ。
だが下を見ているどころではなかった。カーレだけでなく、群衆のほとんどもそんな状態だった。
あんぐりと口を開けて見ていた。
処刑台の上に浮いた、あり得るべきでないものを……
――なんだあれは? なんだあれは!?
死刑囚の少女が、ふわりと宙に浮いていた。彼女は切り飛ばしたギロチンの枠の上に降り立つ。
首無しの体が長い銀髪を掴んで自らの首を持っていた。もう片方の手には切っ先から柄まで真っ赤な剣。巨大な宝石を削り出したようでもあり、血がその形を成したようでもあった。あれでギロチンを切り裂いたのか。
群衆が掲げていた『売国奴に死を!』という横断幕が、ふわりと風に巻き上げられて少女の身体を覆う。彼女は外套のようにそれを纏ってボロボロの下着姿を隠した。
首無しの騎士とでも言うべき姿。
そのアンデッドについてカーレは心当たりがあった。
――デュラハン……!?
それは、処刑場から生まれるなんてあり得ないはずの高位アンデッドだった。
人を死に至らしめる『呪いの予言』をする力を持ち、強大な戦士でもある。ベテランの冒険者パーティーがようやく1体を相手に出来るというレベル。
もっとも、幼女の姿をしたデュラハンなど聞いた事も無いが……
だが、そのデュラハン(仮)はさらにカーレの予測を超えた。
空中から群衆に向かって剣を突きつけた彼女は、ブツブツと何事か唱える。
それが魔法の詠唱だとカーレが気付く頃には、彼女は詠唱を結んでいた。
「≪
平坦に、役人が淡々と書類を読み上げるような口調で彼女はそう言った。一切の感情がこもらない子どもの声とは、これほどおぞましいものかとカーレは戦慄した。
カーレの知らない魔法だったが、それが攻撃魔法であることは分かった。
剣から飛び出した何かが群衆のど真ん中で炸裂し、後には死体だけが残ったからだ。
「え……?」
あまりにも簡単に大量の人が死んだので、何が起こったかカーレは最初分からなかった。
ドフッ……と粉っぽい音を立てて、血のように赤黒い霧が一定範囲に吹き上がり、その中に居た人々が、立ったまま干からびた死体と化していたのだ。
骸骨に人皮を貼り付け、服を着せたようなものが数十と並んでいた。それらはやがて力なく、雪でぐちゃぐちゃの石畳の上に倒れた。
「きゃあああああああ!!」
「うわあああああああ!!」
生き残った群衆が悲鳴を上げ、一斉に逃げ出した。いくつかある広場の出口に殺到し、蹴倒し合い、潰し合い、まだ何があったか分からずに居る後方の見物人とぶつかり合う。何かの拍子に倒れた者はそのまま踏みつぶされて血まみれの肉塊と化した。
「ふーん。これが魔法かぁ……」
頭上の少女が呟くのを聞いて、カーレは血の気が引いた。
彼女にとってこれは、ただ自分が何ができるか確かめただけ。カーレが仕事の前に素振りをして肩の調子を確かめるのと同じだ。
たったそれだけで、数十、下手をすれば三桁の人間が死んだ。
「じゃあ次は、剣を試してみようかな」
宙に立つ少女が真下を見た。……正確には、左手に掴んだ自分の首を下に向けた。
そのあまりにも穏やかで楽しげな視線を受けて、カーレは痺れたように思った。
カーレは初めて人の首を切った14の夜、相手は死んで当然の極悪非道の連続殺人鬼だったのに、人を殺したという重圧に耐えかね一晩中泣きながら吐き続けた。
だがこの少女はどうだ。あれだけの死人を出したのになんとも思っていない。それどころか、楽しそうだった。あるいはこれがアンデッドというものなのか。
――だめだ。これは化け物だ。俺などにはどうしようもない……!
少女の視線の先に居るのは、死刑囚ふたりを引っ立ててきた数人の騎士とカーレくらいだ。
処刑台の上から熱弁を振るっていた騎士は、ようやく震える手で剣を引き抜こうとしているところだった。
カーレが処刑斧を構えるのとほぼ同時。宙を蹴って少女が踊った。
血のような赤い剣が目にもとまらぬ早業で振るわれる。その剣技は、まるで舞うように軽やかだった。
カーレの目の前で、騎士が立ったまま解体された。
鎧ごとブツ切りにされた騎士の身体がびちゃびちゃと雪の上に落ちた。
「くそっ……!」
もうどうにもならないと思ったカーレは少女に背を向け処刑台を飛び降りた。
だが、そんなカーレの視界を、赤い剣の切っ先が横切った。
背後から首を刈られたのだと気がついた時には、カーレの首は身体を離れ、子どもが蹴り上げた鞠のように宙を舞っていた。
――なるほど。首を切られるってのは、こんな気分なのか……
雪の中に突っ伏した自分の身体を首だけで見下ろしながら、カーレの意識は闇に落ちた。
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