第6話

レド軍港の自治警備師団に向け、天使が落ちたとの垂れ込みがあったのは、今朝4時のことだった。


「監視データを確認しろ。カメラは、そうだ、そこの位置。G3の…、4番だな」


レド軍港の北に建てられた監視塔、映像機器に埋もれた室内には、配管や配線の隙間を縫って置かれた粗末なアルミチェアをベッドにして、仮眠をとっていた数人の警備兵がいた。


情報を受けた主任は彼らを起こし、引継ぎ間際の厄介ごとを恨み節に片付けようとしていた。

夜勤警備で眠たい目を擦り、あくびを抑えながら、設置カメラの映像を切り替えていく。

あっ、と警備兵の一人が声を上げる。


まだ明けない夜の空に、ぽつんと、白い何かが写っている。


「解像度を上げろ、拡大して。そう、そこのタブのツールから、自動処理、そうそれ」


たどたどしくパネルを触る兵士に、苛立ったまま指示し、出来た画像を確認する。

女だった。

この広い空に、たった一人で落ちている女。


「これは…。おい、すぐに警団長に連絡しろ」

「は、はいっ」


背後の慌てた兵士の足音が途切れる。

振り向けば、既に警団長ザメル・ゴーダンが開いた戸に立っていた。


軍塔直卸の大型戦艦発注が水泡と化し、沈みかけたレド空域の立て直しを図ったとして有名なこの男は、いつものように外殻式装甲服を身に付け、眼帯に、口元と顎に蓄えた白髭の装いである。

だが、イカめしいその軍装に反して、頬がこけ、具合の悪い肌の色は不調和で、威厳よりも不気味さを際立たせている。


「こ、これは、ザメル警団長。お早いご出勤で」

「さて、何処に落ちた」

「い、いえ。こちらもまだ確認できたばかりで、その…」


ザメルは主任の狼狽ロウバイを意に介さず、パネルへ近づく。

その後ろには、髪がなく、またも不気味な白い肌の女が付き従っている。

ザメルの視線は一瞬、壁に掛けられている安時計に向いた。5:37と示されている。


「全街の非常措置、特例の監視対応の進捗は?」

「既に」


女の簡素明瞭な応答に、満足そうなザメルは顎をさすって逡巡シュンジュンする。


「潜伏先は絞れるか?」

「いえ、災害相当の分類にあたりますので、読み切れません」

「そうか、であれば、レドの背神者リストを確認しろ」


警備兵が驚いたのは、女は直立姿勢のまま、そのザメルの質問に答えたことだった。


「7つの該当があります」

「その中で最近、いや、この3ヶ月間で、生存の定期監視報告がある者は?」

「現在は、3つです。識号で、No.192, 99, 425が該当。No.425は、先月、ブローワークの違法斡旋アッセンを主導したとして連行されています」

「はっ、そうだった、そうだった。では、残りを見張っておけ。決して、まだ動くなよ。それなりの武装がいる。自警団ごときでは、これは難しいが、万が一のこともある」

「報告は、いかがいたしましょう」

「軍への報告か? まだいい。どれも、隠れ場所が分かってからだ。それに」


ザメルはわざとらしく生やしている口ひげの先を摘まみながら、主任へ視線を送る。


「技術者の悪戯という線もある」

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