通学路

加藤旭

第1話 通学路


 ある日、僕は通学していました。

それはもちろん、恋人に会うためです。学校に行くのはおまけでございます。

授業、部活動なんてもってのほかで、ただ恋人のために通学します。

いつだって、動機はシンプルです。

いいですか、なんども言ウゾ。シンプルイズ恋人。


-

さぁ、ここで通学路の景色が変わってきます。何もない真っ黒だった通学路が色とりどりの色に染まり、鳥の鳴き声まで、まるで僕と恋人を祝福してくれるようです。

学校が近ずいてきました。いや、遠のきました。一体、僕に何が起こったのでしょう。そうです。あなたの思い描いていた展開です。


-


僕はあまりの興奮に家に帰るという選択をしました。

もし、学校に着いたら、今まで楽しみにしていた過程の時間が泡のように消える。これは怖い。恐怖と不安がタッグを組んで、僕を襲ってきます。

せっかく予約が取れたレストランをドタキャンするようなものです。

楽しみにしていたロックバンドのライブに行かず公園で一人でダバダバしてどんぐりを43個集めた、器をみて、達成感に浸ってるようなものです。

全くもって、楽しみが全部、地獄に行きました。あぁ、そうか。これが奈落。

自分で選択したのに、数秒前の僕を殴って早く学校に行けと言いたい。

帰路の中、僕はあることに気がつきました。

そもそも、恋人は学校にいないのでは?

そうです。そうでした。これは盲点です。僕は夢でも見ていたのでしょうか。

さて、ここでさらに考えます。思考の迷路に入りました。

もしかしたら、恋人も同じような考えをして、帰路についてるのではないでしょうか。

間違いありません。僕と恋人は二つで一つ。一心同体です。

二つの体が一つになり、ようやく完全体人型生物に進化するのです。

つまり、

僕の心が帰路に向いた時点で、恋人も帰路に向いています。

だんだんと、地獄から這い上がってきました。一瞬前の僕の肩に手を添えて

「大丈夫だ。数秒後にはお花畑が見える。安心しろ。」

そう、言いたい。まるで昔からの親友のような立場で言いたい。

瀬戸際でいつも良いタイミングの声をかけてくれるアイツになりたい。

ちょっと待ってください、大事なことを忘れていました。

僕は社会人で実は恋人は同じ会社にいる。

またまた、盲点でした。もう懲り懲りかと思いましたが、また地獄です。

現実に神も仏もありません。ただの、妄想でした。

妄想?

冷や汗が出てきました。

僕にはそもそも、恋人がいない。


さっきから思索しながら歩いているせいか、汗も出てきました。わきがじんわり暖かいです。心なしか、足が痛いです。膝のあたりと、足の甲がなんか痛いです。胸も痛い。まるで穴が開いてるようです。本当に体が痛いんでしょうか?違います。


心が痛いです。

少し涙も出てきました。もう嫌です。家に帰ります。早いとこ、布団に入ります。

全て現実を忘れ、家に帰ります。

僕は薄れいく意識の中、目の前に広がった赤い水たまりを見ながら、考えました。

---


ある日、私は通学していました。

今日はとってもいい日です。晴天だし、月経も終わったし、最高です。

良いことって雪崩のようにきますから。朝のお通じだって今世紀最大のブツが出ました。自分で見て、ガッツポーズしました。イエス!

さぁ、私がこんなに浮かれているのは、理由があります。

それは、

学校には恋人がいます。


そうです。これです。女なんて、これだけで幸せなんです。

食欲も大事ですが、性的欲求を満たしてくれるパートナーが最高の幸せなんです。

私の足取りは軽やかです。いつもより少しメイクが派手です。

頬に可愛くチーク塗って、リップは真っ赤です。


もう心は最高潮です。ちゃんと一番の勝負下着を履いてきました。いいですか。

この辺りは私は抜かりないです。

昨晩、しっかりとムダ毛も剃ったし、完璧です。いつになく、段取りがパーフェクトです。

私は今日のために、しっかりと昨日、某インターネット掲示板に

-明日の恋人は今日の愛-


というスレを立てましたから。このタイトルには某インターネット掲示板の住民も

「素敵ですね!ところで、オススメの本があるんですが。」

「うp主はおそらく14歳。初恋で浮かれて撃沈する流れ。」

「age」

「画像うp」

「愛とか気軽に使うなks」

「ガキは寝ろ。」

という反応があった。これ以上見てると、愛が冷めそうだったからそっと閉じた。

これも愛だ。うん、きっと愛だ!

違う。違う。私がしてるのは恋だ。

そんなことを考えながら、見慣れた通学路に違和感を覚えた。

今日は雨だ。

あまりの上機嫌で、雨が降ってるのに、晴れていると思ってしまった。

これはまずい。まぁでも?私晴れ女だし。平気っしょ?


頭上の暗雲から、近くの木に稲妻が落ちた。

私はその衝撃で気がついた。


これは学校に行く天気じゃない。


そうだ。うっかりしていた。周りを見渡すと誰もいない。そうだよ。そりゃそうだよ。なんでこんな嵐の中、私は制服を着て恋人がいる学校に向かっているんだよ。

私は急いで帰路についた。

冷静になって考えてみると、重大なことに気がついた。

そう。読者の方も気がついているかもしれない。

私の恋人は今、帰路についている。


そうだよ。指摘してくれよ。見てたんだから。

私は一刻も早く家に帰ることにした。そうだ。恋人は学校にいるんじゃないだよ。

そうだ。

一応某インターネット掲示板を見ておこう。

「スレ主不在?ツマンネ」

「雨やばくね?屋根飛びそうなんだが」

「藁でできてんのかよお前の家。レンガで作れよ。」

「レンガとかさみいだろ。ダンボールの方がいいぞ。」

「完全に同意。ダンボール肉まんが至高。」

「久々に聞いたwwwww。」

「kwsk。」

どうしよう。全然違う話してる。私はそっと閉じた。なんかちょっと愛が怖くなってきた。どうしよう。なんで、私は嵐の中、変なスレ見てるんだろ。誰だよ。これ立てたの。私だよっ。てね。座布団一枚持ってって。

それよりも一刻も早く帰路につく。

そうだ。冷静になって気がついた。


私は社会人で、恋人は同じ会社にいる。


気が動転していた。ハイだった。そうだ。女子にはよくある。なんか楽しくなっちゃうんだよ。ワクワクしすぎて。


身体中を寒さが襲う。雨が顔に当たり、どんどん冷えていく。足はぬかるみ、最悪の感触だ。心なしか、体全体が氷のように冷たい。冷たさは痛みを生む。しかし、本当に痛いのは体だろうか?


違う。心が痛い。


ついに、倒れてしまった。泥でぬかるんだ大地が私を受け止めた。

あまりのひどい状況に、桃源郷を見ていたようだ・・・。これが現実か・・・。苦しい。口の中には泥が入り、とてもジャリジャリしている。

「ここで、お昼のニュースです。昨夜、日本を襲った異常気象は甚大な被害をもたらしました。死者は未だ測定できず、経済損失も計り知れません。」



---


拙者は黒猫。

古来より、死者の魂をあの世へ持っていく役割がある。

拙者は現実とあの世の間の岐路にいる。


拙者のさじ加減で、魂を天国か地獄かを決める。

しかし、ここ最近あまりに魂が多くて、困っている。好物の煮干しを食べる暇もない。


どうやら人間の世界で大きな災害があったようだ。おかげで大忙しだ。

300年に一度ほど起こるのだが、この時期は本当に大変だ。


僕「あの、黒猫様。僕はどこに行けばいいですか?」

黒猫「貴様は、現世で別段悪いことも、良いこともしてないな。天国でいいぞ。」

僕「いえ、あの。天国じゃなくていいので、恋人にあわせてください。」

黒猫「む?変わったやつだな。天国ならそんなもの気にせずともいいのだぞ。」

僕「はい。でも恋人に会いたいんです。どうしても言い残したことがあって。」

黒猫「うーむ。その恋人が生きてる保証はないぞ?」

僕「可能性が少しでも、あるならいいです。」

黒猫「し、しかしだな。うーんこれは参った。こんなのは初めてだ。どうしたもんだ。」

僕「黒猫様。どうかご慈悲を。わがままを承知で言っております。」

黒猫「天国に行けば、お前の悩みなぞ忘れてしまうし、地獄に行けば、もっと辛いことが起こる。それ以外はない。それ以外を提案したのはお前が初めてだ。」

僕「地獄でもいいです。だからお願いします。魂なんていりませんから、あげます。僕が求めているのは恋人との時間だけです。」

黒猫「私に魂を売るというのか。はっはっは!気に入った。いいだろう。恋人がいる世界に戻してやろう。」

僕「ありがとうございます。ご恩は忘れません。」


---


白い病室の壁が見える。

私は・・・。ここは、どこだろう。

看護師「あ!目が開いた!先生!」

一人の女性が慌てて、病室を出た。


私の全身にたくさんのチューブが繋がっている。

心電図には、脈拍が40と出ている。


私「もう、長くないのか・・・。身体中痛い・・・。動けない。」

先ほど、出て行った看護師が帰ってきた。

看護師「先生、この方です。」

先生「よし。意識を取り戻したか。大丈夫だ。きっと治るから。唯一の生き残りだ。」

何やら、大ごとだ。

そこからは意識が消えてしまった。

次に意識が戻ったのは、3ヶ月後だった。


---


ここは病院のナース室。

お昼のニュースが流れる。

「千葉県を襲った異常気象は、90万人もの犠牲者を出しました。経済損失はおよそ、5000億円。国内外から寄付金が集まっており、寄付金は1兆円を超えました。」

看護師A「すごかったね。ほんと。あの災害。」

看護師B「うん・・・。ねえ知ってる?」

看護師A「え?なに?」

看護師B「その生き残りがこの病院にいるって。」

看護師A「え?本当に?大ニュースじゃん!」


---

私「ぐ・・・。」

頭に冷や汗が出る。その汗が頬をつたり、地面に落ちる。全身がまるで違う体のように痛い。ただ、棒をつたって、歩くだけなのに、とても辛い。

私は、異常気象からなんとか一命をとりとめた。なんでも、奇跡的に救急隊の方が発見してくれて、助けられたらしい。


なんでも黒猫がうろうろしてる土砂があり、そこに私は埋もれていたらしい。いまだに遺体が見つかってない人もいる。

あまりに体の組織が壊れていたため、リハビリはいまだに終わらない。


看護師「彩香さん。お疲れ様です。だいぶ、動けるようになってきましたね。」

彩香「はい・・・。体のほうは順調なんですが。でも、もうテレビのインタビューはうんざりです。」

看護師「そうですよねぇ。病院側もメディアには釘をさしてるんですが。」

私は災害からの行きの残りとして、取材したいという人が山ほど見舞いに来る。

あまりに、見舞いの品と来客が多いため、私は、個人の病室にうつされた。

一体、どうなってるんだろう。

私はなんで生きてるんだろう。


家族も友人も、地元の友人もみんないなくなってしまった。

もともと、あまり多くない私の家族もいなくなった。天涯孤独の身だ。

看護師「あと3ヶ月もすれば、退院して社会復帰できそうですね。彩香さんなら大丈夫ですよ!」

屈託のない、白衣天使の笑顔が、なぜか恐怖を掻き立てる。


これ以上、生きたって意味なんてないのに。でもなんだか忘れていることがある気がする。

窓に映る、公園を見る。この公園には黒猫が住んでいる。

看護師さんが、あの公園は自然豊かで見ているだけで面白いから。と双眼鏡を病室に置いて行ってくれた。

上からしか見たことないが、どうやら黒猫はこちらを見ているようだ。


彩香「あの猫、あそこに住んでるのかな・・・。野良猫だとしたら、随分いい毛並みだなぁ。黒猫って不吉なイメージだけどなぁ。」

私の楽しみの一つに、その猫はなっていた。

3ヶ月後、私は無事退院した。喪失感から来るうつ病もよくなった。

こういう時は時間が解決してくれるな。

そして、私は退院したらいく場所があった。あの公園だ。

確か、この辺りに・・・。

私は公園を散策していた。上から見ていたせいか、池の場所、綺麗な花の咲く場所が手に取るようにわかる。

黒猫「・・・。」

彩香「あ。いた。」

いつの間にか、目の前に黒猫が現れていた。

彩香「え?どこに隠れてたの?」

黒猫「・・・。」

黒猫は何も言わず、私にすり寄って、私の足のあたりに自分の体を擦り付けている。

彩香「猫に話してもわからないか。なんかね。君見てると落ち着くんだ。」

心なしか、黒猫は寂しそうにこちらを見ていた。

30年後

私は、年老いた。結婚もせず、政府からもらえる年金で生活し、あの日からずっとそばにいる黒猫と自宅にいる。たまに執筆活動したりで、ありがたいことに仕事はあった。実はベストセラーになった作品もある。


彩香「本当に、お前は不思議だねぇ。ご飯も食べず、水も飲まず。にゃあともなかず。結局最後までいたのはお前だったねぇ。」

黒い毛並みを触る。黒猫はとても嬉しそうだ。

彩香「あの世があるか、わからないけど、どうやら、お前とはなんだか縁がありそうだねぇ。ありがとねぇ。」

黒猫は何も言わず、こちらを見ている。初めて会った時に、見た少し寂しそうな瞳だ。

彩香「なんだか大事な人を忘れているんだよねぇ。後遺症かねぇ。」

黒猫の瞳には一筋の涙が流れている。

彩香「おや?お前さん泣いているのか?初めてじゃないか。よしよし。もうすぐ、いきますヨォ。待たせたねぇ・・・。」

黒猫は嬉しそうに、私の頬に頬ずりをした。

完。

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通学路 加藤旭 @akira69

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