魂の形にまつわる物語群

石野二番

case1 花畑オペ室

 その少年は、この施設に集められた孤児やホームレスのうちの一人だった。物静かでおとなしい、しかし暗い瞳をした彼はとある検査にて他の者にはない特性を見せた。

「この結果をどう見ますか?主任」

 私は研究員の一人から渡されたデータに目を通しながら答えた。

「そうね。非常に興味深いわ。今回の検査は魂の形状の平均値を採ることが目的だったけれど、この子は是非実験に回したいわね」

 私の言葉に部屋にいた研究員たちがざわつき始める。

「では、ついに実証開始ですか!」

「俺たちの仮説が正しいか、これではっきりしますね!」

 私が発した「実験」という単語はすなわち「人体実験」に他ならないのだが、それを聞いてしり込みする者は誰もいない。そんな真っ当な倫理観の持ち主はそもそもこの施設にはいないし、いらない。

「では、他の被験者は報酬を渡してから返して、この少年は実験の準備のための二次検査へ。さぁ、私たちで魂の研究を一歩先へ進めましょう」

 この一言を合図に、研究員たちは慌ただしく動き始めた。

 魂。その存在が科学的に証明されてから数年が過ぎた。「在ること」こそ立証されたものの、それが精神や身体に対してどのような役割を持つものなのか、また肉体の死後に観測されなくなるのは何故なのか。そういった疑問は未だ解決されていない。

 私たちの所属しているこの施設では、魂にも形状があり、それが肉体や精神に影響を及ぼすのではないかという仮説のもと研究を行っている。そしてその研究の中で、一つの技術理論が生まれた。魂の肉体への固着術式である。

 魂を肉体により強く結び付けるこの術式によって肉体を魂の形状に近付けることができる。この技術の確立が私たちの目的だ。

「先の検査の結果、貴方には他の人とは異なる貴重な素質があることが分かりました。もし良ければ、追加の報酬をお出ししますので、今後も当施設にてデータを取らせていただきたいのですが」

 私の提案に少年は特に躊躇することもなく頷いた。提示した報酬の額を考えれば当然だった。そして二次検査が始まった。

 魂の形状から察するに、少年は何かしら影響を受けているはず。問診と身体検査の結果、肉体の方には特筆すべき点がなかったことから精神鑑定に重点を置くことにした。

 時間をかけてじっくりと少年の内面を調べていくうちに、とても興味深い話を聞くことができた。彼は『花の言っていることが分かる』というのだ。

「それは、植物の思考が読み取れる、ということ?」

「少し違う。俺に聞こえるのは花の声だけです。草とか木からは何も聞こえないんです」

 聞き取りを行っていた研究員が息を飲む気配が、別室でモニターしていた私たちにも伝わった。私は手に持っていたタブレットに彼の最初の検査データを表示させた。まだ断定はできないが、今の話が本当だとするなら……。

「この子の魂は、一般的な『人間』の形状から『花』に寄っているのね」

 少年が聞こえるという『花の声』が本物であれ、幻聴であれ、それを引き起こしているのはやはり魂であろう。それを実証しなければ。今こそ魂の固着術式の出番だった。彼は栄えある術式を受ける最初の人間となる。

 施術の前日。私は少年と二人で施設の庭にいた。

「よく施術に了承してくれました。ありがとう」

「別に。この声が聞こえなくなるなら、かまいません」

庭の隅に咲いているたんぽぽから目を離さずに答える少年。

「こいつらの言ってること、正直意味が分からないことばっかりで、とても煩わしかったんです」

 彼には術式のことを花の声が聞こえなくなる治療だと説明してある。

「どんなことを言ってるの?」

私は興味本位で聞いた。

「例えば、『昨日の雨は寒々しい形をしていた』とか『あの雲はいつになったらお迎えがくるんだろう』とか。ね、意味が分からないでしょう?」

 私は少々閉口する。確かに意味が分からない。それが花の感性なのだろうか。

「こんな雑音が聞こえなくなれば、ちょっとは生きやすくなりますか?」

 彼の問いかけに私は笑みを張り付けて、

「えぇ、きっと今より良くなるわ」

 と当たり障りのない言葉を返した。

 数日後、私は今回の術式実施の顛末をレポートにまとめていた。結果から述べると、施術は成功した。少年の肉体は強く魂と結び付きその姿を変えた。私たちの予想を大きく超える形で。その際、オペ室から逃げ遅れた研究員二人が帰らぬ人となり、そのオペ室自体も使い物にならなくなってしまった。

 机の上の電話が鳴る。受話器を取ると、事後処理に当たっていた研究員の一人だった。

『お疲れ様です、主任。良いニュースと悪いニュースがあります』

「悪い方から聞くわ。オペ室のこと?」

『そうです。やはりあのオペ室は封印するしかなさそうです。あれ、元少年の生命力が並外れて強く、焼却もできません』

 半ば予想していた通りの返答に気が滅入る。

「良いニュースというのは?」

『はい。彼に巻き込まれた研究員2名ですが、こちらは行方不明ということで片が付きそうです。警察も今回の事故との関連性には気付いていません』

 不幸中の幸いというところか。彼らが二人とも独り身であったことも良い方向に働いた。

「報告ありがとう。所長には私から報告しておきます」

 そう言って受話器を置き、タブレットを操作する。件のオペ室のカメラにアクセスし、映像を表示させる。そこには、異様な光景が広がっていた。

 窓のない部屋。その一面に花が咲いていた。まるで敷き詰められたかのように狂い咲く白いバラの花。部屋の中央で盛り上がっている花でできた小山は本来少年を乗せた手術台があった場所だ。そこには人の頭ほどもある大きなバラの花が咲き誇っている。

 その花畑こそが、少年の魂の形状そのものだった。術式が彼の肉体を変えたのだった。その時にこの花畑に二人の研究員が逃げ遅れて飲み込まれた。今頃はあのバラの養分になっているのだろう。

 このオペ室の光景は私たちの仮説の正しさを証明して見せた。残る課題を解決すればこの術式は完璧なものになる。その時、人間は新たなステージへと進むのだ。

              

                            了

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