典型的日本人男性の日常生活における感傷

古新野 ま~ち

第1話


食器を片付けてもらい、たいそう艶やかな麗人であることだと感嘆し、せめてもう一目と後ろ姿に「デザートの追加、よろしいですか」と声をかけた。

メニューを開いて愕然とした。バニラアイスを器でだすかコーンで出すかという、ちょっとあんたこれは観光地の売店ですか、と問いたくなるものの、取り乱すことはなくトリミング中の犬のごとく泰然自若に構えてやった。

口は甘いものなんて求めていないから、サイドメニューの頁をのぞいた。

からあげ、フライドポテト、枝豆。終了。

ここにポッキーやらポテトチップスがあれば、私はカラオケ屋にきたわけじゃぁねんだよとコブシやらビブラートやらを効かせて五線譜に虹の輝くエフェクトを生じさせるような旋律で素晴らしい文句をつけたくなった。

いや、そもそも私がこのようなチビッこい店構えにひかれたことがいけないのか。

健康診断では毎度のように医師から「へっへー、でーぶでぶ♪ でーぶでぶ。腹がブルンブルルンゆれてるんじゃねえのあんた。生活が乱れてんとちゃうかな。でーぶでぶ。うっとこの完璧で何一つ誤謬のない診断によれば、おまえの血液がきったならしいことは明白でおまぁ。ばっちいなぁ、でーぶ。これはでぶがでぶであるが故に運動をしないのか、でぶが運動をしないからでぶなのか、全能の医師には到底理解不能であるが、でぶであることは悪なので死ぬか、生きたければスゥマァートになっりなさぁ~い♥」

といったようなメッセージを受け取り続けたことと無関係ではあるまい。

家庭料理こそ健康に良いのだという怪文書を読んだことがいけなかったのだ。メニューの体たらく、それを補うことを放棄して一丁前な値段を要求するランチが、「ねえねえでぶちん、あんたのようにくってばかりのやつにはぴったりじゃろ?」と問いかけるような品性のかけらもない亜ファストフード。

いや、いいんだ。家庭料理にありつける者は、もはや少数派になったのだ。ざまぁみやがれってんだ。

みんなみんなみーんな、私みたいに太っちょになればええねん。

おお、麗しい固着した笑顔で見つめられると、はやく決めなければと考える。コーヒーでいいのでは。いや、こういうところのコーヒーは旨くないと私や妻も言っている。いや、過去のことだから言っていたになるのか。

事情はあれど、酒を頼みたい気分になった。亀が川で溺れるような気分である。


私が、ああ美人だ、と感嘆を漏らしたくなる人の特徴として2つあげられる。青春を謳歌するイメージ映像のままに、白い沫の下の砂浜に足をとられながら水着姿で伴走するような関係である。そのとき、私の理想とするものならば常世の造形師では再現が不可能な箇所をいとも容易く現出させる。肢体のしなやかさを思う存分に体現する。

二つ目に声である。耳でとらえて首筋で感じる声が好ましい。巷の女たちから聞こえる声は、寝間着を纏った子供のように不安定である。少しは成長してネグリジェが似合う女になれと一喝してやりたい。私をはじめ男の声は耳に届くか。男は男が嫌いなものだ。


「お決まりになりましたらお声かけください」

そう言い残して去っていった。そうかいそうかい。

未使用だったおしぼりは冷めていた。

おこえかけおこえかけおこえかけ。

そうだよ。そのこえがききたかったんだ。かじかんだ手を強く噛み締めた。構わないさ。どうせこの狭い店には私しかいない。たった数秒ですむのだ。

私は射精して彼女が手渡したおしぼりで股間を拭った。それをテーブルにのせる。

「すいません、やっぱりコーヒーでいいです。あとおしぼりかえてくれませんか」

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典型的日本人男性の日常生活における感傷 古新野 ま~ち @obakabanashi

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