Episode6-A 異世界へとさらわれた息子たち(全員、超美少年)を取り戻しに向かった6人の母

 日本列島が梅雨入りした、20×9年6月。

 とんでもない事件が発生した。

 

 K県にて、6人の男子中学生(全員中学3年生)が、同じ日の同じ時間に忽然と姿を消した。

 彼らは、同じ中学校に通っていたわけでもなく、血縁関係などもなく、それぞれの接点なるものは皆無であった。

 姿を消したと推測される場所も、自宅であったり、帰宅途中の通学路であったり、部活中の美術室や体育館、グラウンドであったりと、様々であった。


 ただ、彼ら6人の共通点は、全員ともが”地元で大評判の超美少年中学生”であることだけだった。


 この不可解な連続失踪事件――いや、同時失踪事件の、約1週間後、驚愕の事実が発覚した。

 なんと、彼ら全員が同じ異世界へとさらわれたと!?


 このにわかには信じられない事実をもたらしてくれたのは、彼らをさらった異世界とは、また別の異世界からやってきた”パ・スポート”という名の白髪頭の老人であった。

 パ・スポートは、時空を超えて異世界を行き来できる特別な船の開発チームの1人であり、またその船の操縦者としては大ベテランの域に達する者でもあるらしかった。



 息子たちの救出に力を貸してくれるパ・スポートより、詳しい説明を聞くため、息子をさらわれた保護者一同が集められた。

 長男ハヤトの失踪によって、この1週間、夜も碌に眠ることができなくなっていたマアコも、目の下に隈をつくった夫とともに、欠席できるはずなどない保護者会へと出席していた。


 親の欲目以上に美し過ぎた――異世界にまで目をつけられるほどに美しい息子を持った6組の夫婦が勢揃い。

 「さすがの美男美女!」とともに納得できる容姿の夫婦もいれば、「え? この2人からあんなに美形な息子が……」と首を傾げたくなる容姿の夫婦もいた。マアコたち夫婦はどちらかというと後者に分類されるであろう。


 いや、親たちの容姿レベルはさておき、ただ確かに言えることは彼らは皆、自分たちの息子を愛していることだ。異世界へとさらわれた大切な息子を1分1秒でも早く、自分たちの元へと取り戻したいということだ。


 パ・スポートは言う。

「皆様のご子息を誘拐した異世界ですが、いわゆる美少年に対しての性的なイタズラが目的で誘拐したわけではないようです。単にその異世界では、男児の出生率が年々下がっており……それなら別の世界から、飛びきり美しく育った幾人かの少年を連れてくればいい、と頭が悪いにも程がある考えによって、今回の犯行に及んだと推測されます。件の異世界へと偵察に行った私の同僚が調べたところ、ご子息の誰一人として肉体的な虐待は受けてはおらず、健康状態にも問題はないようです」


 息子たちは、性的なイタズラ目的で誘拐されたわけではなかった。

 殴る蹴るならびに、食事を与えないといった肉体的な虐待は受けてはおらず、健康状態にも問題はない。

 さらに言うなら、いわゆる”最悪の事態”になどもなってはいなかった。

 だが、息子の無事をこの目でしっかりと確かめないことには……!


「さっそくですが、異世界へとご子息を取り戻しにまいりましょう。ご子息”ご本人の同意なし”に、強引に異世界へと連れ去ったなんて、これは許されざることです」


 6組の親たち全員の”怒りを抑え込んでいる頷き”を受けたパ・スポートは続ける。


「私が操縦する船でございますが、操縦主である私も含めて定員13名となっております。船内で13名を超える生体エネルギーを感知した場合、船は飛び立つことができません。申し訳ございませんが、現在の私たちの文明ではこれが限界でありまして……」


 父親の1人が声をあげた。

「なら、”ちょうどいい”じゃないか! 今すぐにでも、私たち全員をその異世界とやらに連れて行ってくれ!」


「落ち着いてくださいませ。行きは皆様12名と操縦主である私の13名で乗船することができましても、帰りはそれぞれのご子息を船に乗せて帰ってくるのです」


 行きは13名。帰りは13名+6名で19名。

 完全なる定員オーバー。と、なると……

 

 白髪頭に手をやりながら、パ・スポートが言う。


「これは私の勝手な意見ではあるのですが、やはりここはお母様方に行っていただいた方が良いかと……母と子の愛を神格化するつもりはございませんし、それぞれの家庭の事情もおありかと思います。ですが、やはり……私自身、こうして人生の終わりが徐々に近づき始めているこの頃、真っ先に思い出してしまうのは”今は亡き母”でございまして……」



※※※



 こうして、マアコ含む6人の母たちは、パ・スポートが操縦する船へと乗り、異世界へと旅立った。


 絶対に息子とともに帰ってくる。

 ”必ず隣に息子を乗せて、皆、笑顔で帰ってくる”、それぞれの夫や見送りにきた家族たちに約束して……


 マアコたち6人の母が下り立った異世界は、一言で言うなら、アラビアンナイト風な世界であった。

 黄金色の夕陽に、モスクを思わせるシルエットの建物が映えており、なんと幻想的であり美しい世界であろうか、と息を飲まずにはいれなかかった。


 しかし、その美しい情景に見惚れている時間なんて、大切な息子を取り戻しにきた自分たちにあるはずなどない。

「お母様方……誠に申し訳ございませんが、この世界に、私たちが滞在できるのはきっかり2時間となっております。帰還する10分前には、必ず船に戻ってくださいませ。また、移動時間のロスを防ぐためにも、”ここ”より、近い位置にいるご子息の元へと順番に向かいます。皆様、気が急いているとは思いますが、何卒、ご了承くださいませ」と、大事なことをパ・スポートが後出ししたのも、その理由だ。



 マアコだけでなく、6人の母たちの誰もが、自分の息子の元へと一番に向かって欲しかったであろう。

 しかし、母たちの誰一人として、それは口に出さなかった。



 1番最初に向かった先にいた少年は、ハヤトではなかった。

 自身の母の姿を見た彼は、「お、お母さん……!」と唇を震わせ、母の胸へと飛び込んでいった。


 2番目に向かった先にいた少年も、ハヤトではなかった。

 彼は「俺、ずっ……ずっと、母さんにもう一度、会うことだけを願ってたんだ」と言葉を詰まらせながら、母の胸へと飛び込んでいった。


 3番目に向かった先にいた少年も、ハヤトではなかった。

 彼は「異世界ハーレムものとか好きでよく読んでたけど、もう読まねーよ! 絶対に読まねー!」と泣きじゃくりながら、母の胸へと飛び込んでいった。


 4番目に向かった先にいた少年も、ハヤトではなかった。

 彼は「ンだよ、遅せーじゃねえか。家に帰ったら、絶対に俺の好きなオムライス作れよ、ババア、約束だかンな」とそっぽを向いてたと思うかとしゃくりあげ、母の胸へと飛び込んでいった。


 5番目に向かった先にいた少年も、ハヤトではなかった。

 彼は「心配かけてごめん。お父さんたちは元気? 皆、体調を崩したりなんてしてない?」と涙をポロポロと流しながら、母の胸へと飛び込んでいった。



 その美貌ゆえに、本人の同意なしにこの異世界へとさらわれてしまった5人の少年の誰もが、綺麗な顔を真っ赤に、そしてグシャグシャにして、自身の母の胸の中で泣きじゃくり続けていた。

 中学3年生なんて、まだまだ子供なのだ。いや、たとえ、成人した息子であったとしても、母の胸の中へと飛び込んでいったであろう。


 5組の母と息子の再会を目にしたマアコも、涙を流さずにはいれなかった。


 ついに最後は、マアコとハヤトの再会だ。

 この時点で、1時間15分ほどの時間が経過していた。

 10分前集合とはいえ、時間にはまだ少し余裕はある。

 

 早くこの腕の中に、ハヤトを抱きしめたい。

 一刻も早く、ハヤトとともに元の世界に帰りたい。

 既に我が子を無事に取り戻した母親の1人が、”いよいよ、あなたの番よ”と元気づけるかのように、マアコの肩をポンと優しく叩いてくれた。




 ハヤトがいた。

 マアコも、息子を無事に見つけることができた。

 黄金色の夕陽が差し込む美しき庭園にて、ハヤトは1人の男性とともに緑の上に腰を下ろしていた。


 頭にターバンっぽい布を巻いたハヤトは、少年から青年への過渡期にあるしなやかで引き締まった上半身と長い手足を晒したまま、中年から老年の過渡期にあるであろう傍らの男性と話し込んでいた。なにやら、男性の手には巻き物が握られているようでもあった。

 

 

 マアコの視線に気づいたらしいハヤトが、顔を上げた。

「ハヤト……ハヤト! 母さんよ!」

「え? あれ? 母さん?」

 無事に再会した母と子の間を、熱気が含んだ風が吹き抜けていった。



「へえ、母さん、わざわざ、ここまで俺を迎えに来てくれたんだ」


「そうよ。ハヤト、こんな知らない世界で辛かったでしょ? 怖かったでしょ? 早く、母さんと元の世界に帰りましょう」


 ハヤトはもともと、年の割には大人びていて、どこかドライで冷めたところがあった。でも、なぜ、あなたは他の子たちのように、私の胸へと飛び込んできてくれないの? と、マアコの胸を不穏な風までもが吹き抜けていった。


「なんで? 俺、元の世界には帰らないよ」


「!……どうして? どうしてよ?!」


「俺は”ここ”で生きるって決めたんだ」


「ま、まさか……あなた、さっきまで一緒にいたあの”おじさん”に……」


 ”飼われることになったの?”という言葉は、マアコはさすがに飲み込んだ。自分の息子が男娼となってしまったなんて思いたくない。


「は? なんか、ヤバい想像してないか。あの人は教師だよ。俺にいろいろ教えてくれるんだ」


「……じゃあ、じゃあ……この世界に、好きな女の子でもできたの!?」


「いい年こいて少女漫画脳かよ。俺がここにきて、まだ1週間ぐらいしか経ってないんだぜ、ンなわけないだろ」


「なら、どうしてよ! あんた、いったいどうしちゃったのよ? なんで……!?」


 分からない。ハヤトの気持ちが見えない。

 自分の息子なのに、自分の息子じゃないみたいだ。

 マアコの手だけでなく、全身が震え出した。


 最後の1組であるマアコ親子の搭乗を待っていた母親のうちの2人が顔を見合わせながら、マアコたち親子の元へと小走りでやってきた。


「いったい、どうしたんです?」

「申し訳ないのですが、早くしていただかないと……私たち全員が帰れなくなってしまうんですよ!」


 極めて丁寧な言葉だったが、彼女たちの焦りと”恐怖”はマアコにも感じ取れた。

 一刻も早く、元の世界に戻りたい。

 大事な息子をさらったこんな異世界からは、1分1秒でも早くおさらばしたいと。



「ハヤト、早く帰ろう! 皆を待たせて迷惑をかけてんだよ。ハヤトと同じく、この世界にさらわれた子たちは他に5人いたけど、皆、お母さんと帰るって船に乗ってるんだよ!」


「……他の奴らが母親と帰るからって、俺も帰らなきゃいけないワケ?」


「! ……ハヤトは、元の世界に帰りたくないの? もしかして、学校で虐めにでも遭ってたの? それとも、高校受験がプレッシャーなの? ごめんね、母さん何にも気づかなくて! でも、どんなにつらいことがあっても、家族皆で乗り越えて行こう!!」


 そうだ。そうとしか考えられない。

 ハヤトが、元の世界に帰りたがらないのは、それ相応の理由があるんだ。


「いや、そんなんじゃないけどさ……」


「じゃあ、母さんや父さんのこと、嫌いなの?! 母さんたち、知らないうちにハヤトを傷つけちゃってたことあったかもしれないわね。でも、これだけは分かって……母さんや父さんも、ハヤトを愛しているからこそ、一生懸命に育ててきたのよ!」


「俺は別に、母さんや父さんのことが嫌いなわけじゃないし、2人にここまで育ててもらったことには、感謝してるよ」


 形のいい唇から、フーッと息を吐いたハヤト。


「俺さ、この世界とすごく肌が合ってるんだ。なんていうのか、元の世界でなかなか入らなかった鍵穴に、ついにカチリと鍵が入ったみたいな具合でさ。俺ももう15才なんだし、俺自身で自分が生きていく世界は決めるよ。人間なんて、どの国にいても、いいや、どの世界にいても、どのみち死ぬ時は1人なんだから」


「な……っ! ここで別れたら、母さんにも父さんにも、それに弟や妹たちにも似度と会えなくなっちゃうのよ! それでいいの? それでハヤトは後悔しないの?!」


「うーん、そのことは辛くないって言えば嘘になるし、後悔する日だって、いつかきっと来るんだろうな。でも、俺は決めたんだ。これは、俺の人生なんだ。俺の選択による代償は俺自身で背負うよ。父さんや弟たちにも、よろしく言っといて」


「そ、そんな……!!!」


 底なしの冷たい絶望に浸されゆくマアコの耳に、パ・スポートの「お急ぎください。出発10分前です!」と乗船を促す声が突き刺さった。




※※※



 帰還する船の中は、誰も彼もが無言であった。誰も彼もが沈痛な面持ちであった。

 無事に我が子を取り戻すことができた5人の母たちは、隣に座る息子の手を二度と離すまいと、ギュウッと握りしめていた。

 しかし、同じ母であるはずのマアコの隣にだけは誰も座っていなかった。マアコの息子・ハヤトだけがいなかった。

 

 

 力ずくでハヤトを連れて帰ろうと彼の腕を強引に手に取ったマアコであったも、ハヤトにブンと腕を振り払われてしまった。


「あのさ、親と子供は別人格なんだよ。いくら親だからって、一個の人格がある子供の希望を無碍にするなんて、どうかと思うぜ。ここに来たのが母さんじゃなくて、父さんでも、俺はきっと同じことを言ったよ……母さんたちに育ててもらったことには本当に感謝してるし、楽しいこともたくさんあったよ。生きる世界は違っても、俺は家族皆に元気でいてほしいと思ってる」と、”目尻に涙を滲ませたハヤト”に、キッパリと言われてしまった。


 そのうえ、パ・スポートまでが「まさか、予想外のことでしたが、後々の遺恨が残らないためにも、ここはご子息のご意思を尊重されたほうが……」なんて言いやがった。本人の同意なしで異世界へとさらわれたも、そのさらわれた本人が異世界に移住することに同意しているのだから、と。



 なぜ、ハヤトだけが?

 なぜ、うちの息子だけが? 

 育て方を間違えてしまったのか? 

 それとも、ハヤトの元々の性格によるものなのか?

 

 もし、マアコの子供がハヤト1人だけであったなら、マアコもこの異世界に残ることを選択していたであろう。

 だが、マアコの子供はハヤト1人だけではない。元の世界では、他の子供たちや夫が自分の帰りを待っているのだ。



 ついに、船が動き出した。

 13名の定員に1人足りない12名の生体エネルギーを感知した船が動き出した。


 6人の母と6人の息子で、元の世界へと帰るはずであった。

 皆、笑顔で元の世界へと帰還するはずであった。

 けれども……  


 重苦しい空気へと沈みこんだ船内に、マアコのこらえ切れぬ嗚咽だけが響き続けた。



――fin――

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