Episode6-B 30代独身、フツメンで今は無職の俺だけど、2つの異世界を股にかけて救世主やってんだぜ!

 俺、30代独身、フツメン。

 3か月前、”とある事情”で勤めていた会社を退職して今は無職だ。

 そんな俺だけど、そのまま何事にもネガティブな引きこもりになっているわけじゃない。

 その逆だ。

 何事にもポジティブに……むしろ、単調な業務がエンドレスな会社員やってた頃よりも元気溌剌に、エネルギッシュに動き回っている。

 正直、”俺自身がもう1人いたらな”と思うほどの多忙で心身ともに充実しまくっている日々ってわけ。

 

 今の俺がいったい何やってるのか、気になるだろ?

 お前らには、特別に教えてやるよ。


 俺はな、異世界の救世主やってんだ。

 羨ましいだろ?

 ”べ、別に、羨ましくなんかないんだからねッッ!!”って、顔を真っ赤にした今のお前らを、さらに羨ましがらせる事実をお届けしてやる。



 なんと、俺はな……2つの異世界を股にかけて救世主やってんだぜ!


 

 思い返すこと、3カ月前。

 どこからともなく、俺の部屋の中に「キーコ」という名の女が現れた。

 何やら、異世界における救世主のスカウトが仕事であるキーコは、使い込まれて角が丸くなったビジネスバッグより2冊のパンフレットを取り出して言った。

「どちらの異世界の救世主となるかを選んでください」と。


 俺はキーコに聞いた。

 ちなみに、”この時点では”俺はこのキーコに敬語を使っていた。

「もし、俺が選ばなかった方の異世界はどうなるんですか? そのまま、滅んでしまうんですか?」と。


「いいえ、あなたが選ばなかった方の異世界の救世主については、私の同僚がまた別の男性をスカウトするだけです」


 キーコのを聞いた俺は、手渡された2冊のパンフレットを――オールカラーで鮮やかなビジュアル写真付きのパンフレットをパラパラとめくり……いや、隅々までじっくりと眺め、読み込んだ。

 そして、決断を下した。



 『2つの異世界とも、この俺が救ってやるぜ!』ってな。



 俺の決断に、当然ながらキーコは面食らっていた。

 でも、最終的には俺の粘りが勝った。ま、俺が勤めていた会社を辞めたことも、大きかったのかもな。

 片道1時間の通勤時間も含めて朝7時30分から夕方18時30分まで拘束されていたなら、異世界の救世主なんて片手間で出来るわけない。

 1日24時間という、万人平等のデフォルト設定については神様であっても崩せやしないものな。



 え?

 この不景気のなか、会社を辞めてまで救おうとしている2つの異世界ってのは、そんなにいい所なのかって?


 ああ、もちろんだ。そうに決まってんだろ。

 異世界っていやあ、”俺TUEEE”(おれつえええ)と”俺SUGEEE”(おれすげええ)な展開だろ。そして、何と言っても目玉は”美女&美少女”なわけ。


 ちなみに、俺が今、股にかけている2つの異世界をザックリと紹介したなら、「中華系ファンタジーな異世界」と「北欧系ファンタジーな異世界」だ。


 どれほどの美人たちに俺が囲まれているか、知りたいか?

 そうだな……「中華系ファンタジーな異世界」での美人のイメージを明確に想像したいなら、Goog○eで「中華 美人」ってググってみろ。

 んでもって、もう一方の「北欧系ファンタジーな異世界」の美人のイメージを明確に想像したいなら、Goog○eで「北欧 美人」ってググってみろ。


 お前らが俺と同じ立場に立たされたなら、どちらか一方の異世界を選べるか?

 選べないだろ?


 

 悪ぃな。

 異世界の救世主のスカウトが自分のところに来るんじゃないかって、待ち構えていたお前ら。

 お前らが毎晩夢見ていたシチュエーションを、俺が今、独り占めしてんだよ。俺がどっちもいただきだ(笑)

 ”二足の草鞋は履けぬ”とか言うけど、俺は二足の草鞋を履いている。

 ”二兎を追う者は一兎も得ず”とかも言うけど、俺は二兎とも……いや、両方の世界の”可愛いウサギちゃんたち”をゲットだぜ。


 だが、言っとくけど、 俺は美人の女の子だけを贔屓したりはしていない。

 救世主たるもの、皆を平等に愛さなければならない義務がある( ー`дー´)キリッってことだよ。


 実のところ、2つの異世界で俺の目は肥えてくるのかと思いきや、美人でなくとも、いわゆる中の下レベルの女の子でも、俺を慕ってくれる女の子ってのは、すっげえ可愛く見えてくるんだよ。


 そりゃあ、フツメンの中のフツメンの俺なんかよりも、外見がかなり秀でている男ってのは両方の世界にいるぜ。

 でも、俺には「異世界からの救世主」っていう、そいつらが絶対に手に入れることのできないラベル(肩書)が貼られてんだ。どんなに金を積み上げたって、買えないブランドラベルだ(笑)



 それに、元の世界にたまに日帰りすることもあるけど、ほぼ2日、3日おきにそれぞれの世界で救世主活動を行っている俺は、四六時中、女たちと一緒にいるわけじゃない。

 つまり、親しくなりつつも一定の距離感は保ち、露出(出現回数)を絞ることで、ミステリアスな魅力と更なる希少価値を演出しているってことだ。

 女向けの恋愛指南本に書いてそうなことだけど、これは男にとっても大切なことだからな。異世界だけじゃなくて、この世界でのモテ戦略にも生かせる”キーポイント”だから、メモっとけよ。




 んで、俺はついさっき、この元の世界に戻ってきたとこだ。寝るためにな。寝るといっても、そのまんまの意味、”睡眠”な。


 俺が異世界で救世主をやっている間、この部屋の掃除やらなんやらは、全て”例の”キーコに任せている。


 シャワーを浴び、洗濯済みのパジャマに着替えた俺は、救世主活動で汚れた服を、下着も含めてキーコに差し出した。キーコは黙って、それを受け取る。


 えっ?

 もはや、キーコとは熟年夫婦みたいな関係じゃないかって? 

 こっちの世界でも、いい思いしやがってってか?



 おいおい、バカなこと言うなよ。

 言い忘れていたけど、”救世主のスカウトにやってきた女”なんて聞いたら、ロリ顔ロリ声の美少女、もしくは人外な要素を含んだ美少女を、つまりはどのみち”美少女”を想像しちまうだろ?

 少女と呼べる年齢じゃなくても、体のラインにピッタリなスーツ姿のセクシーに着こなした美女なお姉さまを想像しちゃうだろ?

 でも、このキーコに関しては、お前らの予想ならび”希望”は大外れ。



 俺とキーコは親子ほど外見年齢が離れている。もちろん、キーコが親の方な。


 さらにこのキーコだけど、俺が辞めた会社にいた事務のおばちゃんを小1位時間ほど茹で上げて、公園で日干ししてさらに横に広げたような感じだ。肌理の粗い肌の毛穴だって、なかなかに広がっている。


 俺に対しての話し言葉は敬語ではあるも、どこかぶっきらぼうで、ふてぶてしい。つまりは、可愛げがないのだ。

 女であっても、性欲の一かけらすら俺に生じさせやしない。

 生活感と事務感に溢れているキーコ。不服そうな顔をしつつも、掃除、洗濯、飯を炊いてくれるキーコだ。

 

 ま、この元の世界においてはこれで良かったのかもしれない。

 異世界で美女&美少女たちに囲まれていて、こっちに帰っても布団の上で超美少女が煽情的な衣装で待っていたなら、気を抜く時間なんてありゃしない。

 異世界の救世主とて、素に戻る時間は必要だしな。


 それって、キーコの前だけでは”ありのまま”の自分でいられるってことじゃねえかって? うるせえよ(# ゚Д゚) 

 



 そんなことより、冷蔵庫よりキンキンに冷えた――キーコがちゃんと冷やしておいてくれていたコーラを一気に喉に流し込んだ俺は、キーコに”ある提案”をしてみたんだ。


 案の定、キーコは顔をしかめた。

 ふてぶてしい顔つきは、さらにふてぶてしくなった。顔の毛穴が広がったのも俺の肉眼で見えた気がした。


「……は? もう1つか2つかの異世界の救世主も掛け持ちしたいと? あなた、いったい何を言ってるんですか?」


「俺が2つの世界で救世主活動を始めて、もう3カ月だぜ。救世主のコツってのも分かって来たしな。他の異世界も、この俺を必要としているんじゃないかって思ってさ。今度は『アラビアン○イト』や『パイレーツ・オブ・○リビアン』風の異世界でもいいかもな」


「”もう3か月”って、”まだ”3か月じゃないですか……今は妙なアドレナリンが迸っていて、自身を無敵の存在であると感じているのかもしれませんけど、救世主としてあなたはまだまだ新人です。今、掛け持ちしている、どちらの世界の救世主活動も完全に終了していないのに、何もかも分かっていると思い込むのは危険ですよ」



「何、言ってんだよ。俺はスケジュール管理だって、きちんとしてるし、そつなくこなせているだろ?」



 ”2冊のスケジュール帳”をキーコにバッと見せた俺の鼻の穴が、憤慨によって広がる。

 今の俺なら、2足の草鞋どころか、2足以上の草鞋も履ける。絶対に履けるのに。

 様々な異世界の美人たちをコンプリートしたいのに。

 最終的には、それぞれの世界で”大本命”を決めて、子どもを産ませる。異世界を股にかけて、俺の子どもは幾人も生まれる。

 今、掛け持ちしている2つの異世界では、一夫多妻制が許されているっぽいけど、俺はこっちの世界の法律に倣って、一夫一妻の誠実さ(?)だけは崩すつもりはない。

 それに、1つの異世界につき1人の”大本命”だから、”大本命”たちが顔を合わせることなどあり得ない。

 女たちが、ダブルブッキングして、嫉妬と独占欲の火花を散らす心配もない。

 女同士で集まって、「俺くんは結局、誰が一番好きなのかしら? 絶対に私よね」「ううん、私よ」なんて、激しい議論することにもならないんだからよ。

 


 こんな俺の脳内を見通したかのように、キーコが重々しい溜息を吐いた。


「……異世界を股にかけての子種のまき散らしなんて下衆にも程がある野望を抱いているんだと思いますけど……正直、人間の能力というものには限界があるんです。何もかもが凡人のあなたですが、今のところはこれといったミスもなく、こなせているのは事実かもしれません。けれども、あなたにもキャパオーバー、もしくは慣れによる綻びがいつかは生じます。私は、あなたのその綻びを繕う必要があります。今からでも遅くはありません。あなたのマネージャーとして私にスケジュール管理を任せ……」


「ダメだ! 触るな!」


 温厚が売りである俺だったけどガラにもなく声を荒げ、俺のスケジュール帳2冊へと手を伸ばしてきたキーコの手を振り払ってしまった。

 異世界でスマホは使えないから、デジタルではなくアナログによるスケジュール管理だ。

 もちろん、「中華系ファンタジーな異世界」用と「北欧系ファンタジーな異世界」用で使い分けている。

 異世界救出活動の記録や予定のみならず、ちょっとエッチな記録も詳細に残してる。

 安売りしてたペラッペラのマンスリー手帳だけど、このキーコに見られるぐらいなら鍵付きにしたいぐらいだ。

 


「そもそも、なぜ、スケジュール帳を2冊に分けているんですか? 2冊に分けるという使い方そのものがまずいとは言いません。しかし、2つの異世界を股にかけているとはいえ、あなたは1人しかいないのですよ。”遊び”については遅咲きである、あなたの陽根だって1本しかないのです。いろいろと、ダブルブッキングしてしまうリスクが生じてしまうのでは……」


「あのさ、何の面白みもねえこの世界での社会人経験だって俺はもう10年越えてんだけど……今さら、そんな”ダブルブッキング”なんて初歩的なミスするわけないし」


「ですが……」


「あー、もういいよ。俺、寝るから。うるさくしないでくれよな」


 俺は、太陽の匂いのするフカフカの布団へと潜り込んだ。

 昼間、キーコがベランダに干してくれていたのは明らかな布団に。


 ぶっきらぼうでふてぶてしいキーコではあるも、人が嫌がって拒否したなら、それ以上は強引に踏み込んでこないのは、美点と言えるかもしれなかった。



※※※



 しかし、俺は自分が絶対にするわけないと思っていた”初歩的なミス”をとうとう犯してしまった。


 ダブルブッキング!

 2冊のスケジュール帳の、来るべき2019年6月15日の欄は、どちらも埋まっている。ビッチリ、しっかりと埋まっている。



 俺はキーコを振り返った。

 青ざめているキーコを、青ざめた顔で俺は振り返った。


「どうしよう? どうすればいいんだ?」


「だから、あれほど言ったじゃないですか! 私がマネージャーとして、スケジュール管理をするって!」


「ど、どっちかの世界の救世主活動を前倒し、もしくは延期にすることはできないのか?」


「こんなに直前になっては無理ですよ。救世主であるあなた自身が、自分でスケジュールを決めたんですから。それぞれの世界の者たちも、その予定で動いているんですから! ……ほ、本当になんてことでしょうか?! いつかこうなることが目に見えていたのに、分かっていたのに、”あなたを愛してるからって、あなたを甘やかさなければよかった”!」



 今、なんか”物凄い爆弾発言”がキーコの口から飛び出したような気がしたが、俺はそれどころじゃなかった。


 どうしよう?

 どうすれはいいんだ?

 どちらも選べない。


 どっちの世界の女も綺麗で可愛くて、30代独身&フツメンの俺をとてつもなく慕ってくれて、どっちかの救世主活動を優先して、もう一方はブッチするなんて俺にはできない。

 女たちに愛されし救世主たるもの、そんな薄情なことはできない。


 お前らなら、どちらか一方の異世界を選べるか?

 選べないだろ?

 絶対に、選べないだろ?


 だが、どうすりゃいいんだ?

 俺はいったい、どうすれば……!!!

 



――fin――

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