【創作エッセイ】パーソナリティを抑えろ

自死の理由を十に大別するならば

ぼくはそのうち、ふたつを知った。



 ぼくには兄が二人いるという話をいつかした。ひとりは目下よく効く殺虫剤を探している金食い虫こと長兄で、おそらく今日も今日とて「副作用で眠い」と言いながら服薬前からの習慣で午睡をむさぼっているだろう。

 もうひとりは例えるなら色弱の暴走族で、愛用はぼくが大学時代に乗り回していたスクーター。自分では乗りこなせていると思っているが、前輪ロックも知らずにそれをそのまま大賞に応募する小説に書いて赤恥をかいた次兄である。まあ色弱だから赤恥も分からないだろうけど。彼についてはまたいずれ書こうと思うが、言っておきたいのは二人揃ってまともな人間ではないということである。

 もう二十代も過ぎたというのに、いわゆる「社会人」と呼ばれる人種ではない。ぼくは「社会人」という人種が幅を利かせるのに反発を覚える人間なのでそれは構わないのだが、自分の食い扶持を自分で稼げないのには閉口する。まあそれはぼくも同じなのだが、同じだからこそ問題が起きる時もある。

 兄弟が三人いて三人とも「社会人」ではない。両親は社会人至上主義者レイシストなので誰か一人くらい「社会人」になってほしい。そこでどうやら白羽の矢を立てられたのがぼくという話である。

 長兄はご覧のとおり虫なので人の道を歩めない。まあ人の道だってろくなものではないが、少なくとも自分の道を歩むことすら叶わない愚図である。虫だからその辺をやかましく飛ぶくらいしか能がない。

 翻って次兄は大学院で研究者を目指し、現在順調という様子。まあ順調そうであることと順調であることには大きな隔たりがあるのだが、両親は研究業界に詳しくないし次兄は暴走族なので、このまま就職できると思い込んでいる。だが研究領域こそ違えど同じ研究の道を進むぼくは、やつが早晩チキンレースの馬鹿よろしく崖から転落する未来にあると知っている。なんならぼくの心を賭けても構わない。さっき治療のために胸を開いたら飛び出してしまって、これから血の跡を追わないといけないんだけどさ。きっと賭けベットの前には連れ戻すから。

 バカ話はこれくらいにして、問題は時間である。ひとまず次兄が順調そうに見えるというのが両親と次兄自身の恐ろしき共通理解で、なるほど乱歩の「白昼夢」に馬鹿話の聞こえる中で本当に死蝋と化した女性を見つけた男の恐怖はこうであったかと理解する今日この頃だが今はいい。

 そう、つどに繰り返すが問題は時間である。要するに次兄が就職するとして、それにはあと三年だか四年程度かかりそうだとなっている。金食い虫は働けない。そこで両親はぼくを「社会人」に仕立て上げて精神の安定を図ろうという算段。


 ざっけんじゃねえよという話である。どうやら両親にはぼくが「社会人」になれるまともな人間に見えているらしい。まともな人間は論文提出の延期を狙って理性的に右目を潰そうと画策し未遂に終わらないし(この話も今度してあげよう)、ひとり部屋で布団を被って「死にたくない」と連呼するうちにふと「死んだほうが楽なのでは」とは考えない。なまじ長兄が心療内科か精神科で病名をもらっているのに対しぼくが病名をもらっていないから余計にそう感じるのだろうか。いや、あまりそれは関係ない気がする。

 予行練習もさせられた。その様子こそが『【連作短歌】新年ファミレス』なのだが、要するに彼らの求める「社会人としての僕」は「袋緒花緒(とそれ以前の作家志望であり研究者志望者)としてのぼく」ではなく、年に一度のご馳走すら美味いとも不味いとも思わず、「おいしい」と聞かれた愛想笑いして「おいしい」と答える人間のことを指すらしい。

 死んでんじゃん、ぼく。


 それから考えるようになったのは、『精神としてのぼく』と『肉体としての僕』のどちらかを生かすためにどちらかを殺すことである。『肉体としての僕』を生かすためには『精神としてのぼく』は死ぬしかない。逆に『精神としてのぼく』を生かす、というかこれ以上傷つけられないよう守るためには『肉体としての僕』を殺すしかない。

 すなわち自死である。どちらを選んでも。

 なるほど今まで自殺する人間の気持ちなどこれっぽっちも理解できなかったが、自分というパーソナリティを守るためなら死ぬのもそう悪い選択ではないように思えてくる。

 それを医者とカウンセラーに話すと、「死ぬのではなくパーソナリティを抑えろ」と言われた。しかしそれは、ぼくにとって不可能な相談だった。

 なにせ三人兄弟。説明不要の馬鹿二人に囲まれている。我と我がパーソナリティをアクセル全開にふかし続け「我ここにあり」と宣言しなければ生きてはいけなかった。まさに今、アクセルが緩んでいるから両親から精神安定剤扱いされているという現在を忘れてはならない。


自死の理由を十に大別するならば

ぼくはそのうち、ふたつを知った

ひとつはぼくとして生きられぬこと

ひとつはぼくでない誰かが祝福されるのを見たこと

それについてはまた次回。三十一音でお会いしましょう。

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