第28話・解放
ルルだ。ハンターの手下に縛り付けられている時にはグッタリして気を失っているように見えたが、気が付いたのだろう。
目を開けた瞬間に飛び込んできた惨状に悲鳴をあげたに違いない。
まだごく僅かに残っていたぼくの感情がルルの様子をぼくに確かめさせる。
ルルは縛り付けられたまま、大きな口を開けてあらん限りの声を振り絞り、悲鳴をあげていた。
対象認識>保護対象確認>安全確保
プログラムがルルを保護せよとぼくに命令する。
ぼくは叫び続けるルルに近寄ろうと歩を進める。
するとルルの体の周りにかげろうのような歪みが生じ始めた。
その歪みは徐々に大きくなっていく。
叫び続けるルルの声は徐々に小さくなる。喉が枯れ、声を失いながらも全身に力を漲らせ、ルルは叫び続ける。
ぼくはルルに近寄ろうとするが、ルルの周りの空間の歪みがそれを拒む。
いまではルルの周り、半径数メートルに渡り、空間は奇妙に歪み、光のプリズムがゆらゆらと立ち上る蜃気楼のように漂っている。
ぼくは思い出していた。
ルルの能力。
植民惑星連合がどんなことをしても取り戻したがったそれをぼくは目の当たりにしている。
何が起こるのかは知らないが、このまま何かが始まる前に、あと1体、処理すべきアンドロイドが残っている。
ぼくは振り返り、残りのアンドロイド、最後の1体、リナを認識する。
リナに近付こうと一歩を踏み出したその瞬間。
ぼくの水平維持器官が異常を検知する。
ぼくの周りの空間が、いや、このブリッジ全体、何もかもが捻じれ始めている。
ぼくの感覚器官がおかしいのか。
しかし、ブリッジの床に散らばっていたハンターの手下たちの残骸が床の上を滑り落ち始めている。
空間はブリッジの中央を起点に八の字に捻じれたかと思うと、次の瞬間には反転して円形になる。やがて、より複雑な捻じれ方をし始め、ぼくの感覚器官はそれを処理しきれなくなり、ぼくは真っすぐ立っているのか、逆さまになっているのか、自分の位置すら判別できなくなっている。
それでもぼくはリナにポインターを合わせそこへ近付こうとする。
その瞬間、小さな光の点がぼくの面前に現れ、眩しく輝き始める。
その光は徐々に大きくなっていく。
ぼくの網膜がその光を受け止めきれなくなり、ぼくの瞳孔が1段階狭くなる。
ぼくはたまらず目の前に手をかざし、その光を避けようとした。
気づくとこのブリッジ内のすべてがその光の中へ吸収され始めていた。
すべてのものが長く尾を引く残像を残し、光の中へ吸い込まれていく。
光が大きくなって全てを包み込んでいるのか、それとも光の中へ吸い込まれていっているのか、ぼくには判然とはしない。
そしてぼくは白い光に包み込まれた。
浮遊感覚。
何かに包み込まれたまま、上下左右も前後も何もかもわからなくなってふわふわと漂う。
ぼくの体はとっくに自分自身を制御することをやめている。
感覚器官から送られてくる情報を適切にフィードバックできないからだ。
どのくらいその状態でいたのかはわからない。一瞬だったかもしれないし、永遠に近いほど長い間だったかもしれない。とにかく気づくとぼくは脱出カプセルの中に居て、宇宙を漂っていた。いつの間にあの船から脱出していたのだろうか。ぼくはふと既視感を覚える。
目の前に光が迫ってくる。小型艇のアームがぼくの乗ったカプセルを掴む。あの時と全く同じ光景。小型艇はそのアームでカプセルを掴むと、そのまま大きな船にぼくを運び込もうと動き始める。デジャヴ?
だが次の瞬間、ぼくは再び光の中を漂っている。
ぼくはカプセルの中で打ち上げを待っている。
ぼくのカプセルが積み込まれたロケットの周りには、同じように打ち上げを待つロケットが無数に立ち並ぶ。
ぼくはひたすら打ち上げを待っている。
広大な打ち上げ場で、何万体ものぼくの兄弟たちが次々とオレンジ色の尾を牽いて打ち上げられていくのを眺めながら。
ぼくはオレンジの壁の部屋のベッドに横たわっている。
傍らには優しそうな女性。
女性はぼくの腕に手を置いて、ぼくに語りかけている。
「目が覚めたかしら、おはよう」
これは、過去…それともぼくの記憶のなか…
「あなたは自分のことも、わたしのことも、ここがどこかも知らない。それでいいのよ。あなたはそういうふうに創られたアンドロイドなの」
ぼくは手を動かしてみる。自分が寝ているベッドのシーツを掴んでみる。
「あなたは大切な任務を果たすために創られたアンドロイドなの。いずれその任務については教えてあげられるけど、とりあえずいまはわたしの話を聞いて」
ぼくは女性の顔を見る。メガネをかけた理知的な細面の顔。
ぼくは自分の記憶にアクセスする。
ぼくがしていたこと。
6体のアンドロイドを破壊しようとしていたこと。
愛するひとを破壊しようとしていたこと。
感情抑制は消えていた。
ぼくに襲いかかる罪の意識。
そしてルル。
これがルルの能力なのか。
それは時間を自在に操る。
ぼくは今、ルルによって巻き戻された世界にいる。
「あなたが連れ戻すはずの少女は特別な能力を持っているの。それがわたしたちには必要なのよ」
しかし、ぼくの記憶はそのまま、やり直す前の記憶を持ったままゲームの振り出しに戻らされた。
「その能力を発現するすべをその少女はまだ知らないと私たちは考えている。あなた達には一刻も早くその子を連れ戻してほしいの」
この宇宙は数え切れないくらいの奇跡の連続から成り立っていると聞いたことがある。
そのひとつひとつが、数え切れないくらいのやり直しから成り立っているとしたら。
それを出来るチカラを持つということは、宇宙を思うがままのカタチに創り変えられるということだ。
彼らが何万体ものぼくの兄弟たちを打ち上げて、その少女を探そうとした理由もそれで納得がいく。
だが、ぼくはこのまま同じことを繰り返すのか。
何万体もの兄弟たちと共に打ち上げられ、ぼくだけがその船に拾われ、仲間たちと日々を送り、そして彼女たちを殺すのか。
ぼくは自分のしてしまったことに、いまさらのように気づく。
愛する者たちをこの手で破壊した。
特別な、たったひとりの愛するひとを破壊しようとした。
ぼくは自分が恐ろしくなった。
ぼくはぼくが許せなかった。
絶対に。
「今日はあなたにひとつやってもらいたいことがあるの、簡単なことよ」
女性は部屋の隅からワゴンを引っ張ってくるとぼくのベッドの傍に置いた。
ワゴンの上には用途のよくわからない機械が無造作に置かれている。
「あなたには特別な力があるの。生まれつきあなたが持っている力。それをわたしにも見せてほしいの」
また、同じことを繰り返すなんてぼくは絶対に嫌だ。
じゃぁ、どうすればよいのか。
ぼくがここに帰ってきたことには何か理由があるはずだ。
ぼくには為すべきことがあるのだ。
ルルの能力はそれをぼくに求めているのだ。
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