第4章 unchained babies
第25話・行き先
「少し頼もしくなってきたかも…」
サオリのその発言がきっかけで食堂に集まったみんなが一斉に議論を始める。
昼食のこの時間。船長を除く全員が食堂に集っている。
「たしかに掃除の効率はあがってきてるな」
「そういう意味ではなくて…」
「確かに少し自分に自信がでてきたというか、凛々しくなってきたかもね」
リナがぼくを横目に見ながら言う。
うれしいやら恥ずかしいやら。
今日の議題にされたぼくはとてつもなく居心地の悪い思いを強いられている。
「なにかいいことでもあったのね」
ママが鋭いことを言う。思い当たるフシが無いとも言えない。
「まぁ、どんなに頼もしくなったところで、でくのぼうはでくのぼうだけどな」
ザジは相変わらず毒舌だけど、悪い気分はしない。
「そろそろ掃除以外に役割を決めてあげてもいいとは思うけど、こればっかりは船長がきめることだから」
と、ドクター。ぜひ、それは船長に進言していただきたい。
ぼくの記憶は相変わらず、なにひとつ、これっぽっちも戻ってきていない。
それがむしろ、ぼくの決意を固くする。
みんなと旅を続ける、みんなを助ける、そのためにはみんなを理解する。
ぼくはなるべくみんなと話し、みんなのことを理解しようと努めていた。
ぼくのことを理解してほしいとは思わない。
だってぼくにはなんにも無いから。
みんなを知って、みんなを理解して、そのなかで自分を作っていけたらそれでいいって思い始めている。
「ところで…」ぼくはこの際だから気になっていたことを聞いておこうと口を開く。
「食事をしたり、船外活動服にわざわざ着替えたり、それってそもそも必要なこと?」
彼女たちはアンドロイドなんだし、わざわざ食事したりする必要はないんじゃないか、宇宙空間にだってそのまま飛び出していけるんじゃないか。ぼくは常々思っていたけど、言い出せなかった疑問を勢いで切り出してみた。
彼女たちは一瞬静まり、おのおので答えを探っているようだったが、サオリが口を開いた。
「それは、わたしたちがそうしたいからそうしてるだけ…」
「そうだな、自分たちが機械だってわかってはいるけど、人間みたいな行動を人間みたいにきちんとして、むしろ人間より人間に近い存在でありたいっていうか…」
「普段、そこまで考えてるわけじゃないのよ、自然とみんな当たり前のことだと思ってることを当たり前にしているだけなのよ」
「あ、はい、わかりました、すいません、変なこと聞いて…」
なんか聞いてはいけないことを聞いてしまったような後味の悪さを感じて、ぼくは慌てて話題を変える。
「ところでこの船の行き先なんだけど…」
一瞬にして静まりかえる食堂。
またしてもまずいことを聞いてしまったか…
リナから事前に大まかに聞いてはいたんだけど、この際みんなからきちんとそれを聞いておきたかったのだ。
「そろそろあなたにも話しておいたほうがいいかもれないわね」
ドクターが真剣な顔で言う。
そしてドクターはこの船の行き先について話してくれた。
逃亡アンドロイドたちが集まる星。
そこで共同生活をしながら世界を変えるための準備をしているアンドロイド達。
その精確な場所は実はわかっていないこと。
連合を始め人間たちにその場所を知られるのは今の段階ではまずい。
そのため場所は定かではないし、辿り着くのに何年、何十年かかるかわからない。
それでも彼女たちにはそこにたどり着かなくてはいけない理由がある。
「わたしもみんなといっしょにそこに行くの」
ルルは無邪気にそう言って笑う。
彼女たちがそこにたどり着かなくてはいけない理由。
それはルルをそこへ送り届けること。
「ルルが特別な能力を持っているっていう話は前にしたわね。それこそ私達がそこへたどり着かなくてはならない理由なのよ」
じゃ、ルルを連合の船で見つけて連れてきたっていうのは…
「そう、ほんとは違う。ルルをそこへ連れて行くために、わたしたちは連合の船を襲ったのよ」 ルルがどんな能力を持っているのか、それは恐らく船長しか知らない。
ルルのその能力は彼女たちとその惑星にいるアンドロイド達に何をもたらすのだろう。
「船長が私達を脱走させたのはもちろん、そこから逃げるためでもあるけど、そこにはもうひとつ重要な目的があったのよ。それがルルを見つけてそこへ連れて行くこと」
リナがぼくの方を見て言う。
「大変なことに首を突っ込んでしまったって思ってる?」
確かにこれはおおごとだ。彼女たちは植民惑星連合という巨大な敵に真っ向から闘いを挑んでいるのだ。
ルルがどんな能力を持っているのか知らないが、それはきっと途轍もないものなのだろう。連合は血眼になって追って来ているし、これからも何が起こるかわからない。
「うん、たしかにおおごとだけど、ぼくは決めたんだ。この船でみんなといっしょに闘う。そしてその星に辿り着く」
「ここまで知られた以上、いまさらお前を逃がすわけにもいかないけどな」
ザジの言葉に、強張っていた皆の顔がほころんだ。
サオリが言う。
「そういうわけで、これからもよろしくね」
「あ、はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
ぼくはこの船の一員になれたのかもしれない。
ようやくぼくはぼく自身の存在する意味を、感じることが出来る。
もうお荷物ではいられない。
もう居候でもない。
彼女たちと同じ目的を持って、長い戦いに身を投じる。
ぼくもこの船の乗組員になったんだ。
そしてそこから長い長い航海と厳しい闘いの日々が続く…
かと思いきや、
それはあっけなく、残酷に、抗いようもないカタチで終わりを告げた。
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